第6話
飛凰はリビングの奥のガラス窓を開けて外へ出る。窓の外は小さな縁台になっており、わずかばかりの庭が広がっている。
「猫ちゃーん、いらっしゃい」
庭に出た飛凰が声をかけると、生け垣の下から白い猫が顔を出す。
その姿を見て飛凰は相好を崩す。いつのまにやら手にはマイ猫じゃらしまで握られている。
「ウチで飼っているわけじゃないんだけどな……」
龍一郎が苦笑する。そうなのだ、厳密に言うとその猫は飼っているわけではなく、庭に居付いている野良猫に過ぎない。
飛凰が猫じゃらしを振ると、猫はすぐに駆け寄って来て飛びつく。
「よしよし、いい子いい子……」
「そんなに好きなら連れて帰ればいいじゃないか」
「ダメよ、ウチは料理店だから……知ってるでしょ?」
飛凰は動物好き、とりわけ猫が大好きだった。しかし、世話になっている親類は中華料理店を営んでいるため、動物などはなかなか飼えない事情がある。
そのため、龍一郎の家の庭に野良猫が住み着いていることを知ると、その猫を溺愛するようになった。
たかが野良猫のためだけに、よくも毎日のように通ってくるものだ……
そう龍一郎は呆れていたが、猫と戯れる飛凰の姿は見ていて微笑ましくもあった。
ふと、飛凰が呟く。
「あら、何か口に……」
猫は”獲物”を口に咥えていた。鼠の死骸を自慢げに見せつける。
気付いた途端に飛凰は悲鳴をあげ、猫を放り出す。いつのまにか傍へ来ていた龍一郎に、咄嗟に抱きついてしまう。
しがみついてくる飛凰を難なく受け止め、なかなかに男らしい所を見せた龍一郎はおどけて言う。
「ご無事ですか、お嬢様?」
が、次の瞬間には飛凰の双掌打で吹っ飛ばされていた。
「痛ってーな、何すんだよ!」
飛凰は崩れたガラクタの中の龍一郎に手を貸し、引き起こす。
「ちゃんと片付けなさいよ」
「誰のせいで散らかったと思ってるんだ?」
「普段からきちんと片付けておかないからいけないのよ」
ムッとした表情の龍一郎に対し、飛凰は当然のように言ってのける。
「生活の乱れは心の乱れ、心の乱れは身のこなしに出るわ。だから拳法も上達しないのよ」
「拳法は関係ないだろ」
話をすり替えられた龍一郎は、ふくれっ面のまま反論する。
「オマエは本当に……余計な世話を焼いてばっかりだ」
「小母様から頼まれているのよ、責任があるの」
と、飛凰は主張する。自分を全権大使とでも思っているようだ。
「アンタは弱くてだらしがないから、私が守ってあげなきゃならないんじゃない」
「オレは弱くなんかないぞ」
「私から一度も一本獲ったことある? 無いでしょ?」
それを言われてしまうと、龍一郎ははグウの音も出ない。拳法の腕前では到底、飛凰にか敵わないからだ。
「それは確かにそうだけどさ……」
「今朝だって、朝の稽古をサボったし」
「苦手なんだよなぁ、朝は……」
それは本当だ。どうも夜型生活のほうが性に合っているようで、一日の中で真夜中が最も頭が冴える。逆に昼はどうも苦手だ、日光を浴びると頭がクラクラする程に。
「何よ、朝が嫌だって言うから暗いうちから始めてたのに」
「それはもう朝練って言わないよな?」
「軽くロードワークをして……30㎞くらい走ったかしら?」
「夜通し走るなよ。24時間テレビじゃないんだから」?
「夕方の稽古は、ちゃんと来なさいよ」
「もしかしてまた走るのか? どれだけ走れば気が済むんだよ
「サボっちゃダメよ、絶対に!
最後にキツく念を押して、飛凰はリビングを出て行く。
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