第140話・コンビ芸
輝く太陽と緑鮮やかな拠点から聞こえるのは、風が撫でる木の葉の音と小川のせせらぎ、そして……咳と悲鳴の阿鼻叫喚だった。
ティノが自爆的に撒いた唐辛子もどきの粉は、その場にいた全員に被害をもたらした。特に粉を思いっきり顔に浴びたドライアドは水場に頭を突っ込んで洗い流し、他の皆も水をのんだり顔を洗ったりと散々だった。
「ティノ、あれ禁止ね。少なくとも半径十メートル以内に味方がいたら絶対ダメ!」
「え~。アレ撒いておけばスタコラぴーで楽できるんですけど~」
いやいや、この惨状を見たら禁止しかないだろ。無差別な分、リコりんのデバフよりも凶悪だぞ。それに魔法属性じゃないからレジストも出来ないしな。
……でも正直言うとウチはこういうの嫌いじゃない。武器でも魔法でもなく“この時代にある物で道具を作りだして使う”ってのは生き物として少し前進した感じがするんだ。
「ところで、今のティノちゃんってさ、知識ベースはアンジーな訳だよね」
「うん、それがどうかしたの?」
「あのさ、『てけれつのぱ~』って落語ネタじゃん?」
落語なんて結構
「なんだろうね。少なくとも私の知識じゃないよ」
「って事は……」
ウチとアンジーの視線が新生に向く。なるほど、さっきから視線を合わせようとしなかったのはそういう事か。あれは新生の
「お~い
「……」
「聞こえないフリするなら今後“
「馬鹿、やめろっ!」
「ふっ、与太郎に反応したって事は確定じゃないか」
新生は小さく『クソッ』と呟くと、そそくさと水場から離れて行った。
「意外な趣味と言うかなんというか、シブいJKだねえ」
「みんな、結構毛だらけ猫灰だらけなんですけど~」
「灰と言うか唐辛子だけどな……」
どうやらこの
「おあとがよろしいようで!」
「ティノちゃん、よろしくないし、まとまってないから……」
頭からかぶった唐辛子の粉を落とすついでに、ここまでの汗を洗い流してきたドライアド。ティノを見ると冗談なのか本気なのか判らない調子で口を開いた。
「ふう、スッキリしたでござる。いやはや、あの技は何とも強烈ですな」
「流石に禁止令出したよ。味方にも撒くのはヤバイって」
「本人も喰らっているようでは致し方ござらん」
豪快に笑うドライアド。北の洞窟にいた時とは打て変わり、憑き物がとれた様に表情が豊かになっている。思う所はあるだろうけど、とりあえずはハーピーやセイレーンの安全が確保できた事が大きいのだろう。
「あとは初代殿との対戦ですかな?」
「ああ、そうだね。アイツはほぼ素人だからさ、なんというか……」
「心得てござるよ。一朝一夕に強くなれるものではござらぬが、身体の動かし方、足の運び方、そう言った基礎を教え込めばよいのですな?」
「お、おう、それそれ」
なんかウチが口出せるレベルじゃないわ。完全に丸投げしかないな~と思っていたら……
「マジか、アンジーあんたまさか……」
何故かアンジーが新生のセコンドに付いて、コソコソとアドバイスを始めていた。模擬戦だってのに気合入り過ぎじゃね?
「ああ、初代からアドバイス求められてね」
普段いがみ合っているくせにもう……。でも、一度は自分を殺しかけた相手にアドバイスを求めるとか、新生も切羽詰まっているのかもな。本気で現状を何とかしようとしているのなら、それは応援するべきだとウチは思う。
……だけどこれはアンフェアだ。
「ならば、ウチは
「なんでそうなるのよ八白さん。……いや、まあ、相変わらずだけど」
「君らのコンビ芸に対抗する為って事で」
「誰がコンビ芸だコラ、わけわからんわ!」
アンジーが呆れ、新生が軽く
「あ、亜紀殿、拙者にセコンドは……」
「まあまあ、そう言わんと。相手の参謀はあのドラゲロアンジーなんだ。何してくるかわからんぞ~」
“ドラゲロ”の通り名が出た瞬間、ドライアドの顔に緊張が走るのが見えた。目の前にいる猫耳転移者が、史上最凶最悪の勇者だと、ウチの一言で改めて認識させてしまった様だ。
「いまだ威名は健在なんだな」
でもそうでなければブラフに使えないし、ドライアドですら怯む通り名はやはり有効って事だ。
「で、では……模擬戦最後の一戦といきますかな?」
world:09 結構毛だらけ猫灰だらけ! (完)
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(注)【与太郎】
落語では『間抜けで色々しくじりっ放しの男』を表します。リアルでもどうしようもない奴を与太郎と呼んだり、どうでもいい話を与太話と言ったりもします。
本文で初代新生が抵抗を示していたのは上記の知識があった訳で、=落語を知っているという、八白亜紀の判断に繋がったわけです。
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