第11話
ハウエルの護衛任務に就いて一週間目の朝を迎えた。その間毎日ロイドが訪れては色々と報告をしてくれたり、私に必要な物はないかと気遣ってくれたり、そんなロイドに対しハウエルが何かしら思うというのが日常になりつつある。
「今日は三つ編みじゃなくてもいいか?」
「……レイリンが好きなのでいい……」
そして寝起きのハウエルの髪を私が整えるのもまた習慣となっていた。初日の夜にシャワーを浴びようとしたハウエルが【明日もしてくれるって言ってたし……】と名残惜しそうに髪を解いたので毎朝やることにしたのだ。
毎日同じでは飽きもくるかと提案してみても、起きたばかりで寝ぼけている彼からはぼんやりとした返事しかもらえない。しかし許可は貰ったので今日は私と同じ髪型にしておいた。
(ハウエルが私の名前を呼ぶのはこの時間だけだな、そういえば)
ふきだしの中では結構名前を呼ばれているように思うが、彼の声で名を呼ばれるのは朝の寝ぼけている時間ばかりな気がする。理由はよく分からないが少し寂しい。……もっと名前を呼んでほしい、なんて思うのは変だろうか。
【……くそ、また寝ぼけてた……何話してたか覚えてない】
彼の目が覚めた証と言わんばかりにふきだしが現れた。これを見ると今日も一日が始まったという気がしてくる。そしてやはり寝ぼけている間のことは何も覚えていないらしい。
「ハウエル、出来たぞ。今日はお揃いだ」
「何が……?」
「ん、まだ寝ぼけているのか? ほら、髪型だ。私とお揃いにした」
高い位置で一つにまとめる、腕自慢の騎士に多い髪型だ。ハウエルがやっても武人らしさはないがよく似合う。毎日三食食べさせているからか少し血色もよくなってきて印象もかなり変わってきた。静かに目を閉じる姿が絵になるというか、なんというか。ずっと見ていたくなる。
「……ああ、そう」
【レイリンとお揃い】
これはおそらく喜んでいる。文字だけでは声色のような感情の変化は分からないはずなのに、ハウエルのものは何となく分かるようになってきた。
たった一週間の共同生活で随分変わったと思う。主に、私の心境のようなものが。
朝食後、そろそろロイドが訪ねてくるだろうという時間にいつもの通り彼がやってきた。毎日同じ時間に尋ねてくるのが几帳面な彼らしい。【またあいつか】と嫌そうなふきだしのハウエルに確認をとって、やはりいつものように部屋に招き入れた。
(……なんだ、これは)
いつもと同じ時間に、いつものようにやってきたロイド。彼の表情も声色も何も変化がない。ただ、見慣れない物がひとつ浮かんでいたのでつい彼の顔をまじまじと見つめてしまった。すると途端にロイドの心臓の音が跳ねあがる。彼の心音は大体いつも早い上に大きいのだが、それ以上になった。
「……どうかしましたか?」
【侵入成功だな。ここが大魔導士の家か。さて、どうやって始末するか……】
いままでロイドの横にふきだしが出たことなどなかった。そして何よりもそのふきだしの内容が、とても彼のものとは思えない。一体何が起きているのかと一瞬混乱したが、見つめ合っている間にそのふきだしが移動し始めた。
(……待て、何故ふきだしが動いて……もう一人いるのか?)
感覚を研ぎ澄ませれば微かな呼吸音が聞こえる。ロイドの背後にくっついて、見えない誰かが入ってきたのだ。ロイドと重なっていた上に彼はふきだしが全く出ない珍しい人間のため、彼のものと錯覚した。
【あの時の化け物女……! あの傷で生きてたのか……!?】
どうやら私を見知っているらしい。しかも、死に掛けた私の姿を見たことがある。姿が見えなくてもどんな相手なのかおおよそ検討がついてきた。まず、間違いなく、これは捕えるべき相手だ。
姿は見えなくても大体の位置は分かっている。その相手がハウエルに近づこうとしたので即座に足元を蹴り払った。
「ぐあ!?」
男の声と何かが床に倒れた音。感覚的にはふくらはぎではなく、脛を蹴ったと思う。ということは今、相手は腹ばいになっているはずだ。見えない相手の背中を抑え込み、首を探して腕を回し、絞める。相手も抵抗してその爪が私の腕を引っ搔いたがどうやら獲物は持っていない。
【なんで俺が居るってわかったんだこいつ……!!】
「姿を消す魔法なんて初めて見たが、音までは消せないんだな。護衛が私でよかった」
ふきだしのインパクトが強すぎて音に気を回すのが遅れてしまったが、常に五感を強化しているのだからそれがなくてもこの男の存在には気づけただろう。他の騎士がハウエルの護衛をしていたら見逃したかもしれない。
やがて相手の抵抗が弱くなり、その姿が段々と見えるようになった。意識が落ちるとともに魔法が解けたのだろう。
【格好いい……】
振り返った瞬間、私は初めてロイドにふきだしが出ているのを見た。私と目が合った途端にそれは消えてしまったが、褒められていたと思う。……同僚から認められている、というのは悪い気がしないものだ。しかし今はそんなことよりも優先すべきことがある。
「魔法使いで間違いない。指輪の在処も知っているはずだ。……むしろ持っていてくれたら話が早いな」
「拘束してから探しましょう」
ロイドが魔法使い専用の拘束具を取り出した。装着するとそちらに魔力を使われて拘束が固くなる仕組みで、魔力量が多いほど頑丈になっていく代物だ。これを装着されると余程の魔力量の持ち主――それこそ、ハウエルくらいにならないと魔法は使えない。
「用意がいいな、さすがはロイドだ」
「魔法使いが侵入している可能性が高かったので、巡回と調査の騎士に配布されていました」
騎士と兵士が総力を挙げて侵入者である魔法使いを街中探していた。しかし姿を消す魔法を使えたのだから見つからなくて当然だ。
旧型指輪の保管が厳重になっていてよかった。姿を消しただけでは盗めない状態だったのだろう。だからそちらを諦めて直接ハウエルの暗殺にやってきたのだと思われる。
「……指輪、ありました」
相手が首に掛けていた小袋から取り出したものをロイドから受け取る。赤黒い汚れのこびりついたこの指輪はキースが持っていたものだろう。……ひとまず、これで指輪の紛失については片が付いた。
「あとはこの刺客がどれだけの情報を話してくれるか、だな」
「尋問官が上手くやってくれるでしょう。侵入者を早く捕まえてほしいと頼まれています」
残念がっていたサディコフが大喜びする姿を思い浮かべてしまい、苦笑した。前回の刺客で消化不良になってしまい、やる気に満ち溢れているというところか。暫く本部には近づかないでおこうと思う。……地下に響く声は、市民には聞こえなくとも私の耳になら届く可能性があるからだ。
侵入者の連行をロイドに任せ、ずっと無言だったハウエルを振り返る。不機嫌そうな顔をした幼馴染の剣のように鋭い瞳は私の腕をじっと見つめていた。
「……その腕、出して」
【怪我しただろ】
「ん、ああ……ただのひっかき傷だ。大したことはない」
袖をめくれば先程の刺客が必死に抵抗した際についた傷がある。私の身体強化は皮膚を固くするものではないためこういう傷は普通にできてしまうが、これくらいなら問題はない。よくあることだ。
ハウエルが私に近づいてきたかと思えば、その傷に治癒魔法をかけた。すぐに痕すら残らず治ったけれど、これくらいで彼の魔力を使う必要などなかったはずだ。治癒魔法は魔力消費が多いのだから。
「こんな傷で貴方が魔力を使う必要は……」
「ある。僕を守ってついた傷だ。……僕の責任だ」
【レイリンに守られてばかり。僕は全然、レイリンを守れてない。……情けない】
そんなことはないと言いたかった。私がやりたくてやっていることで、ハウエルが自分を責めるようなことは何一つない。私が怪我をするのは私の責任だ。
(……でも、ハウエルは私が怪我をすると傷つくんだな)
すべて無傷で、というのはかなり難しい。けれどそのための努力はするべきなのだろう。私はハウエルを守りたい。それには体だけではなく心も含まれている。彼の身に一切の傷がなくとも、心を傷つけては意味がない。
「ハウエル。……ありがとう。できるだけ怪我をしないように気を付ける。いつも心配させてすまない」
「……な……」
【なんで、知って……】
「貴方が優しいのは昔から知ってる。私はそういうハウエルが好きだしこれからも守りたい。これは私の我儘だが、幼馴染のよしみで許してくれ」
刺々しい言葉で分かりにくくとも彼の行動に私への気遣いがあるのは伝わってくる。私は他人の感情に疎いのでふきだしがなければ一生気づかなかったかもしれない。でも今はもう、きっとこの魔法がなくてもハウエルの気持ちなら理解できる。
今なら彼の心配に気づいていることも、その感謝も伝えていいような気がした。銀の瞳を見つめてはっきりと声にしたら、たじろぎながら視線を逸らされてしまったが。
「……ずるいだろ、そういう言い方……」
【好きだから守りたいって言われて拒否できるわけないだろ……! その好きってどういう意味だよ……!】
(……どういう意味なんだろうな?)
私がハウエルに持っている好意は昔から変わっていないように思う。そして誰もが私を“英雄レイリン”として見ているために友人となってくれる、対等な相手がハウエル以外にいない。この好意を比べる相手がいないから私にもよく分からないのだ。
(他に友人ができるかもしくは……私を異性として見ている相手が居れば分かるかもしれないな)
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