男女十指恋物語
団田図
前編
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り、中学校生活最後のテストが始まった。僕はこの時、誰にも言えない恋が始まるとは思いもよらなかった。そしてそれが、終わることも。
前日に、大量のお菓子を買い込んで一夜漬けテスト勉強を敢行した。勉強部屋は幹線道路沿いにあり、深夜になっても時折走るパトカーのサイレンがうるさいと感じるも、眠気覚ましにちょうどよかった。
目の下にクマを作った甲斐もあってか、テストの解答欄はすべて埋まった。見直しも終わり、正面の時計を見ると、テスト終了までまだ5分も時間が余っている。
どうしようかと悩みながら、眠たい目をこすろうとすると、指にササクレができていることに気が付いた。
僕は、左手の人差し指に出来たササクレを慎重に剥がしながら、余った時間の活用法を考えた。
すると、慎重に作業をしていたにもかかわらず、ササクレの剥がれていく皮膚が思ったよりも長くなってしまって、なかなか切れない。この時僕は、余った時間の活用法を考えるほどの余裕はなく、ササクレ剥離にすべての神経を集中させていた。
このまま進めば血が出て痛みが出そうだと、不安になる僕の心とは裏腹に、中途半端に残しておくのは気持ちが悪いと、ササクレをつまんだ僕の右手人差し指と親指はまるで、人格を得たかのようにそのササクレの端を離さず、ジリジリと剥がす作業は続いた。
「どうだ?痛いか?」
僕の頭の中で右手人差し指が話し始めた。正確には僕が考えたセリフで、僕が僕に話しかけているのであって、本当に知らない人格が現れて話しかけてきてるのではない。
「ちょ、ちょっとー。ゆっくりじゃなくて一気にやっちゃってよ」
今度はササクレを剥がされている左手人差し指が話し始めた。何度も言うが、僕が考えたセリフであって、頭の中で始まった物語が勝手に進んでいる感覚だ。
「健太(左人)はホント痛がりだなー」
「亜美(右人)やめろって!イタイ、イタイ!」
亜美(右人)は、健太(左人)のスネに張り付けたガムテープを、麻里子(右親)と一緒になってゆっくりと剥がしていた。
健太(左人)は、スネ毛が濃くて困っていて、一気に毛を抜いてやろうと考え、足にガムテープを張ったはいいものの、痛みを想像すると恐怖心で、自分では剥がす勇気が出ず、クラスメイトで友達の亜美(右人)と麻里子(右親)にお願いをして、剥がしてもらっていた。
しかし、いたずら好きな亜美(右人)は、ガムテープを一気に剥がそうとはせず、ゆっくりと剥がしながら健太(左人)の痛がる様子を楽しんでいた。
「タンマ!タンマ!」
健太(左人)はたまらず、制止した。
「お前たちに頼んだ俺がバカだったよ」
「何よ、せっかく手伝ってあげてるってのにさ」
僕はこの時、発言する指を小刻みに揺らしながら、本当に話している風(ふう)を演出した。こんなことを言っているのであれば、こんな動きになるだろうという指への配慮というか、忖度というか、気遣いというか、そんなことを考えながら。
ただ、今はテスト中であって、周りからおかしな奴だと思われないように、極々わずかな動きでそれを表現した。
こうして彼らは、命を吹き込まれたかのように、発言をするたび、前後左右へと動くようになった。
そして、いつの間にか、ササクレのできた左人差し指が、僕と同じ名前の健太となっていたことに、ここで気が付いた。
ここは離島の中学校。3年A組のクラスメイトは男子5人(左指)と女子5人(右指)だ。給食の時間を知らせるチャイムが鳴ると健太(左人)は、剥がれかけのガムテープをスネへと張り戻し、痛みへの恐怖を後回とするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます