第5話
「小母様がいないからって、だらしない生活はダメよ」
そう言いながらリビングへと入る少女は飛凰、龍一郎の隣家に住む幼なじみだ。
龍一郎の母は考古学者としていつも世界中を飛び回っている。そっちの世界ではかなりの有名人らしいが、調べているのは聖杯伝説やらオーパーツの水晶髑髏やら胡散くさい物ばかり。近年は、中国に伝わる不老不死伝説について調査している。
因みに父親はいない、とっくの昔に別れているシングルマザーだ。その母が家を空けることが多いため、いきおい家の中は龍一郎ひとりになる。
そのため飛凰がこうして食事や家事などの世話を焼いてくれているのだ。
「わかってるよ」
五月蠅そうに答える龍一郎。
「アンタがちゃんとしてくれないと、私が小母様に会わせる顔がないじゃない」
「オマエが責任感じることじゃないだろ」
「ダメよ。留守の間、子をよろしく頼みますって頼まれてるんだから」
飛凰が世話を焼くのは単に幼なじみのよしみ、というだけではない。龍一郎の母親から直々に頼まれているのだ。そのせいか、龍一郎も無下には断りにくい。
飛凰の実家は中国の奥地にあり、龍一郎の母の古い知り合いでもあった。
今、飛凰は日本で中華料理店を営む親類の家に身を寄せている。テーブルの上の岡持ちは、その中華店のものだ。
「中華粥か、美味そう」
「ちょっと、聞いてるの?」
岡持ちのフタを押し上げて中を覗く龍一郎だが、飛凰は乱暴にフタを押し下げる。
「わかってるさ、感謝してるよ」
龍一郎は慌てて手を引っ込めると、見え見えのお世辞を口にする。
「美味しい中華料理にありつけるのはオマエのおかげ、大感謝さ」
「もう、口ばっかり」
飛凰はおべっかには耳を貸さずにひらりとテーブルの上に飛び乗り、龍一郎と料理との間に身体を割り込ませる。
「そんなとことない、感謝してる!」
岡持ちへ手を伸ばす龍一郎の前に通せんぼするように陣取り、腕を組む。
「どうかしら? アンタは師に対する感謝が足りないわ」
「師? なんのことだ?」
「拳法よ。私が師で、龍一郎は弟子でしょう」
「あれはオマエが強引に教え込んでるんじゃないか!」
「『夢は映画俳優』なんて言ってたじゃない? 拳法を学ばないでどうするのよ?」
「アクション俳優とは一言も言ってないんだけどな……」
小声で呟く龍一郎。
「何よ?」
「まぁいいや。感謝してるよ、本当に」
降参だ、とでも言うように両手を上げてから再び手を伸ばす龍一郎。
「早く食わせてくれよ、腹がペコペコだ」
しかし飛凰は許さない。龍一郎が伸ばした手を足で払う。
「お粥が欲しいからって……いやしいわね」
龍一郎は呆れて天を仰ぐが、すぐに気を取り直して飛凰を直視する。
「わかったよ、じゃあこういうのはどうだ?」
急に真顔になり、飛凰の目をじっと見つめる龍一郎。
「朝起こされるときは乱暴。毎朝殺されかけてる……でも君には感謝してる」
じっと見つめられ、飛凰は思わずたじろいでいまう。そんな飛凰に構わず龍一郎は後を続ける。
「一日の最初におしゃべりしたいのは、君だ。お粥に何時間待たされたって関係ない」
「何よ、そんな歯の浮くようなセリフ言って……」
飛凰はぷいと横を向いてしまう。ほんのりと紅潮した顔を龍一郎に見られないようにするためだ。
「どこで思いついたのよ?」
「あぁ、『恋人たちの予感』って映画のセリフをちょっとアレンジした」
軽く肩をすくめて、悪びれずに言う龍一郎。
「もう、そんなのばっかりね……」
飛凰は龍一郎の背中を撲ってから、渋々料理を手渡す。
「そんなコトより、猫ちゃんは?」
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