第10話
「それは……異性として好きか、という意味であっているか?」
「…………まあ、そうだね」
【しまった、本音が出てた……!】
普段の言動から考えて逆ではないかと思っていたら本当に逆だったようだ。冷静沈着な顔をして内心では大変な動揺と混乱をしているらしいハウエルに苦笑する。これを可愛いと思ってしまうのは何故だろう。
「ロイドは親しい同僚だ。それ以外の感情はない」
「……そう」
【よかった。よかったけど絶対変に思われた……っ】
ハウエルの内心が分からなければ質問の意図も分からず困惑したかもしれない。しかし今はふきだしのせいで何を考えているのか全て伝わってくるのでそうでもない。ほとんど表情を変えないまま慌てふためいている幼馴染の姿を見ていると楽しい気分になってしまうので、私は結構意地が悪かったのだと自覚させられただけだ。
「私の交友関係が気になるのか?」
「……ただの雑談」
【気になりますけど。当たり前だろ。レイリンの話なんてもう何年も聞いてないんだぞ】
子供の頃はお互いのことを何でも話していたように思う。険悪になってからは互いの生活のことも、交友関係も全く話さなくなってしまい何も知らない。彼が不健康な生活をしていることだって知らなかったくらいだ。
久々すぎて私もどうやって話せばいいのか分からない。心の声が読めるようになったことも秘密だ。七年以上をかけて開いてしまったこの距離を縮めるにはまだ時間が必要だろうか。
「ハウエルこそ、私以外の友人はできたか?」
言葉少なく、素直ではないから周りにもあまり理解されていないだろう。そのせいで尊大で愛想がないと評価されている。私は彼が優しいことを知っているけれど他はそうでもないのではないか。
気になって尋ねてみたら私の言葉にハウエルがピタリと動きを止めた。わずかに開かれた目の銀の瞳は、驚いたように私を見ている。
「…………僕の事をまだ、友人だと思ってたのか」
【てっきり……もう他人だと思われてるって、思ってた】
台詞だけ聞けば「自分はもう友人だと思っていない」とも取れる言葉。けれどふきだしの中身を見ればそうではないことが分かる。
本当に分かり辛い。ふきだしがなければ私も誤解してしまったはずだ。……けれど、今はこの魔法のおかげでそうならずに済む。
「私はハウエルを大事な幼馴染で友人だと思っている」
やっと、それが言えた。ハウエルと険悪になってしまってからも私は彼を嫌いになったことはない。会う度に騎士を辞めるように言われ、刺々しいその物言いは全部嫌味に聞こえたが、少なくとも侮辱されたり罵られたことはなかったからだ。
大事な幼馴染が何故そんな態度を取ってくるのか分からなくて悲しかっただけで。約束の通りずっと守り続けたくらいには、私は彼のことが好きだったのである。
【よかった。嫌われてなかった。……本当によかった。いや、でもこれなんて答えよう。だって僕はレイリンのことを友人以上に想ってるし、でもそんなの言える訳ないっていうか、嬉しいけど友人で残念っていうか……僕の態度が悪いんだから当たり前だけど】
無言になったハウエルのふきだしがかなり大きく、その中の文字も長くなっている。すまし顔で頭の中ではこんな言葉が濁流のごとく溢れているのかと思うと、表情と感情の繋がらなさに逆に感心してしまう。……私ならだいたい顔に出てしまうのだが。いまも私のことが好きだと考えているハウエルのふきだしのせいで口元が緩んでいる。
「私の事は嫌いか?」
「……そんな訳ないだろ」
【大好きですけど。知らないだろうけど、この国で一番君の事が好きなのは絶対に僕だからな】
ハウエルは素直ではないが嘘も言わない。こう尋ねれば否定してくれるだろうと確信して質問をしたら、内心の方で予想以上の返答があったため慌てて口元を押さえた。そんな私の姿を【急になんだ】と訝しむように見つめる銀の瞳から逃れたくなる。軽く咳ばらいをして表情を引き締めたが気を抜けば緩みそうだ。
(今のはなんだか、とても……くすぐったいぞ。なんだろうな、この気持ちは)
首のあたりが熱くなって、落ち着かずに軽く掻いてしまう。声に出された言葉はそこまで喜ぶものでも照れるものでもないのだから冷静でいるべきなのに難しい。……ハウエルはよく顔に出さずにいられるものだ。
「……ハウエルが私のことを嫌っていなくてよかった」
「……そう」
【それは僕の台詞だ】
ひとまずこれで表向きは友人関係に戻れただろう。今後はハウエルも多少素直になってくれればふきだしの中の強い感情との差異に不意打ちを貰わずに済むのだけれど。……彼の性格を考えるとそれはなさそうだ。私が慣れるしかない。
そんな少し浮ついた空気を壊したのは数人の足音だった。侵入者ではなく、来客だ。ロイドが話していた外の調査に出る予定の騎士達がやってきたのである。
「よう、レイリン。傷の具合はどうだ?」
【そのまま引退してくれ】
「元気そうでよかった。安心したぞ」
【早く復帰してくれ】
彼らはハウエルから指輪を貰うついでに私を気遣うような声をかけていくが、その内心はおおよそ二種類に分かれていた。魔獣討伐の成績上位組は【引退してくれ】、それ以外は【復帰してくれ】という反応が多かったのだ。ハウエルの分かりづらい気持ちは知りたいが、同僚たちのそれは知らなくても良かったかもしれない。
(まあ、同僚や国民に何を思われようと私は騎士を辞めるつもりはないがな)
私が騎士を続ける理由はただ一つ、ハウエルが大魔導士だからだ。誰に何を思われようと、それこそハウエルが心配して騎士を辞めてほしいと願っても絶対に辞めない。ハウエルが私を守りたいと思ってくれていて、それを止められないのと同じだ。他人の感情は抑えられるものではない。
【くそ、全員馴れ馴れしいぞ、こいつらレイリンのことが好きなんじゃないだろうな】
(ありえない想像をし始めているな)
無表情なまま騎士に指輪を付ける作業をしているハウエルの思考があらぬ方向へ向かっていた。騎士団の人間は私を異性として見てはいないので彼の心配は杞憂でしかない。……英雄視されているか、目の上の
また明日には別の騎士が数人訪れるという話を残して彼らが帰っていく頃には、表情は変わらないものの【もう来なくていい……】というふきだしからハウエルの疲労が見て取れる気がした。
(ふむ……騎士団での話をすれば少しは安心するだろうか)
昔はお互いが居ない間の話をたくさんしていたのだ。友人に戻った今なら話してもおかしくないだろう。
それ以降ハウエルは全く仕事に集中できていなかったので休憩がてら早めの昼食とした。食後には温かいお茶を飲みながらいままで騎士団であった色々な出来事を語る。たしかに最初は小娘と見られて歓迎されない空気があり、部下からもなめられていたが今は違うのだと。
「もう私を女として侮る者はいない。皆、騎士として私を認めてくれている」
「それは、騎士を辞める気は無いって意味か?」
異性として見られてはいないと話したかったのだが遠回しな言い方だったので別の意味で伝わってしまった。しかし、騎士を辞める気がないのも事実なので肯定する。
「私はハウエルが大魔道士である限り騎士を辞めない。貴方を一番守ることができる仕事だ。……私は、国よりもハウエルを優先している」
国民に英雄と称えられているものの私は自分の都合で国を守っているに過ぎない。結果的に英雄と呼ばれるようになっただけで、ハウエルを守ろうと頑張っていたらそうなってしまっただけで、私自身は崇高な理由も国に対する献身の心も持ってはいないのだ。……もちろん、どうでもいいと思っている訳でもないのだが。それらよりもハウエルを守りたい感情の方が大きいのである。
「僕は君に守られたくない」
【僕が君を守りたいんだよ】
それはもう充分知っている。鋭い光を宿した銀の瞳を向けられそんな姿が「大人になったら君を守る」と言っていた幼い彼と被って見えた。
だから、その先の言葉も思い出せた。私はずっと、あの日の約束を守ってきたのだろう。……すっかり忘れていたけれど。
「私がハウエルを守るから、ハウエルは私を守ってくれ。そうすればずっと一緒に居られる。……昔、そんな話をしただろう?」
【あれ、もしかしてレイリンはあの約束覚えて……いやでも、その話だけ覚えてるかもしれな……いやでも、どっちだ?】
ハウエルは黙り込んでしまったが内面では騒がしい。約束については覚えていたというか、思い出したというべきだがそれは言わぬが花というものだ。……細かいことは忘れていたがハウエルを守るという一点だけは曲がらずにここまできた訳であるし。
「……僕はそれ、了承してないだろ」
「ん、そうだったか? あまり覚えていないな」
「……都合のいいところだけ覚えてるのか?」
【やっぱりそこだけ覚えてるのか? どっちだ、どっちなんだ……!?】
そんな問いに笑いを返して誤魔化した。彼は一人で悶々と悩み始めたけれど、気になるなら訊いてくれればいいのに、と思う。そうすれば私もちゃんと答えられるのだから。
素直ではない幼馴染がその本音を話してくれるのはいつになるやら。そう思いつつ、その日がやってくるのを楽しみに待っていよう。
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