カップ焼きそば

伊野尾ちもず

カップ焼きそば

 世の中、単純で手軽な方がウケがいい。煩雑な手順があるモノの人気なんて最初だけで、もっと効率的でわかりやすいモノが登場すればあっという間に生存競争で負けてしまう。今時みんな知ってることだと思う。

 だけどね、一手間多くてもなぜか生き残れるモノがあるんだよ。粋だとか趣がって話じゃなくて。ただ単純にその姿を自然に受け入れてしまっているんだ。

 カップ焼きそば。

 手のひらに収まるフリーズドライのラーメンが当たり前に存在するこの時代、廃れておかしくない代物。だいたい、ラーメンだって付属の折りたたみ紙コップで作るものだぞ?カップ焼きそばは昔から変わらず発泡スチロールの白い箱に入って売っているなんておかしいじゃないか。パウチ型にしたって良いと思うんだけど。

 しかも湯切りなんて面倒なことをしなくちゃいけない。持続可能性サステナブルが奨励されて長いこと経つけれど、発泡スチロールも湯切りも資源の無駄ったらありゃしない。社会の潮流に真っ向から反発するようなカップ焼きそば。その姿に憧れた反政府勢力がシンボルにしたこともあったらしいけど、そんな扱いをものともせず、今現在に至るまでインスタント麺業界で不動の人気ぶりを発揮している。それがぼくらの時代のカップ焼きそば──


「Kくーん、何一人でぶつぶつ言ってるのー?」

「ううん、なんでもないよ。Qちゃん」

「本当にぃ〜?」

「本当だよ」

 ぼくは口角を上げてQちゃんに答える。昔のQちゃんならカップ焼きそばの話で議論と言うより持論を展開するだろうけど、頬を膨らませている今のQちゃんはこの手の話題には興味がない。故に何もなかった事にした方が良い。

「あ!ひらめいた!今日のお昼はカップ焼きそばにしよ!良いでしょ〜?」

 天真爛漫な笑みを浮かべて言うQちゃんだが、ぼくの顔からは血の気が引く音が聞こえたような気がした。

「あれ、どうしたのKくん」

 まさか、ぼくの心の声が聞こえたのか……?いやいやそんなまさか。医学的に記憶の消去が可能になったとは言え、生身でできる事じゃない。さっきだって言葉は聞き取れていないはずなんだ。そんな大きな声で言ってもいないし。大丈夫だよ、大丈夫……

「えっと、Qちゃん何かした……?Kくん大丈夫?」

 震えた声で覗き込んでくるQちゃんの顔を見て、現実に引き戻される。

 ダメダメ、幾らQちゃんの彼氏を約束上“演じている”とは言え、本気で不安にさせるのはまずい。

「奇遇だね、ぼくもカップ焼きそばそろそろ食べたいなって思ってたんだ」

「本当に?」

「本当だよ。さっきはQちゃんが精神感応者テレパスにでもなったのかと思ってびっくりしただけだよ」

「ふーん?」

 納得はしていないようだが、引き下がってくれたQちゃんから顔を背けてカップ焼きそばを2つ取り出す。

 電気ケトルで数秒もかけずに出来上がった熱湯をカップ焼きそばに注ぎ、指定通り3分待つ。その間もQちゃんはまるで生まれて初めてカップ焼きそばを作る子供のように、目を輝かせて隣でぼくの動きを眺めていた。

「Qちゃん……そんなに面白い?」

「うん。面白い。Kくんが動いてるから全部面白い」

「なにそれ」

 湯切りをしながら、思わず笑みが溢れた。そしてふと思った。ぼくは今演じているのか?と。今、ぼくはQちゃんの言葉に自然に笑った。息をするように演じられたのだとしたら、今も悪くないって思い始めている証拠じゃなかろうか。

「まーだー?ソース早くかけようよぉ」

 口を尖らせた後に屈託ない笑顔で言うQちゃんに湯切りのできたカップを手渡す。

「だーれかとだーれかのランデブー、お熱いお味で、ゆっふぉぅ」

 小躍りして歌いながらソースを入れて箸でかき混ぜ始めるQちゃん。しっかり「ゆっふぉぅ」のところでポーズを決める姿を見て確信する。

 うん、違う。昔のQちゃんじゃない。あんなに軽やかに動かないし、考える時間の方が多かったし、表情もあんなに明るくなかった……あ、そうか。

 湯切り口からこぼれた短い麺が排水口に消えて行くのを見送って、ぼくは隠れて自嘲気味に笑った。

 Qちゃんが複数人格を生み出すほど辛かったのをわかっていながら、軽やかになった今のQちゃんを拒み続けるぼくは何者だ。排水口に消えた数本の麺をいつまでも嘆いている人だろうか。捨てたお湯を未練がましく見つめる人だろうか。

 Qちゃんがあの頃と違うのは当然だ。環境は変わって、複数いた人格に頼る必要も無くなっているのだから。悶々と頭の中に閉じこもる必要も無くなったのだから。

 なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだ、ぼくは。

 一番の友人として、一番の恋心を寄せる者として、喜ぶべきなのだろう。今の姿はきっと、Qちゃんが1番奥に閉じ込めていた本当になりたかった姿なのかもしれないから。昔の姿を求めすぎていたぼくは大馬鹿者だ。無理やり変えられてしまった事ばかり嘆いていて、本当のQちゃんを見誤っていたのかもしれない。

「あのさ、Qちゃん」

「なーに?」

「カップ焼きそばって持続可能サステナブルなモノじゃない気がするんだよ」

「よく言われるよねそれ。全然廃れないの面白いと思うよぉ。Kくんどうしたの?」

「ううん、聞いてみたかっただけだよ」

 カップ焼きそばは太古の昔に開発された頃からほとんど姿が変わっていない。時折フレーバーやオマケを変えて、それでも基本から逸れることはない。

 ねぇQちゃん。ぼくが好きになったQちゃんは今どこにいるの?もし、まだどこかにいるなら。今度は即席麺みたいな彼氏じゃなくて、蒸し麺から作るから。湯切りで捨てる部分もなく、丸ごとのQちゃんを見られる気がするから。だから──


「ねぇKくん、青のりとスパイス、どっち派?」


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カップ焼きそば 伊野尾ちもず @chimozu_novel

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