後編

  机の上に配られた給食を前に、瑠璃(右小)が言った


「私、ダイエット中だからプリンいらないや、誰か食べる?」

 それを聞いた健太(左人)が、すかさず腕を伸ばし、そのプリンを掴み取った。

「もらった!ありがとよ」

 それを見ていた武夫(左中)が割り込んできた

「こーゆー時は公平にジャンケンだろ」

「いやいや。早い者勝ちでしょ」


 普段は仲がいい二人だったが、食べ物の事となると、突端にライバル視しだすのであった。引き下がらない健太(左人)に武夫(左中)が怒ってしまい、つかみ合いのケンカとなってしまった。近くにいたクラスメイト全員で止めに入り何とか収まったが、健太(左人)のおでこに出来たひっかき傷から血が流れ出てきた。

 すると、小百合(右薬)が持っていたポーチの中から絆創膏を取り出して、健太(左人)の近くまで行き、おでこに張ってあげた。


「もー。二人ともヤンチャなんだから。少しは大人になりなさいよね。私たちもうすぐ卒業だよ。みんなで仲良く卒業したいじゃん」


 健太(左人)は、確かに彼女の言う通りだと思った一方で、いつもはクラス委員長としてまとめ役をかって出ていた小百合(右薬)が、ふいに見せた優しさと、普段は気づかなかったが、急接近したときの可愛さに気づき、惚れてしまった。

 それから健太(左人)は、食事がのどを通らずに小百合(右薬)が給食を食べる姿を、ただ黙って目で追い続けた。


 クラスメイトの十人(指)は卒業すると、進学や就職で進路はバラバラとなってしまう。健太(左人)がこの思いを彼女へ伝えるべきか、秘めたままにしておくべきか悩みだした。それを見ていた僕は健太(左人)へ、「絶対後悔するから、思いは伝えるべきだ」と言ってやりたかったが、今はテスト中なので、そんな発言はできない。届くかわからなかったが、精一杯の咳ばらいで健太(左人)の背中を叩いてやった。


「ん、ぅんん!」


悩みに悩んだ健太(左人)が、昼休みに小百合(右薬)へ話しかけた。

「もうすぐ卒業だね。何か思い残したことはない?」

「そうね。実はあるの。去年の夏休みにみんなで花火したとき、私だけ風邪をひいて行けなかったでしょ。だからもう一度みんなで花火したかったな」

健太(左人)は小百合(右薬)と二人っきりになれるチャンスだと思い、彼女を誘った。

「やろうよ。花火。まだあの時の余りがあるからさ」

「無理よ、だって今2月よ。寒いじゃない」

「季節なんて関係ないさ。放課後に家へ帰ったら学校集合な」

 二人の会話に聞き耳を立てていた亜美(右人)が、話に参加した。

「季節外れの花火いいじゃん。いいじゃん。やろうよ。みんなも来るよな。」

 健太(左人)は小百合(右薬)だけを誘ったつもりだったが、いつのまにかクラスメイト全員がこれに乗っかってきてしまった。


 放課後、夏の余った花火を持ち寄った十人(指)が、学校から少し離れた海岸まで歩いて向かった。

 その途中、つり橋(えんぴつ)を渡ったところで、男子(左指)と女子(右指)が自然と前後に分かれて二つのグループができて、歩きながら話をしていた。


 そこで、健太(左人)が武夫(左中)に話しかけた。

「さっきは悪かったな」

「オレのほうこそ悪かったな。しっかしお前、いつまで足にガムテープ張ってんだよ」

それを聞きながら、横を歩いていた博司(左親)が言った。

「喧嘩の原因も、仲直りの速さも、幼稚園からずっと同じだなお前ら」

夏也(左薬)と幸樹(左小)が、同調してうなずきながら笑っていた。


 後ろを歩く女子グループでは別の話題になっていた。

「小百合(右薬)ちゃんは、誰か好きな人はいるの?」

 亜美(右人)が唐突に質問した。

「いないわ。だって私、前から言ってるようにアイドルになることが夢なの。だから夢がかなって、アイドルを卒業するまでは、恋はしないことに決めているの」

「そうなんだ。じゃあ私、頑張ってみようかな」

麻里子(右親)とキャサリン(右中)と小百合(右薬)と瑠璃(右小)は、その言葉の意味が分からず、首をかしげながら浜辺を目指した。


 僕は聞いてしまった。おそらくこの後、健太(左人)が小百合(右薬)へ、愛の告白をするのだろうと思っていたが、先に残念な結果を知ってしまった。この後の二人をどうやって見守ってやるべきか。無念だ健太(左人)!そして、背中を押してしまったことを謝らせてくれ。

 それより何より、亜美(右人)の、あの意味深な発言は、健太(左人)が小百合(右薬)へ思いを寄せていたことに気づいていたし、亜美(右人)自身も健太(左人)への思いがあったってことになる。この三角関係は一体どうなってしまうのか。話の先が気になる。


 僕は呼吸を整えて、話の続きに臨もうとすると、チャイムが鳴った。先生がテストの終了を告げると同時に、僕の机上にいた離島の中学生達もどこかへ去っていった。

 時間つぶしで始めたつもりの遊びが、思いもよらない失恋という苦い結果に終わったことに、僕の気分は落ち込んでしまった。

 こんなことを他の人へ話すと危ないヤツだと思われるだろうから、彼らの恋は誰にも言わないでおこうと決心した。

 そして、残っていた左人差し指のササクレを強く引き千切り、僕の男女十指恋物語の幕は閉じた。


 解答用紙は、後ろの席の人から順に前へ送りながら回収していく方式だ。

 席の後ろに座るクラスメイトの女子から回収されてきた解答用紙を受け取るため、体をひねって手を差し出すと、僕の人差し指と彼女の薬指が不意に触れてしまった。

 僕は一瞬固まった。これって?無意識に震える僕の人差し指と、徐々に高鳴る僕の鼓動は、やがてシンクロした。

 さらに、僕の人差し指が彼女の薬指を意識しているのを感じると、それは間違いだと、勘違いだと抑えこむ僕とは裏腹に、体を90度ひねったまま、横目で見る彼女の瞳に僕は、釘付けとなってしまった。

 僕の指から血が出ていることに気付いた彼女が、絆創膏をくれた。その時、どこからか咳ばらいが聞こえた。そして僕は、それを無視することはできずに、彼女の夢がアイドルでないことを願った。


おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男女十指恋物語 団田図 @dandenzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ