第164話・それが俺様の……
「やっと俺様の出番だぜ!」
拳を胸の前で打ちつけながら、ティラノが嬉しそうにダスプレトサウルスに視線を向ける。どうやらミノタウロス達の熱闘で、テンションが爆上げされた様だ。
〔なんじゃ大孫娘よ。こんなか弱い年寄りを殴る気か?〕
「はぁ? ずりぃぞ
いきなり気合を削がれ、ダスプレトサウルスに向けていた闘気の行方が彷徨い始める。そんなティラノを見て、間髪入れずにメデューサが助け舟を出した。
「確かにずるいざますわね。それにあなた方英霊は、姿かたち年齢まで好きに作れると見ましたが?」
〔なんだ、ばれておったか〕
いたずらっぽくニカッと笑うダスプレトサウルス。相手を惑わし陽動させ、戦力を削ぐという狡猾な手法。メデューサには、その顔に刻まれたシワの分だけ手を隠している様にも見えたと言う。
〔アクロと言うたかの、お主もやらぬか? 二人がかりでよいぞ〕
そしてその矛先はアクロにも向いた。
「めんどくさか~。うちにはかまわんとき」
ダスプレトサウスは年齢詐称疑惑……ではなく、年齢詐称確定があるにも関わらず『あ~、よっこいしょ』と掛け声をかけながらゆっくりと立ち上がった。腰をトントンと叩き、『ふぅ~』と辛そうに溜息をつく。
〔やる気が起きぬか。ではこれでどうかな?〕
ダスプレトサウルスは数歩歩くと、四~五〇センチくらいの小岩に視線を落とし、そのすぐ脇に生えている小さな花を踏みつぶそうと足を上げた。
デスマトスクスとの戦いで、我を忘れて暴走し無意味な殺戮をしてしまう寸前だったアクロ。老獪な英霊は、今一度あの時のようにブチ切れさせようとしているのだろうか?
「バカ、止めろって
〔こら大孫娘。爺ちゃんに向かってバカとはなんだバカとは!〕
「だってよう……」
「ティラノさん大丈夫ざますわ。あれはあなたの動揺を誘う為の嘘です」
再度助け舟を出すメデューサ。あまりに素直すぎるティラノを放っておけないのは、世話好きな、三姉妹の真ん中だからなのだろう。
「すでに闘いは始まっているのですよ」
キョトンとするティラノに補足するように、リザードマンが口を開く。
「心理戦とか舌戦とか言う、武力を使わない戦いでやんすよ」
「それってなんか、亜紀っちと戦ってるみてぇだな」
〔ほう? 誰じゃ、亜紀っちと言うのは〕
「俺様のマブだぜ!」
急ににこやかな表情になるティラノ。親指を立てて自分を指し自慢のひとつと言った感じだった。
「アイツは強えぇぞ、根性があるからな!」
〔お主がそこまで言う者なら、いつかは会ってみたいものよ〕
「今度連れてくるぜ。落ち着いたらな」
〔そうか、それは残念じゃのう〕
ティラノは“残念”の意味が解らず首をかしげる。対照的に魔王軍の面々は神妙な面持ちになっていた。
〔『落ち着いたら』と言うのは、今お主の周りにいる魔王軍とやらを殺した後の事なのじゃろ?〕
「は?
ティラノの言葉を手で遮り、ダスプレトサウルスはメデューサ達を見据えながら話を続けた。
〔お主らの関係性は知らぬが、そういう立場なのであろう?〕
これもダスプレトサウルスの仕掛けには間違いがない。しかし、その言葉で暴かれた歪んだ関係に、ティラノはおろか魔王軍の面々もアクロでさえも言葉を失っていた。
「だけどよ~。亜紀っちは誰も死なせないし殺さないって言ってるぜ?」
〔甘いのう。若さ故と言った所か〕
「何度も戦ってきているけど、俺様達の誰も死んでないし、誰も殺してないぞ」
その時、あまりに意外だという顔をしたのはメデューサとウェアウルフ。今まで生きて来た世界では、負け=死と言う図式が常だった。だからここ白亜紀の地球でも、確認していないだけで魔族が殺されていると思い込んでいた。
〔ほう、面白い。捕食目的でない争いが起きる事自体珍しいのに、その上敗者を生かす選択をするとはな〕
ダスプレトサウルスはどこか楽し気に言葉を綴った。
きっと今までになかった、彼らにとって新しい考え方に興味を示したという事なのだろう。
〔その甘い考えがどこまで通じるのか見ものじゃ〕
「甘くてもいいじゃねぇか。それが俺様のマブで、俺様達のリーダーなんだからよ!」
ティラノは、改めて腰を落として構え直し、臨戦態勢をとった。
〔なんじゃ大孫娘。武器も持たずに戦う気か?〕
「だから武器くれって言ってんじゃねぇか」
〔断る!〕
「ケチ!」
〔なんじゃと? 爺ちゃんに向かってケチとは何事じゃ!〕
またまた始まった爺孫喧嘩。そして呆れる面々。特にミノタウロスとウェアウルフは『いつ始まるんだ?』と退屈すらしていた。
霊廟に広がるアンニュイな空気の中、アクロは何かを思い出したようにポケットに手を入れた。
「ティラノ姉さん、これ使ってみりんしゃい」
そう言って取り出した二十センチ弱の棒を、ティラノに投げ渡しながら言った。
「マスターアンジュから、ティラノ姉さんが戦う時に渡しんしゃいって」
「ジュラっちから? ……って言われても、なんだこれ?」
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