レッツ☆カイケツFIVEミニッツ!

水無月やぎ

レッツ☆カイケツFIVEミニッツ!

 ワイシャツに黒い蝶ネクタイ、その上からキャメル色のインバネスコートを着た男と、同じくワイシャツに黒い蝶ネクタイ、肩にサスペンダーを付けた男がこちらを向いて立っている。二人とも笑顔ではあるものの、インバネスコートの男の方が強面なせいか、少々ぎこちない表情である。

 二人で「こんにちは」と挨拶した直後、サスペンダーの男がインバネスコートの男に話しかけた。


「先生、今日も案件が来ましたよ」


「今宵も悩める乙女がいるのだな」


「はい。マッチングアプリで浮気している旦那の尻尾を掴みたいようです。ただ、やはり決定的な証拠を捉える方法に苦戦しているらしく……。彼女はうちの探偵事務所から遠く離れた所に住んでいて、私達の出張費を払うまでの余裕はないそうです。だから、自分でもできそうな方法を教えて欲しいと」


「なるほど。餅は餅屋というように、浮気調査もプロに任せた方が良いのは事実だが……それぞれ事情もあるだろう。分かった、彼女でもできそうな方法を考えてみようか」


「よろしくお願いします。ではまず、用意するものは何でしょう」


「まずは彼女自身のスマホを用意して、そこに旦那が使っているマッチングアプリをインストールする」


 いつの間にか、二人の前には長机が設置されていて、そこに一台のスマートフォンが置かれている。サスペンダーはそれを手に取り、画面をこちらに見せた。


「ご自身のスマホ一台、ここに旦那と同じマッチングアプリをインストールします」


「自分の名前や連絡先など基本情報を入れ、アカウントを作成しよう」


 インバネスコートがスマートフォンを受け取り、何やら操作を始める。その間にサスペンダーが喋って間を繋ごうとしていた。


「まずアカウントの作成です。先生、マッチングアプリは確か、身分証明書が必要でしたね?」


「あぁ、そうだね。運転免許証などがあれば良いだろう」


 サスペンダーは、向かって左側に手を出し、フリップを受け取った。我々には見えないが、彼の左側にも人間がいるらしい。フリップには『登録の際に使える身分証明書一覧』がイラスト付きで載っている。


「お手持ちの身分証明書を忘れずに準備して下さい。……えーと、先生、アカウントはできたでしょうか」


「お、おう。これだこれだ」


 なぜかインバネスコートは、自分が操作していたスマートフォンを長机の端に置き、これまたいつの間にか用意されていた別のスマートフォンを手に取る。その画面には、『登録完了ありがとうございます』の文字が書かれていた。

 サスペンダーは、インバネスコートがこちらに見せてきたスマートフォンを手で示す。


「えー、はい、こちらがアカウント登録の済んだものになります。先生、次はどうしますか」


「次は、旦那のタイプに寄せつつも、ゴリゴリに盛った写真を用意しよう。初めから身バレしてしまったら、元も子もないからな」


「この時のポイントというのは……?」


「一瞬でも愛し合った旦那のことだ。旦那のタイプを最も知っているのは貴女あなたなのだから、己の直感に従おう。写真や自己紹介文を用意したら、旦那のアカウントを探す。この時も、貴女の直感に従おう。形だけでも一つ屋根の下に住んでいるのなら、導かれるようにして旦那のアカウントに辿り着くはずだ」


「なるほど、『彼のことを最も知っているのは私よ!』という、揺るぎない自信がポイントになってくるのですね。アカウントを見つけたら、どうしますか?」


「まずは自分からアプローチをしてみよう。適当に甘い言葉を呟けばそれで良い。言い方は悪いが、結婚してもなお、新たな恋愛を求めるような下衆げす野郎のことだ。好みの女から甘い言葉をかけられれば、いとも簡単に釣られてコメントを返してくるだろう。そうしたら、とにかくデートの約束を取り付けるんだ」


 ここでサスペンダーは目を丸くした。


「えっ、約束してしまっていいんですか?!」


「大丈夫。この時に必要なのは、どこで会うのかはっきりさせておく、ということだ。『どこに行きたい?』と聞かれたら、『あなたのオススメの場所に行きたい』と返すように」


「このテクニックは、なぜ必要なのでしょう」


「こう返すことで、旦那は何回か使った店を用意するだろう。すなわち、旦那が浮気する際の行動パターンを掴むきっかけになる」


 インバネスコートが、初めて歯を見せて笑った。サスペンダーもつられるように笑顔になり、拍手を送る。そしてまたしても向かって左側に手を伸ばし、さらに新しいスマートフォンの画面をこちらに見せてきた。

 その画面には、『じゃあ◯日×時、△△カフェで♡』『了解です、楽しみです♡』『実物はもっと可愛いんだろうなぁ』『そんなぁ、ハードル上げるのやめてくださいよ〜♡♡』で終わったトークが映し出されている。


「なるほど! さすがです、先生。……そして、約束までこぎつけた画面がこちらです。でも先生、約束してしまったら、当日はどうすれば?」


「当日に、体調が悪くなったと言ってドタキャンしよう。浮気野郎相手のドタキャンなんて、全く失礼なことではない。旦那の方がよっぽど、貴女に失礼なことをしているのだから。もし貴女が仮病やドタキャンに罪悪感を覚える優しい女性であっても、心を鬼にして、堂々とドタキャンしよう。すると旦那は、その日に会える別の女を探し始める。なぜならば、浮気のために一生懸命調整して空けた時間は、極めて貴重なものだからだ。旦那はきっと、貴女と約束した場所で、別の女と会うはずだ」


「そうしたら、奥さんはどうしたら良いでしょう?」


「変装して、旦那とアプリで待ち合わせた場所に向かおう。そこで別の女と待ち合わせていたら、シャッターチャンスだ」


 すると、左端からマネキンが出てきた。サスペンダーがマネキンを持ち上げ、中央に移動させる。直後にスニーカーも左端から出てきて、サスペンダーが慌ててマネキンの足元に置いた。


「えー、こちらが、変装にオススメの服装です。キャップや暗い色のウィンドブレーカー、そして歩きやすい運動靴ですね」


「うん。とにかく女と分かりにくいような服装をオススメする。貴女の勘が良いように、旦那の勘も時として鋭くなる。貴女に隠れて女と会っている時は尚更だ。万が一の場合を考え、地味で走れる格好にしよう」


 そう言ってインバネスコートは、マネキンにスマートフォンを握らせた。


「はい。あ、そうですね先生。この時も、スマホやカメラを忘れずに。カメラなら無音カメラで連写、あるいはビデオで撮影しておきましょう。決定的瞬間はいつ来るか分かりませんもんね、先生」


「その通り。言葉にしたくはないが、会って抱き合うかもしれないからね」


「あぁ、嫌な場面ですね……。無事にカメラに収めたら、尾行しますか?」


「そうだな、なるべく尾行できた方が良い。そしてしばらくしたら旦那に、マッチングアプリではなく、いつも使っている連絡手段で連絡を入れてみよう」


「ここ、要注意です。使うアプリを間違えないように、くれぐれも気をつけてくださいね」


「そうだな。慎重に行動しよう。そうしたら、『今夜は遅くなっても構わない』という主旨の連絡をするんだ。『私、急遽友達とご飯行くことになったの』とか、『今日は疲れたから外で食べてきて』なんて言葉で良いだろう。そうすると旦那は嬉しくなって、浮気相手と夜まで過ごそうとする」


「つまりそれは……」


「そうだ。連絡を入れ、尾行を続ければ、うまく行けば旦那と浮気相手がホテルに入って行く所を撮ることができる」


「確かに! 二人で仲良く入って行く所を激写できたら、もう言い訳できませんね!」


「まぁ正直、これだけでは証拠として弱いかもしれない。でもファーストラウンドとしては十分だろうね。離婚までは望んでいなくて、ただ旦那に猛省して欲しいだけなら、これだけでも十分武器になるはずだよ」


「そうですね!」


 サスペンダーが再び拍手をして、インバネスコートが深く頷いた。ここで二人の姿が消え、『今回のケースで必要なもの』というリストが一面に映し出される。それを読み上げるのは、先ほどのサスペンダーの声だ。


「えー、今回は、『マッチングアプリで浮気している可能性がある旦那の証拠を、自力で掴む方法』についてお伝えしました。では、今回のケースで必要なものを、おさらいしましょう。ご自身のスマホ、これに旦那と同じマッチングアプリと、できれば無音カメラのアプリもインストールしておきます。それから運転免許証などの身分証明書と、ゴリゴリに盛った、旦那のタイプに合った写真、そして地味で走りやすい服装も用意して下さい。最も注意して欲しいポイントは、旦那に遅い帰りを促す時の連絡手段を間違えないことです。仮病を使ってドタキャンした設定の女性からこんな連絡来たら、どんなに鈍感な男でも怪しみますからね。十分気をつけてくださいね。今回ご紹介した解決法は、テキスト三十二ページに掲載されています」


 インバネスコートが、声だけで最後に忠告する。


「あくまで、素人にできる範囲のことだけを今回は説明した。本格的な調査は、ぜひ我々に問い合わせてくれ」


「ぜひ、よろしくお願いします」


 また画面が変わった。そこには、濃いピンク色の看板が掲げられたビルへ仲睦まじそうに入っていく男女の姿があった。よく見ると、男は胸元のはだけたワイシャツを着て、フニャフニャと笑っているインバネスコートで、金髪ロングのカツラを被ってバッチリとメイクをし、ワイシャツ男の腕にしがみついている女は、女装したサスペンダーである。こうした写真を撮れるように、ということだろう。

 この画面の下にはスタッフの名前が次々と流れ、サスペンダーの声が入り込む。


「進学や就職など、新しい出会いの増える春。浮気野郎の慢心も出てきやすいこの季節に、今回の方法をぜひ、お試しください」


「今宵の悩める乙女に……」


「「レッツ☆カイケツFIVEファイブミニッツ!」」



◇◇◇



 金曜深夜の五分間、世の妻達は食い入るように画面を見つめていた。昼間の短い料理番組を見る時とは、瞳の色がまるで違う。


 浮気調査のプロである探偵と、その助手のダブルMCで毎週放送している五分番組、『レッツ☆カイケツFIVEミニッツ!』は、浮気をされた女達の大事な学び舎となっていたのだった。

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