第15話
8
玄関のドアが開閉し、錠をかける音。つづいて足音がしたかと思うと、リビングのドアを開けて龍一郎が入ってきた。
「どうだった?」
帰宅した龍一郎に、部屋で待っていた女が声をかける。
「家に帰してきたよ、叔父さんと叔母さんにもオレから説明しといた」
龍一郎は隣家、つまり中華料理店を営む飛凰の叔父と叔母の家に、失神した飛凰を送り届けてきたところだ。
「何て説明したの?」
「ホラー映画を観て失神したって、嘘をついた」
「そんなの信じるかしら?」
「アイツの怖がりは半端じゃないからな」
「本当に?」
「あぁ、『グレムリン』を観て失神したことだってある。子供向け映画なのにだぜ」
「目が覚めたら、今日見たことを話すかしら?」
「さぁ、うまく忘れてくれてるといいけど……それについては明日考えよう」
そう応えた龍一郎は部屋の中を見渡す。積み上げられたビデオテープは床に散らばり、抽斗の中身は外へひっくり返っていた。
ほんの十数分の間家を空けただけで、室内は荒れに荒れていた。
「なにこの惨状?」
「ガムテープを探してたの、物置きで見つけたわ」
女は右手に持ったガムテープを掲げる。その手首の所にガムテープが巻かれていた。
ガムテープが治療器具だとは知らなかった。通常ならば包帯を巻くところだが……
というより、千切れた手首がみるみるうちにくっ付くなんて聞いたことが無い。
「やっぱり病院に行ったほうが……」
「大丈夫よ、もう完全に治ったみたい」
女はその手を握ったり開いたりして見せる。千切れた手がくっ付くことだけでも十分ありえないのだが、それは実際に動いていて、神経も通っているようだった。
「本当にくっついてるの?」
龍一郎は恐る恐る女の手に触れてみる。まるで死体のように冷たい手だ。
意を決し、その手を掴んで引っ張ってみる龍一郎。確かにちっとやそっとでは離れない。
それならば両手で手を掴んで、思いきりを力こめて引っ張ってみてはどうだろう?
「ちょっと、あんまり引っ張ると……」
女が困ったように眉根を寄せた瞬間、ゴキンという音がした。
そして、肩から先がぶらりと下がる。
「ゴメン……」
力を入れて引っ張ったあまり、肩を外してしまったらしい。
女は無表情のまま立ち上がり、体当たりをするように自らの肩を壁にぶつける。
「あの、映画で見たんだけどさ……」
「なぁに?」
バツが悪い龍一郎が恐る恐る尋ねると、女は答える。
「なぁに?」
「肩を外すより、入れるときのほうが痛いってホントか?」
「大丈夫よ」
再度、身体を壁に叩きつける女。
「痛いのは、慣れてるから」
「やっぱり痛いのか……」
ゴキンという音が再び鳴って、女は呻き声を漏らす。おそらく肩が入ったのだろう。
「そう言えば、さっき……」
「何?」
「手首をテーブルに置いてたんだ……そうしたら、ひとりでに動いて水のコップを掴んでた」
女は、しばし思案して応える。
「きっと、私の残留思念ね」
「残留思念?」
「脳波で動いてるのよ。私が近付いて来たからそれを感じ取って、ひとりでに動いたんだわ」
「何を言ってるのか、分からないな……」
床に転がった電話機にちらりと目を落とし、龍一郎が尋ねる。
「あのさ、何度もいうけど病院に……」
「必要無いわ」
きっぱりと応える女。龍一郎は電話機を取り上げ、プッシュホンの1のキーに指を当てる。
「そうか、じゃあ……次に必要なのはパトカーかな」
「待って」
「いいや、待たない」
龍一郎は1、1、0の順に押して受話器を耳に当てる。
しかし受話器は無音だ。ツーツー音すら聞こえてこない。
「無理よ、通じないわ」
そう言う女の手には電話線が。確かに線が繋がっていなければ電話は通じない。
「サスペンスやホラー映画でよくある演出だな」
そう言って、龍一郎はポケットから携帯電話を取り出す
「でも、今はこれがあるから」
「待って、お願いだから」
電話をかけようとする龍一郎の腕にすがりつき、哀願するように言う女。
「どうして電話線を抜いたりした?」
「違うわ、ただ足をひっかけちゃって……」
どうやら、線につまづいて電話機をひっくり返し、そのはずみで外れたらしい。
部屋の散らかり様を見るに、相当なうっかり者のようだ。
「わかったよ、警察には連絡しない」
それを聞いて、女はほっとしたような表情を見せる。
悪い人物には見えない。そう思うと少し興味が湧いてきた。
「どうして警察に電話しちゃいけないんだ?」
「それは……」
「何か事件に巻き込まれたのか、殺人事件とか?」
龍一郎から視線を逸らしていた女は、驚いたように向き直る。
「どうしてそう思うの?」
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