第3話
(幻覚か……? 戦闘中に頭を打った、とか)
おかしなものが見えていることに疑問を抱きつつ、眉間を押さえた。正直、戦闘中の記憶はあまりない。ただひたすら自分に近づくものを切り捨て、最終的には剣も折れて自分の体だけで戦っていたような気さえする。
爪や牙が肉に食い込んだ感覚はあったはずだが今はそこまでの大怪我も見当たらない。ちゃんと五体満足で、全ての感覚があった。……死んだとすら思ったくらいだったのに。
「全身穴だらけでとても見れたものじゃなかったけど、もしかして頭もぶつけてたわけ?」
【頭痛か? 治癒魔法が足りなかった? 頭の損傷までは気が回ってなかった。どうしよう】
なるほど、大魔導士であるハウエルが治癒魔法をかけてくれたなら大きな傷がないのは納得だ。そしてやはりこの、謎の枠も幻覚ではないのだろう。
(これは神の
人間は死ぬと神の元へと帰り、そして新たな生と肉体を与えられて再びこの世に戻ってくる。しかし極稀に、神の国に到達した後に息を吹きかえし元の肉体へと戻ってきた人間は神から贈り物、すなわち新しい魔法を与えられて帰ってくると信じられていた。
どうやら人間の内心を文字として外に表している。まるで心の声が噴出しているかのような――“ふきだし”とでも呼ぶべき物が見える。これが神から贈られた新しい私の魔法、ということなのかもしれない。
(……私に都合が良すぎてまだ信じられないが)
ハウエルとは幼馴染で、昔は仲が良かった。しかし嫌われた理由が分からないので謝れず、仲直りすることもできないまま数年が経ち、もう元のような関係には戻れないのかと思っていた。
でも、本当は彼も私を嫌っているのではなく、こうして心配してくれるなら。また友人に戻れるかもしれない。
「……なんだよ。なんで何も言わないんだ」
【まさか声が出せない? 首の損傷はなかったのに。精神的なものか? それとも、僕が嫌いだから……】
「ああ、いや……ちょっと驚いてな。私の治療、ハウエルがやってくれたのか?」
「はあ?」
【なんでバレた!?】
このふきだしが事実なら嬉しい。しかし、彼は毎日防壁を張るために大量の魔力を使っている。しかも今回は魔獣の群が襲ってきた。私が到着する前に街に攻め入ろうとした魔獣も居ただろうし、その分彼は魔力を補充したはずだ。残り少ない魔力で私を癒してくれたのだとすれば大変な疲労感を覚えているだろう。何せ、私は文字通り致命傷だったのだから。
「っていうか、なんで一人で戦った? 君なら一人でも戦えるなんて思いあがりも甚だしい。一度防壁の中に戻って、部隊編成して他の騎士と一緒に出るって考えはなかったのか? 考え無しなのか?」
【それくらいの時間、僕の防壁なら稼げたのに】
一度戻って部隊編成をすること。それは考えない訳ではなかった。だが、一人で削られる防壁に魔力を注ぎ込み続けるのは命を削るようなものだ。ハウエルならばできたかもしれない。けれど、編成が終わるまでの時間あの数の魔獣を一人で抑え続けるのは酷だ。私が守るのは私の身一つで、彼が守るのは国民全員の命。どちらが重いかは火を見るよりも明らかである。
「それはハウエルの負担が大きすぎると思った。私は貴方を守りたくて騎士になったのにそれでは意味がない」
「はあ? ……意味わからん。僕は指輪回収に来ただけだしもう帰る」
【突然何言いだすんだこのレイリンは……!?】
銀色の鋭い瞳が私を睨む。やはり、敵意も悪意も殺意もない。その瞳にある輝きはまるで、この身を守る
背を向けた彼はそのまま部屋を出て行ってしまった。だが、悪い気はしていない。どうやら私は幼馴染に嫌われていなかったようだから。
(よかった。……まあこのふきだしの中身が事実なら、だが)
そうであってほしいと願う。しかし、それはまだ確信できていない。何せ、口に出してない内心が文字として噴き出て見える魔法だ。そんなものは聞いたことがない。今までにない新しい力なのだろうか。
神の贈り物は特別な魔法であるとされるが、実際そんな力を手に入れた人間が過去にいたのかも怪しい、御伽噺程度の存在だ。この身に起きなければ私だって空想上のものだと思っていただろう。顎に手を当てながらあれこれ考え込んでいたら、何やら外が騒がしくなってきた。
「レイリン=フォーチュン! 目を覚ましたのか……!?」
そんな大声と共に国防騎士団団長のジャスティンが走り込んできた。彼は治療師の女性に病院で大きな声を出すな、走るなと注意を受けて何度も頭を下げてから私のベッドへと近づいてくる。
「ああ、団長殿。はい、この通りです」
「この通り……って、傷はどうした。運び込まれてきた時は……」
【正直もう駄目かと思ったんだが】
どうやらこのふきだしはハウエル以外にも見えるようだ。口にしなかった、飲み込んだ言葉が出てきたように思えるのでやはり、頭で考えた言葉が浮かんでくるのだろう。
「大魔導士殿が治癒魔法を使ってくださったようで」
「さすが大魔導士殿だ。あの傷を治してしまうとは」
今度はふきだしが出てこない。声にした言葉と相違なく、別の考えがなければ出てこないものであるらしい。……本音を隠すような性格の人間ほどこのふきだしが現れる、ということか。
「しかしよかった。レイリンが運ばれた姿は民衆にも目撃されてしまったので暴動のような騒ぎになっていてな……息を吹きかえしたと伝えれば収まるだろう」
「暴動、ですか」
「英雄レイリンが死んでしまったら誰がこの国を守ってくれるんだ、とな」
「はは、大げさな」
騎士団に所属する騎士、兵士の魔獣討伐の個人成績は国民に向けて公開されている。魔法を使う騎士がその上位を独占し、貢献度の高い者ほど国民の人気を得やすい。私が十六歳で騎士となって七年の間、その功績の一位を譲ったことがなく、支持を得ている自覚はあるが英雄扱いは流石に過大評価だ。
「……一人で魔獣行進を退けた騎士はお前が初めてだ。今回お前が討伐した魔獣の数は百体を超えている」
「いえ……取りこぼした魔獣もいたでしょう。他の兵士に任せた分もありますし、一人でという訳でも」
「そちらの数は十体程度だった。殆どお前一人でやったんだ。たった一時間程度で、しかも一人で百体を屠った。お前は魔獣行進を一人で退けたと言っていい」
魔獣一体の戦力は訓練された兵士の三、四人程度に換算できる。小型や子供の魔獣であれば一人か二人でも処理できるだろう。だからこそ通常五体前後の群れを作る魔獣討伐には一人の騎士が三十人の兵士を連れて出るのだ。騎士が大型魔獣を相手取ることになった際、命を落とすことなく他の魔獣の気を逸らし、時間を稼ぐのが兵士の役目である。倒せるならそれに越したことはないが、何よりも死なないことが第一だ。
騎士は使える魔法が疎らであるためその力を単純に魔獣と比較するのは難しいのだが、今回の一件で私は一人で魔獣行進分の戦力になる、と言えるようになってしまった訳だ。
「なるほど、理解しました。驚きますねそれは」
「……他人事か?」
【嫌味がないのが逆に嫌味だなこいつは】
私はその時、この能力の欠点に気が付いた。言葉は声の調子で随分と印象が変わる。しかし、このふきだしに見える言葉は文字だけだ。ジャスティンのその言葉に含まれる“感情”がどういうものなのか、私には分からなかった。つまり、呆れ交じりの称賛か、苛立ちか判断ができない。
私が騎士として名を馳せるまでには色々とあった。攻撃魔法を持っていても戦いたくない女性は多く、騎士は命懸けだ。妊娠出産などで戦場を退いて戻って来ない女性の騎士も多い。そのため現在二百人程度いる騎士の中でも女性は私のみで、入団当時にも同性はいなかった。
(そういえば初めの頃は私の存在を歓迎しない空気もあったな……)
基本的には男性の職場であるからこそ、私という存在は軽んじられていた。十六歳の小娘に何ができるのだという空気があったし、同じ身体強化の魔法を使う騎士などは特に同じ魔法なら男の方が強いという認識があったようだ。
それの常識を覆すために毎日あらゆる兵士、騎士を訓練の時間に投げ飛ばし、剣術大会で優勝し、魔獣討伐の功績で誰よりも上の数字を出した。一年が経つ頃には仲間として認められていたし、部下からは尊敬のまなざしを受け、国民からの人気と支持を得て、すっかり忘れていたのだが。内心ではいまだに私に反発する者もいるのかもしれない。……ジャスティンにとって私はどちらなのだろう。
「まあともかく我が国の双璧が欠けるという結果にならずに本当によかった。体の方はもういいのか?」
「ええ。どうやらまだ内臓や骨にダメージが残っていますが大きな傷は塞がっています。身体強化の際に間違えて痛覚まであげなければ魔獣討伐くらいこなせるでしょう」
身体強化の魔法は単純にすべてを強化してしまえば楽なのだが、そうすると感覚を研ぎ澄ました分痛みまで強く感じるようになる。そのため痛覚だけは強化しないように意識したり、その場その場で必要な感覚だけを強化したり、使い分けをしているのだが昔は間違えて痛覚も倍以上に感じてしまい悶える思いをしたこともあった。
どうやら同じ強化魔法の使い手でも感覚ごとに強化レベルを変えるという細かい調整は私以外できないようで、身体強化のみに絞るか、感覚全てをある程度強化して使っていると聞く。今のところ感覚一つ一つの強化レベルを調整しながら戦えるのは私だけの特殊能力のように扱われていた。
「……それは治ったとは言わないぞ、レイリン。お前には暫く療養が必要だな」
「それでは体が鈍りそうです。騎士としての仕事はこなせます」
【戦闘狂なのかこいつは】
ジャスティンは私の主張に黙ってしまったがふきだしがその心の中を伝えてくる。私は別に戦闘狂ではない。戦いたいと思っている訳でも、命を奪うことに快感を覚える訳でもない。
ただ、守りたい人間がいるこの国を、守りたいだけだ。それが出来る力があるならば使いたいだけなのだ。
「私はこの国を守りたいのです」
「……ならば尚更休め。身体強化は治癒力に使えないんだろう? 何か別の仕事を考えておく」
【このままではレイリンを使い潰す気かと批判が殺到して面倒事になりそうだ】
「……承知」
たしかに身体強化でも治癒力を強化する感覚だけは分からない。それが出来るのは恐らく治癒魔法だけなのだろう。治癒が使える魔法使いは皆、治療師として病院に勤めるものだ。特別な魔法であり、また常に人員不足の能力だ。働きたいからと言って死ぬわけでもないのに彼らの魔力を使って治してもらおうという気は起きなかった。これくらいなら自然治癒で充分である。
それに私を休ませたい理由は騎士団としての体面もあるらしい。それならば致し方ないと引き下がった。ハウエルのおかげで随分と良くなっているのだが、普段と比べれば六割から七割程度の力しか出せないであろうことも確かだ。
「そういえば、キースの隊や私の部下は……」
「君の隊は全員帰還した。キース隊は五名のみ。……キースは行方不明だ」
私が病院へ運び込まれて目を覚ますまでが三時間。戦場の死体の数を数えると二十五人の人間と、百二十は確実の魔獣があったという。しかしそこに、キースはいなかった。そして証の指輪も見つかっていない。
(指輪の紛失は問題だな……私のはハウエルが回収していったのか)
自分の左手を眺めた。証の指輪はすでに外されている。「返しに来い、失くすな」と言われたのだけれどこれでも返却したことになるのだろうか。
その日、病院で働く女性たちにとても熱心に世話を焼かれ、翌日には退院した。とても寂しがられたが入院する必要のない者が病院のベッドを占領するのはよろしくない。
退院したのち、ジャスティンから与えられた任務は「護衛」だ。護衛対象の名前を見た私は、それを快く引き受けることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます