キャビンフィーバー
連喜
第1話 貸別荘
最近はソロキャンプとか、小屋暮らしがブームらしい。
30代の働き盛りの男たちが仕事を辞めて、田舎に自作の小屋を建てて暮らしている。というのをテレビで見かける。
30代という一番脂がのっている時期を、人に会わずに過ごしているなんてもったいないと思ってしまう。50代になってくると、若い頃と比べてパフォーマンスがガクンと落ちてしまう。俺の勤めている会社だって、本心ではこんな給料高いだけのおっさんはいらないのに、お情けで雇ってくれている気がするくらいだ。だから、個人的には50くらいまでは普通に働いて金を貯めて、それから小屋暮らしした方がいいんじゃないか・・・と他人事ながら思わないでもない。
実は俺も、自分だけの小屋が欲しいという願望がある。山の中の一軒家で一人で暮らしてみたい。朝は小鳥の声で目覚め、朝日と共に起きる。そして、薪割り、水汲み、洗濯、農業など文明の力を排した暮らしをしたい。
それで、鶏、犬、ヤギを飼う。犬を友とし、毎朝鶏の卵を食べて、ヤギミルクでチーズを作ったりしたい。ヤギは大人しくて飼いやすいと聞く。
前に、山梨に別荘を買おうと思ったことがあった。
バブルの頃(1986年から1990年頃)は別荘ブームで、日本中あちこちで別荘地が分譲されていたらしい。別荘地はよほどでなければ資産価値が低い。土地が広い分、税金が高いし、管理費などの維持費も高すぎて、最近だと100円で手放す人がいるくらいだ。
仮に100円で買っても、
その点、自作の小屋だと建設費用が50万くらいで済んだりする。
冬は絶対寒いと思うのだが・・・。あと、熊が出たらどうするのか気になるところだ・・・。
話を戻すと、俺はネットで築30年、駅から歩ける小さな別荘を見つけた。1LDKで物件価格は500万くらいだった。別に買う気はなかったが、『お試し入居1週間』というのをやってみた。貸別荘だけど、気に入ったら購入できるというものだ。
1泊6,000円くらいだったと思う。
もっと安い所もあるが、タダより高いものはない・・・という気がして、普通の貸別荘と同等くらいの宿泊費がいるところにした。
その家は電気が通っていて、ガスも使えて、風呂もあった。
平屋の民家と変わらなかった。
俺はKindleとノートパソコンを持って、一人で出かけた。
電車を乗り継いで最寄り駅まで行ったが、1週間車を借りた。以前、旅先で犬を轢いてしまってからは、車の運転をやめていたが、食材の調達が難しいので久しぶりに解禁したんだ。駅前にはスーパーがあったが、荷物を持って25分くらい歩くのは大変だからだ。
貸別荘は古かった・・・。風呂はバランス窯だし、床はギシギシする。
床はえんじ色のパンチカーペットだった。
俺は入った瞬間、何でこんなところに来てしまったんだろうと後悔した。
しかも、1週間もいなくてはいけないのだ・・・。
とりあえずKindleで本を読む。
怖いほど無音だ。静かすぎるとむしろ集中できない。
俺はスマホでYouTubeを開き、音楽を掛けた。
すると、今度は動画を見てしまう・・・。
だんだん眠くなって昼寝・・・。
俺はいつも一人なのに、実際は一人で過ごすのに向いてない。
時間を無駄にしてしまう。
普段は通知を切っているのに、Lineを立ち上げて、メッセージが来ているか確認してしまう。何か来ていると返信する。そうすると、あちらも暇だと思ってどんどん送って来る。
「今、どこ?仕事休み?」
「今、山梨にいる・・・貸別荘借りてて・・・」
「ひとり?」
そして、最終的には「行ってもいい?」となる。
俺は「いいよ」と送りたかったが、わざわざ別荘を借りた意味がなくなってしまうので断る。しかも、1名で借りてるのに、やっぱり後から2名に・・・ってどういう状況だと、管理会社に勘繰られるのが恥ずかしかった。おひとり様に耐性がないのがバレてしまう。
結局一人だと寝てばかりになってしまった・・・。
夜になって夕食を作った。
地元の野菜を使った料理を作ったが、調味料が揃ってないから、おいしくはない。
俺は孤独な人間だと思い知らされる。
一人が嫌いなのに、一緒にいてくれる人がいない。
もともと一人が苦手なんだ。
普段は一人になりたいと思いながら、本当に一人になると何もやりたいことがないのだ。
外は怖いくらい真っ暗だった。5月初旬だから、虫の音も何も聞こえない・・・。今まで人生で感じてきた恐怖や心細さが一気に押し寄せる。子供の頃は何もかもが未知で恐ろしかった。その頃のような、生まれ持った根源的な不安に襲われる。
俺はテレビをつけた。気を紛らわすために。
そうしていても、カーテンの向こうで誰かが部屋を覗いている気がする。
何となく視線を感じる。
部屋にいるのが若い女性ならともかく、50代のおっさんのくたびれた姿を覗いて喜ぶ人はいないだろう。
いるとしたら・・・サイコパスだ。そういう人はターゲットを暗がりからじわじわと追いつめて、精神的に錯乱させる。あちこちに仕掛けをして、家の中を逃げ回らせ、最後は森におびき出して、とどめを刺すのだ。
ホラー映画だったら、まずこの辺で停電になる。
その時『ピンポ~ン』と鳴った。
「うわぁ!」
俺は飛びあがった。
誰も訪ねて来る予定なんかない。俺はパニックだった。
しかし、こんな簡易な建物で居留守を使うわけにもいかない。
その気になれば窓からだって入って来れるのだ・・・。
俺は携帯を握りしめながら、モニターを付けてみた。
そこには、眼鏡をかけた見知らぬ男が立っていた。
「はい~」
俺は間の抜けた声をだした。
「すみません。隣に住んでる者ですが・・・」
「な・・・何ですか?」
「家が停電になっちゃって・・・」
うわ~!
マジかよ!!
サイコパスでも連れて来たんじゃないか!この野郎!
俺は動揺した。
何と返していいかわからなかった。
「すみません。ちょっと一晩泊めてもらえませんか?」
ええ!知らない人を泊める?
そんなわけないだろう!
俺は焦った。
「宿代はお支払いしますんで」
「いやぁ・・・でも、俺もここ借りてて・・・」
「家は真っ暗で何も見えなくて・・・僕、暗所恐怖症なんです・・・」
鼻をすする音がする。
「ああ」
俺も発達障害だ。
精神疾患を持つものとしては、その人が気の毒になって来た。
そして、戸を開けてしまった。
彼は犬を連れていた。さっきから、犬のクンクン言う声が聞こえていた。
それで余計にその人を信用してしまった。
「どうぞ」
「すみません。突然で」
頭を下げて20代くらいの若い男が入って来た。
インターホン越しに見た時よりずっと若かった。
「いいえ。いいんですよ。俺も一人で退屈してたんで」
俺はいい人ぶる。
男は部屋を見渡しながら言った。
「おひとりですか?」
まずいと思ったが1LDKなので隠しようがなかった。
「はい。別荘体験をしてみたくて。でも、実際やってみると、不便だし、静かすぎますね」
「わかります。家族とかと一緒だといいですけど、一人だとけっこうきついですよね。僕も慣れるまでが大変でした」
じゃあ、やめればと思うのだが・・・何のために一人でいるんだろう。
心の病気で保養してるんだろうか・・・。
知らない男と二人っきりで、俺はもうお手上げだった。
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