第2話 見知らぬ男

 俺はこれから起こりそうなことを考えてみた。

 

 一番ありえそうなのは強盗だ。

 宿泊費はカードで前払いしたけど、田舎だから、カードが使えない時のためにキッシュで10万円持っていた。それは諦めてもいい。強盗をやって現金10万ならけっこう多い方だろう。


 しかし、その男は高そうなアウトドアブランドの服を着ていて、金がなさそうにはまったく見えなかった。飼い犬も血統書付きの黒いスコッチテリアみたいなので、多分40万くらいの犬種だ。飼ってからすぐ死ぬ可能性だって0ではない。そんなものに金を出すなんて、貧乏な人にはできない。


 強盗じゃなかったら、次は肉体関係を迫って来るかだ。男は黒田君といい、色白で、華奢で、けっこうきれいな顔をしている・・・眼鏡をはずしたらイケメンだろう。男が好きなわけではないのに、ちょっとドキドキした。

 しかし、それもなさそうだった。黒田君は少しもゲイっぽくはなかった。


「別荘に住んでるんですか?」

 俺は尋ねた。

「はい。実家が東京なんですけど、一人暮らししたくて」

「失礼ですが、仕事は何かしてるんですか?」

「ええ、まあ。僕はITエンジニアで・・・」

「へえ。いいですね」

 俺は食いついた。彼は知り合いの紹介とかで仕事をもらい、フリーでやっているそうだ。色々な面で理想的だった。


 俺たちはお互いの身の上話をしていた。

 黒田君のところは、夕飯を食う前に停電になってしまったそうで、俺が夕飯に作ったまずい野菜炒めを勧めたら、喜んでいた。

 意外と気さくでいい人だった。

 

「暗所恐怖症だと、ここまで来るのが大変だったんじゃ」

「ええ。懐中電灯を持って、あと犬を連れて何とか・・・」

「どうして暗所恐怖症になったんですか?」

「子供の頃、祖父母と一緒に暮らしてて、悪いことをすると窓のない部屋に閉じ込められていたんです。祖父は写真好きで家に暗室があったんです。その部屋に入ると、本当に何にも見えなくて・・・宇宙空間に放り出されたみたいになって。パニックを起こして、息ができなくなってしまうんです」

「こんな田舎に住んで大変じゃないですか?

 だって、外が真っ暗だし。俺だって怖いと思うくらいですよ」

「でも、一人になりたくて。うち、親が離婚してて・・・。でも、まだ一緒に暮らしてるんです。何でか知らないけど・・・」

 聞いてみると複雑な家庭だった。きっといたたまれないだろう。


 実家は世田谷。超金持ち。小学校は名門私立で大学までエスカレーターで卒業。

 俺と同じ大学だった。俺の実家はド田舎で、親は会社経営者だったけど決して儲かっていなかった。高校まで公立で、名門私大を一般入試で受けて、有利子の奨学金をもらいながら卒業。今は別荘を買えるようになったが、もう50だ。


「彼女がそろそろ結婚したいって言ってるんですけど、俺が定職についてないから養えるか自信がなくて」

 こいつ彼女もいるのか!しかも、結婚したいと言われてるとは。定職にもついてないくせに。こんな男のどこがいいんだろう。ついつい自分と比べてしまう。俺は50で独身。彼女いない歴年齢だからだ。


「彼女、弁護士なんです。だから、俺は専業主夫でもいいって・・・」

 男は照れ笑いした。

 くそ!自慢しやがって。 

 俺は苛立った。

 俺は帰ったらまた仕事が待っている。無能な部下たちに振り回されて、何とか正気を保っているような毎日だ。年金をもらうまで仕事を辞められない。


 俺の中でふつふつと何かが疼いた。


 トイレに行くふりをしてさりげなく立ち上がると、脱衣室に向かった。

 そこに分電盤があるからだ。

 ブレーカーを落としてやった。

 

 黒田君の悲鳴が聞こえる。

「うぁ~!

 田中さん!!どこですか!?」


 俺は返事をしない。

 

「ジョン!助けて!怖いよ!」


 彼は犬に追いすがっているみたいだ。

 嫌味な男に肘鉄をくらわすのは気分がいい。


 さっき、黒田君のiPhoneは電源を落としておいた。

 暗がりでは見つけられないだろう。


 俺はそのすきに自分のスマホやパソコンを素早くリュックに入れた。

 そして、そっと別荘を出た。

 1週間分払ってあるから誰も来ない。。。

 管理会社には、一晩で帰ったことにすればいい。

 ざまあみろ。 

 

 俺は真っ暗な道をスマホのライトを照らしながら駅まで向かった。

 笑いがこみあげて来た。


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