第7話


 2


「ふうっ、なんとか間に合った」

予鈴が成り響く中、息も荒く席に着く龍一郎。

「おはよう、頼成君。今朝も相変わらずだな」

隣の席の友人が声をかける。メガネをかけた理知的な雰囲気の青年だ。

折り畳んだ新聞を手に眺め、机の上には新聞が何紙も山のように積まれている。

「よう、ハルキ」

挨拶を返すと、その少年・根津ハルキは新聞から顔を上げ、龍一郎の顔に貼られた絆創膏に気が付く。

「どうしたんだ、それ?」

顔に手をやる龍一郎、そこには真新しい絆創膏が貼られている。

「あぁ、これは……なんでもないよ」

さすがに、幼なじみの女の子に殴られたとは言いにくい。

「またどこかでケンカしたのかい?」

「そうじゃない、誤解だ。ケンカなんてしてない」

「だったら、しじゅうケガだらけになってる理由を聞きたいね」

「これは……そう、昨日の撮影でさ!」

「そんな傷、昨日は無かったじゃないか」

たしなめるようにハルキは続ける。

「私生活に立ち入るつもりは無いよ。ただ注意したほうがいいと思ってね。素行の悪さが色々と噂になってる」

そういう噂があるのは本当らしい。確かに遅刻は多いし授業中は居眠りばかり、教室でもダルそうに過ごしていることが多い。その上、顔にキズまで作っていては、素行を疑われても仕方が無い。

「最悪の場合、映画研究会も廃部にされるかも?」


「映研が? なんでだよ!」

「イメージが悪いのさ。締め切った真っ暗な部室で変な映画流してるし、活動実績も殆ど無いしね」

「誤解だってのに……」

うんざりといった調子でため息をつく龍一郎。

「見ろよ、黄さんが君に何か言ってるぞ」

ハルキが示した先では、飛凰が時計を指さし、声を出さずに口をパクパク動かしていた。3メートルほど離れた席からこちらを睨みつける飛凰。二人は同じ学校の同じクラスなのだ。

全く、始終一緒にいるのでは気の休まる暇が無い。

「何て言ってるんだ?」

「さぁね、読唇術は習ったことないから」

そう言うものの、言っていることはなんとなく分かる。登校が遅いとお説教をしているのだろう。

「不良生徒を更生させようとしてるのかな?」

飛凰は、実は校内でも有名な存在だ。

と言っても、海外からの留学生で全校一の美少女だとかそうことではない。

眉目秀麗・成績優秀・才色兼備と三拍子そろったパーフェクト美少女ということでもない。

強いて言うなら「文武両道」か……それも圧倒的に”武”のほうで名を轟かせている。

飛凰は正義感が強く、余計な問題に首を突っこみたがる。加えて超人的な拳法の腕前の持ち主だ。

それはお節介な武力介入として陰ながら怖れられているが……もちろん当人は気付いていない。

「オレは不良じゃないぞ」

それは本当だ、間違い無い。

しかし、素行不良の男子生徒と、それを更生させようと奮闘する正義の女子生徒というほうが人目を引くし、噂にもなりやすい。

顔のケガだって飛凰のせいでできたものなのだが、それが不良と誤解される原因となっているのだから皮肉なものだ。


「しかしオマエも相変わらずだね、今朝も新聞とにらめっこか?」

ドアのほうに目をやり、まだ教師が来る気配がないことを確認してから龍一郎はハルキに話しかける。

「なぁに、ただの日課だ。情報社会に取り残されたくないから」

バサッと音を立てて新聞をめくり、落ちついた表情を崩さずにハルキが言う。

「どれ、何か面白い記事はあったか?」

立ち上がり、身を乗り出してハルキの広げた新聞を覗きこむ。

「面白いというと語弊はあるが……この記事は少々気になるね」

と、ハルキが新聞の記事の一つを指し示す。

「スポーツ新聞? こんなのまで読んでるのか?」

新聞には大きなキャプションで見出しが書かれていた。

「『消えた”黄金の左腕”! 熱狂的ファンの仕業か?』……なんだこれ?」

「プロレスラーの陣内を知らないのか?」

多少驚きのこもった声でハルキが言う。有名な選手らしい。

「先日、事故で他界した選手で……ニュースでも報道されただろう」

「あぁ、なんとなく聞き覚えがあるな」


ハルキから渡された新聞を受け取り、机の上に腰掛けて記事を読みながら思いだす。

龍一郎はスポーツに詳しいほうではないが、格闘技の現役選手が事故で他界したことはニュースで聞いていた。

記事では、その選手の遺体の一部が安置所から消失したと書かれている。

「死体が盗まれたって? そんなもん盗んでどうするんだ?」

「分からんね。悪質なファンの仕業じゃないかと記事には書かれているけど……」

机の上に積まれた新聞の束を鞄に仕舞いながら、ハルキが答える。

「ファンにしたって……死体なんか盗んでも始末に困るだろう、なぁ?」

ハルキからの返事は無かった。その代わりに教壇から声が聞こえた。

「何か面白い記事があるのか、頼成?」

スポーツ新聞から顔を上げると、いつのまにか来ていたらしい担任教師が教壇で渋面を作っている。

教室を見回すと、着席した生徒達が机に腰掛けたままの頼成をくすくす笑いながら見ている。

飛凰はただ一人笑わずに、呆れたような恥ずかしいような顔で口をパクパクと動かす。

その口は「バカ!」と言っているようだった。

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