第8話


 3


「はぁ~、やっと終わった……」

六時間目は体育の授業だった。男子生徒たちは更衣室に引き揚げて来る。

龍一郎は大きく息をつく。

今日は朝からいろいろあったせいか、余計に疲れたみたいだ。

「やぁ、龍一郎。今朝はすまなかったな」

ハルキが後ろから声をかける。

「いいって。オマエのせいじゃない」

「ボクに責が無いのはわかってるさ」

当然のように言うハルキに訝しげな目を向け、龍一郎は尋ねる。

「じゃあ何故謝るんだ?」

「念のため。気分を害したんじゃないかと思ってな」

肩をすくめるようにしてハルキは言う。わかったような、わからないような答えだ。

「気にしてないよ」

片手を上げてハルキに答えると、龍一郎はロッカーに向き直って汗に濡れたTシャツを脱ぐ。

均整のとれた引き締まった肉体が露わになる。

ふと背中に視線を感じて振り向くと、ハルキがじっと見ていた。

「何だよ、まだ何か?」


「いや、理想的な筋肉をしている、と思ってね」

頭からつま先まで、値踏みをするように見つめながら、熱っぽい目で尋ねるハルキ。

「何かトレーニングをしてるのか?」

「功を積んでるからね」

「功?」

「なんでもない……まぁ、拳法の稽古みたいなもんだ」

「この大胸筋、上腕二頭筋、背筋……腹筋は見事なシックスパックだ」

恍惚としたような表情で龍一郎の腹筋をなぞってみせるハルキ。

「ちょ、やめ……さわるなっ!」

手を振り払う龍一郎、思いがけず高い声を出してしまった。

そりゃそうだ、素行の悪さに加えて同性愛疑惑まで噂になってはたまらない。

いつの間にか更衣室のクラスメート達も二人に注視をそそいでいる。よくない兆候だ。

「失礼、筋肉の付き方については非常に興味があって」

悲鳴にも似た龍一郎の声を聞き、いくぶん距離を置いてハルキは言い訳をする。

しかし熱に浮かされたような表情はそのままだった。

「というのも、ボクもレスリング部で鍛えてるからね」

そういってハルキは、爽やかに微笑みながらシャツを脱ぎ、胸を反らして見せる。

「どうだい、まだまだセンは細いが……なかなかだと思わないか?」

「あ、あぁ……そうだな」

丸めたシャツで胸元を隠しながらハルキの身体を見まわす龍一郎。

しかし腕は細く胸は薄く、全く大したことは無い。

「まぁまぁってとこかな?」


「運動部には入ってないんだろ? レスリングに興味はない?」

下駄箱が立ち並ぶ校舎の玄関で、帰宅する龍一郎にハルキが話しかける。

「ガラじゃないね」

そう言って肩をすくめる龍一郎。

「汗ダクになって練習なんてさ……全く、何が楽しいのか分からないよ」

「そうか……もったいないな、それだけの身体があるのに」

部活動のあるハルキは、そこで踵を返す。

「まぁ、無理強いは止そう」

龍一郎はハルキを見送り、振り返った瞬間驚きの声をあげた。

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