第139話・てけれつのぱ!
「しっかし、“まさか”だね」
「うん、私もここまでとは思わなかったよ」
アンジーですらこの反応だ、なかなかに信じがたい。なぜなら、模擬戦でティノがドライアドを翻弄し、接戦を繰り広げているからだった。
「あいつ、なんであんなに強いんだよ」
新生の言いたい事はわかる。ウチも同じ気持ちだわ。新生の
「やっぱりこれも、アンジーが教え込んだの?」
「まあね~!」
アゴチョキでドヤっていやがります。
「アンジーって、教師の素質があるんじゃない?」
「ああ、よく言われるよ。美人教師の素質があるって」
一瞬流れた微妙な空気。新生はロボットの様にぎこちなく“頭だけをウチに向けて”口を開いた。
「なあ……こいつ今、自分で美人って言ったよな?」
「言ったね。サラっと。否定はしないけど自分で言うのはねぇ」
「おまけにそこだけ強調していやがったぜ」
「でも基本アホだからな。全校集会でザワザワしている所にいきなり怒号砲ぶっ放す体育教師みたいになりそうだ。『
「二人ともひどいな~」
アンジーはケラケラと笑っていた。『ひどい』と言いながら怒っているわけではなく、むしろ楽しそうだ。
「だけどよ……。コイツならオレの話を聞いてくれる様な、まともな教師になりそうじゃね?」
これは意外な言葉……。新生がアンジーをこんな風に評価していたなんて。アンジーも目を丸くしてウチを見てくる。何か“信じられないものを見た!”って感じだ。
思わず『オレの』と言ってしまったのは、一方的に考えを押し付けてくるだけの教師に幻滅させられた、あの一件が原因だと思う。しかしこれは本人的には失言だったのだろう、すぐに『ちっ、忘れろ……』と悪態をついてそっぽを向いてしまった。
「で、まあ、話戻すとさ……」
気を取り直して解説に戻るアンジー。脇道にそれた原因を自分で消そうとするマッチポンプさんだ。
「ティノはあまりに型がなさすぎるのが強みなんだ。ドライアドからしたら動きも展開も読みにくいと思うよ」
「だけどよ、それだけであそこまで拮抗するものなのか?」
「ん~、今は優勢でも、段々手の内が見えてくると地力の差が出てくると思う。ティノはどちらかと言えば八白さん向きの
それは何となくわかるな。ティノの様なタイプは、アタッカータイプと組ませた方が断然活きると思う。フェイントを入れてアタッカーが動きやすくなるように誘導し、そして注意がアタッカーに向いたらバックアタックで急所を狙うとかね。
「それでもティノはスゲーっスよ。おっちゃんが言っていたフェイントってこういう事なんスね」
二戦目が始まった直後、ルカは最初ボケーッと見学していたんだけど、ティノのトリッキーな動きにドライアドが翻弄されていくのを見て、いつの間にか目が
「おっちゃ~ん、まだやるぅ~?」
「まだまだでござるよ。こんな面白い戦い方、終わらせるのがもったいないでござる」
「え~、終わろうよ~。ダルいんですけど~!」
「そう言いながら、まだ手札を隠しているのでしょうな。目が何かを狙っているでござる」
ティノは『バレたか』と舌を出し、手に持った最後のナイフをドライアドに向けて投げる! 寸分の狂いもなく心臓をめがけて飛ぶが、それ故、その軌道を読むのはたやすい。
しかしそれは、軌道を読んだのではなく……ティノに読まされていたのだとすぐに気が付かされた。
「それ、てけれつのぱ~なんですけど!」
ティノが投げたナイフは筒状の偽物で非常に脆く、ドライアドが叩き落とそうと刀を合わせただけで壊れてしまった。それまでに何度も投げていたナイフは全て本物で、ティノの狙いは最初からこの一手だったのだろう。
――そして壊れた筒の中からは粉が噴き出し、ドライアドの視界を一気に奪う。
「一体なんでござ……げほっ」
その粉は、乾燥した赤い植物を砕いたものだと後で聞かされた。海岸沿いに多く自生していると聞いて見に行ったのだが……。
「うわ、なにこれ、目痛っっ」
「ちょっと、ティノ。アンタなんてもの使うのよ」
……あれは、ほぼほぼ唐辛子だった。
「痛っ! 辛っ!」
「これヤバ……げほっ」
そこら中から聞こえる阿鼻叫喚。ティノのフェイクナイフから拡散した粉は風に乗って広範囲に広がり、その場にいた全員が涙を流し辛さにむせてしまっていた。もちろん、主犯のティノも例外ではない。
「もう、ピリピリずるんでずげど~」
「当たり前でしょ。げほっ……こ、この試合ここまどぇ!」
――――――――――――――――――――――――――――
(注)健全なる精神は健全なる肉体に宿る。
本来の言葉(の翻訳)は
「人は、神に対して『健全なる身体に健全なる精神』が与えられるように祈るべきだ」
であって、教育現場で標語の様に言われている本文の内容は誤用です。
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