第125話・漫画の中

「漆黒の十三連撃」

 スーの全身を覆っていた黒紫のオーラがうねりながら大鎌に集まっていく。

「レックス……」

 刃に彫刻された模様が鈍く赤色に光り、黒いオーラの中に光って見える。

「カタストロフィ!!」

 そして“それは”十三本の赤い軌跡となった。


 体幹が恐ろしく強いという事なのだろう。自分の身長よりも大きい鎌をまったくブレる事なく振り回す。袈裟がけに撃ち下ろしたかと思えば、右手だけで回転させながら斬り上げる。そしてそのまま左手に持ち替えて体ごと一回転し、遠心力を利用して撃ち込む。一呼吸の内に次々とアクロバティックな連撃を放つという、その細身の体からは想像出来ない荒業だ。

 そして狙ったのは、右前脚の。いかに硬くても、関節まで覆う事は出来ない。スーのレックス・カタストロフィは、その可動部分を一点集中で破壊していた。

 まず機動力を奪うのは戦いを有利に運ぶ為の基本だ。ルールの有るスポーツならまだしも、本来“生存する事“が勝利条件である戦いにおいては、卑怯もへったくれも無い。

 当たり前の話だが、死んだら元も子もないんだ。……と、刑務所から脱獄する海外ドラマで言っていた。


 脚の破壊を狙ったスーの攻撃は、この先の展開を有利に持っていく為の起点。


「どんな攻撃も効かないとかほざいていやがりましたな?」 

「卑怯だっぺ。そこは狙ったらいけない所だっペ」

「そんな話、聞いた事ねぇでゴザイますよ!」

「許さないっペ。お、お、前様方全員、踏みつぶしてや……」

 ハーピーの羽根矢が止んだせいもあったのだろう。毛玉竜グレムリンはそこまで言いかけて、初めて気が付いた。


「あのカミナリ女はどこだっぺ……」


 今の今まで猫耳幼女の近くにいたはずなのに、今はその姿が見えない。毛玉竜グレムリンはドラゴンの長い首で辺りを見回したが、ルカの姿は何処にも見えなかった。

「どこ見ていやがるんスか~?」

「爬虫類風情がこのオラになんて口を……」

「……その言い方、なんかムカつくっスね」


 “バチバチッ”という音がドラゴンの腹の下から聞こえてくる。ルカは、スーのレックス・カタストロフィをカモフラージュにして、ドラゴンの真下に転がり込んでいた。

「喰らえよ、この腐れ外道!」

 ルカの右手に怒りのいかづちが収束されていく。全身に纏ったオーラはその雷を覆うように絡み、雷光と紫雲がルカの右腕に渦巻いていた。


「レックス・インパクト!!」


 拳に溜め切ったオーラを地面に叩きつけ、雷を纏った衝撃波を打ちだす技だ。しかし今回は地面ではなく真上に向けて、 毛玉竜グレムリンの腹めがけて撃ち込んだ。落雷ではない、まさしく“昇雷”といった衝撃が 毛玉竜グレムリンのドテッ腹を突き抜けていく。

「おお、すごい気合でございますですな。ビリビリ感じる気がしやがりますですぞ!」

「スーぅさぁ~ん、本当に痺れているですってば」

 有り余った電撃のパワーは砂浜をも走っていた。近くにいたスーとピノは、足元からくるビリビリにルカの怒りを感じ取っていたのかもしれない。


 その直後、得物の鞭をふりまわり始めるピノ。風を切る“ヒュンヒュン”といった音が次第に早くなっていく。円を描くように、八の字を描くようにと、その変幻自在なさまはまるで生き物の様だ。そして、高速の鞭の動きは足元の砂を巻き上げ、撒き散らしていった。


「また目くらましだっペか? 芸の無いヤツだっぺ」


 鞭の動きは更に早くなり大量の砂が舞い上がる。それは砂煙どころの話ではなく、ピノを中心にした砂嵐が起こり始めていた。やがてそれは辺り一面の視界を奪い、スーやルカですら、その場から避難しなければならない程だった。

「そんな程度の誤魔化しが効くと思っているっペか? お粗末な方々だっぺ」

「お粗末なのはそちらですね。まだ何もわかっていない様で。いやはや、軍師が聞いて呆れます。魔王軍ではその程度で偉そうに出来るのですか」


 この“あまりにわかりやすい挑発”が余程気に障ったのか、毛玉竜グレムリンはピノの声がする方にドラゴンの口を向けた。口からは青白い炎がチロチロと漏れている。辺り一面を覆う砂をドラゴンブレスで焼き払おうと、首を動かし始めた時だ。

 “ギシッ”とか“ミシッ”といった音が聞こえてくる。首を動かすたびに“ガリガリ”とか“ゴリゴリ”という音もする。


「これは……一体なんだっぺ?」

「なんだもなにもないであらせられますデスよ!」

 ピノの撒き散らした砂はドラゴンに吸いこまれるように張り付いていき、表面だけでなく関節部分に入り込み動きを阻害そがいし始めていた。それはまるで“石臼に砂を放り込んだようなもの”で、関節を動かす度に鈍く削られる音が響く。

「面白い位くっつくっスね!」

「このスー様も砂をかけて差し上げてしまいますぞ」

「やめんか、お前様方!」

 制止の声などお構いなしに、毛玉竜グレムリンに砂を浴びせまくるスーとルカ。見る角度次第ではキャッキャウフフといった感じだ。


 そして、やがて耳障りな音が止み、岩と砂の塊と化した毛玉竜グレムリンは……完全に、静止した。


「沈黙完了。あとは好きに料理しましょう」

「一体何をやったっペ……」

「何って……ルカさんの高電圧であなたを磁石化(注)し、砂鉄を引き付けたってです」

 土壌の分析をし、仲間の特性を理解し、その上での制圧作戦。『だけ』と言いながらもその内容は“ピノでなければ思いつかない”唯一無二の戦術であった。

「お前様、弱点を突くって言っていたっペな!」

「私は言っていませんよ?」

「ぺ?」

「ああ、それ言いやがりましたのは、このわれ、スー様デスぞ!」

 両手を腰に当て、ドヤ顔で言い放つスー。


「大体、”壊せるポイントを突く”ですって?」

 ピノは帽子を取り、額に浮いている汗をぬぐった。潮風で舞い上がる青い髪を耳にかけ直しながら、グレムリンに向かって静かに、そして諭すように、言った。

 

「そんなのは漫画の中の出来事ですわ」

 





――――――――――――――――――――――――――――

(注)実際はそんな簡単に磁石化しません。エンタメ的演出とご理解ください。


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