第117話・昇龍

「覚醒って……転移者が覚醒すんのか?」

「さあなぁ。知らないっペよ」

「おまえが今そう言っただろ」

「そんなこと言ったっぺか? 知らんけど」


 なんだこいつは、ムカつく……。ってイカンイカン。こうやってこちらのペースを乱してくるのも、グレムリンのやり方の一つだってアンジーが言っていたな。


「女神さんや」

〔無理です〕

「……まだなにも言ってないぞ」

〔覚醒能力をくれって話ですよね〕

「そうそう、それを……」

〔無理です。あきらめましょう〕


 なんだ? そっけないというか、取り付く島もないというか。……ま、今はそんなことにこだわっても仕方がない。そろそろ超強力な恐竜人ライズなのだから。


 ウチの作戦ミスが原因とは言え、敵に捕らえられたことはルカにとって心底不本意だったと思う。手のゴーレムに閉じ込められたルカは、その時からひたすら壁を殴り続けている。そして、打撃音は段々と高くなってきていた。


「つまり、壁が削れて薄くなってきているってことだ!」


 リズムを刻むその音には金属音が混ざっていた。グローブの鎖を手に巻き、拳を守ると同時に打撃力を上げて岩壁を削っているのだろう。そしてそのリズムに合わせてジュラたまが点滅し始めた。


「ルカちゃんが出て来たら、お前らなんか一撃や!」


 段々と壊れる時が近づいてくるその音は、雛が卵の殻を割る時の様な高揚感を感じさせてくれる。


〔……威勢よく他力本願しないでください〕

「さっさと逃げる用意した方がええで~!」


 しかし、そんなウチの言葉を無視して、猫耳幼女はグレムリンをじっと見る。その視線に気が付くとグレムリンは寝ころんだまま猫耳幼女に質問をした。


「ここだっぺ?」


 猫耳幼女は黙ったまま頷く。


「めんどくさ……わかったっペな」


 心底面倒くさそうに起き上がり、少し離れた位置に座り直すグレムリン。それを確認した猫耳幼女は、自身も数歩後ろに下がった。


「今のはいったい……?」


 おかしな行動と言ってしまえばそれまでだけど、今このタイミングで意味のない行動をとるとは思えない。


「姐さん、少し下がっててくださいっス!」


 手のゴーレムの中からルカの、いつも通り“威勢の良い声”が聞こえてくる。同時に気の高まりを感じ取ることが出来た。これはレックス・インパクトを打とうとしているのだろうか。


「あんな狭いとこで打って大丈夫なんか?」


 ルカの技、レックス・インパクトは先日の戦闘でその特性が変化し、自身を中心とした範囲攻撃としての運用が可能になっている。それはつまり、ティラノの弱点であった“オーラの全方位放出”を、“意図的にブチ撒ける技”ということ。“自分の足元に叩きつけて放出する”という使い方が出来る、対軍攻撃の様相が強いスキルだ。


 ――ただ、周囲を囲まれている密室状態で打ったらどうなるのか、自身もダメージを負う可能性はないのか? それだけが心配だった。


「レックス……」


「来るぞ、部長(ドライアド)達も備えて!」

「大丈夫です。私が二人を守ります」


 ウチは黙ったまま、ハーピーにサムズアップで答えた。……あれ、これって魔族にも通用するのかな?


「カラミティ!!!」


 かけ声と共に手のゴーレムにひびが入り、その隙間から白と紫の電光が漏れる。次の瞬間、空に向けて太い雷撃がうねりながら走り、雲を切り裂いて咆哮を上げた。


「インパクトじゃないんかい! つか、マジかよ、なにこのパワーは……」


 きっと出てきたら全裸なんだろうな~とか思いながらも……ウチは、その圧倒的な威力の技に魅入ってしまっていた。

 ティラノのディザスターといいルカのカラミティといい、パワーアップしたスキルには“災害”という名称がつけられている。最初は『不吉だな』なんて思ったけど、これは魔王軍に対する災害だと思うことにしたらスッキリした。と同時に、扱いを間違えたらとんでもない災害になるという戒めでもあるのだと、ウチは解釈しているんだ。


いかずちの昇龍みたいでしたね〕

「そう、それそれ。恐竜が架空の東洋龍を打ちだすとかカッコいいよな」


 岩でできた壁をぶち壊し、颯爽と現れるカルカロドントサウルスの恐竜人ライズ


「お待たせして申し訳ないっス。これより戦線復帰するっスよ!」 


 意外なことに、中から出て来たルカは着けるべき物を着けている。ボロボロではあるけど、いつものように燃え尽きている訳ではなかった。


「ジュラ姐さんに、鎖をアースにしろって言われたんスよ!」


 アンジーのアドバイスでしたか。あの謎女め、素敵な助言してくれるじゃないか。


「よし、ここから一気に畳みかけよう!」


 と言ってはみたものの、あの二人はそう簡単に倒せそうにはない。グレムリンが今まで寝転がってていた場所、そして猫耳幼女が避けた場所には、ルカのレックス・カラミティで砕けた巨大な岩の破片が落ちていた。


〔どうやらあの幼女は予測演算能力が極めて高い様ですね〕


 予測ってのは色々な要素を元に計算した結果。るってやつだ。だけどこれは違う。こんな短期間でルカがパワーアップするなんてウチにもわからないし、ましてや砕けた破片がどこに落ちるかなんてスーパーコンピューターでも計算不可能だ。そしてまだ作戦を立てる前から作戦を知っていたという現実。


「多分……猫耳幼女の覚醒能力は“予知”だ。これから起こること全てわかっていなければ出来ない芸当だぞ」


 とは言うものの、この考察は外れていて欲しいと思う。予知なんて、最強チートすぎるだろ……。






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