第12話
5
「ほら、龍一郎起きて。朝よ」
飛凰の呼びかけに目を覚ます龍一郎。
「ん、もう朝か。おはよう飛凰……」
のそのそと布団から這い出る。寝不足のせいか頭が重い。
「ちょっと、なんて格好で寝てるのよ!」
飛凰の言葉に、下着姿で寝ていたことに気付く龍一郎。昨夜帰宅してから、寝間着に着換えずに寝てしまったらしい。
慌てて布団を引き寄せる。
「服は脱ぎっ放しだし……何よこれ、泥だらけじゃない!」
お小言を言う飛凰の顔はほんのり紅潮しているが、龍一郎は気付かない。
机の上に置いてある、半分ほど減った秘薬の瓶。ボンヤリしたまま立ち上がろうと、ベッドの縁に手をかける。
「痛てっ……」
その途端、指に痛みが走る。血が滲む絆創膏を見つめながら、昨夜のことを思い出す。
指を切って血を出し、秘薬と混ぜて綿に染み込ませる。それを掘り出した死骸の口に押し込んだ。それだけではない、死骸の全身にすり込んでもみた。
しかし……何も起こらなかった。死骸が再び動き始めるようなことは無かった。
当たり前か、と自嘲する龍一郎。
「全く……拳の道は日々の生活の中にあるのよ。私生活がこんなだから拳法も上達しないのね」
丸めた洗濯物を抱えて階下へ降りて行く飛凰。スウェットに着替えた龍一郎も急いで後に続く。
「猫ちゃん、おいでー♪ 今日はいるかなー?」
リビングに着くと、飛凰は庭に出て猫を呼ぶ。
その声を聞き、龍一郎は渋面になる。
「言いにくいんだけど、アイツにはもう……」
口にしかけたその刹那、垣根の間から見慣れた顔が姿を現し、見慣れたしぐさで飛凰に飛びつく。
言いかけた言葉を飲み込み、龍一郎は絶句する。
「こいつぅー、心配したんだぞー♪」
飛凰の胸に抱かれ、じゃれあう猫。
「貸してみろ」
飛凰の腕から強引に猫を奪う。
「ちょっと!」
飛凰が不満の声をあげたが構わない。猫をかかげてその顔をじっくりと見つめる。
あの猫に間違いは無かった。昨日、自らの手で二度も埋葬したあの猫に。
手を離すと器用に地面に着地し、垣根へと走り寄る。
「乱暴しないでよ!」
怒りのこもった一瞥を寄こすと、飛凰も垣根へと駆け寄る。
「猫ちゃーん、機嫌直して、ね?」
垣根に逃げ込んだ猫は再び顔を出すと、飛凰は悲鳴をあげた。
確かにあの猫だ。獲物を自慢したがるその性格も全く変わっていない。
あの猫は、千切れた人の手首を咥えていた。
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