第3話


「もう1シーンだけ、頼むよ」

両手を合わせて懇願する監督。

二人が不承不承に頷くと、監督は嬉々として鞄から新たな器具を取り出す。

ベルトにロープを括り付けたような不格好な器具だ。

「これは何?」

「一度ワイヤーアクションをやってみたかったんだ」

「ワイヤーアクションって?」」

「映画で、攻撃された相手が吹っ飛ぶシーンがあるだろ? アレはこうやって撮るんだ」

説明しながらも、監督はぼろきれ服の下にベルトを装着する。

「襲ってきたゾンビを、実はカンフーの達人であるヒロインがキックで撃退する……そのシーンだ」

「まったく、そんな小細工までして……」


憎まれ口を叩くもアクションと聞いて心がはやるのか、女優は自ら定位置につき、蹴りの動作のリハーサルをする。

その間に、監督はテキパキと指示を出す。

「カメラは固定でいい。その代わりにこっちを頼む」

そう言って、ロープの端をカメラマンに渡した。

「ヒロインが蹴ったと同時に、力いっぱい引いてくれ」

「引くって……ボク一人で?」

「部活で鍛えてるんだろ?」

監督がカメラマンのそう逞しくはない腕を軽く叩くと、なるほどと頷く。


「行くぞ……3、2、1、アクション!」

監督の声をカチンコ代わりに、テイク1が始まる。

奇声を上げつつ少女に襲いかかるゾンビ、ヒロインはスッと片足を引く。

そして流れるような重心移動で前方へステップし、加速度を増した右足がぼろきれ男の鳩尾にめり込む。

鋭く決まる飛び足刀! 身体がくの字に折れ曲がり、作りものではない血糊が口から飛び出した。

一拍遅れてロープが引かれ、ぼろきれ男の身体が後方へ飛び退く。

「大丈夫か?」

ロープを引いていたカメラマンが駆け寄るも、監督はの口からは言葉にならない吐息しかこぼれなかった。

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