第92話・4×5=?

「んで、俺様はなにをすればいいんだ?」

「全力のレックス・ブレードを撃ってくれ」

「あぁ? それじゃ今迄と同じじゃねぇか」


「……それでも、頼む」


 ここまで殊勝な態度で『頼む』と言われたら、流石に断ることはなかなか出来ない。ましてや一本気な性格のティラノだ、一度作戦を預けると決めた以上、全力で己の役割を果たそうとするだろう。


「しゃーねぇな。ベルノ離れてろ」

「はいニャ!」


 ティラノはバルログ達を見据えながら精神を集中する。周りの空気が凝縮されて行くような、そんな圧力を放っていた。足元からゆらゆらと熱気みたいなものが立ち上がり、やがてそれはハッキリとしたティラノサウルスの形になっていく。


 その闘気オーラは乱気流を発生させ、所かまわずにダメージをバラ撒き始めた時。


「行くぜ! レックス……」


 ――突然、初代はつしろ新生ねおの声が響いた。


「ティラノ、まだだ」

「っと、なんだよ新生っち」


 急にストップをかけられ、危うくのめりそうになるティラノ。


「そのまま体中から出ているオーラをすべて木刀に集めるんだ」


 初代新生は見ていたのだろう。数分前に、トリスとの連携で撃ったレックスブレードを。

 あの時ティラノは、自身の周りに溢れる闘気オーラが味方を傷つけてしまうことを恐れて、前方以外には放出しない様に調整していた。放ったレックス・ブレードが中途半端な威力になってしまったのは、即興ではそれが上手く行かなかったからだろう。

 味方に影響を与えない為に、前方にだけ闘気オーラを発生させようと考えたティラノ。だが初代新生の出した答えは、一旦全力の闘気オーラを出させ、それを木刀に集中させるという方法だった。プラスとマイナスの操作を同時に行うのではなく、プラスを更にまとめて大きなプラスにするという考えだ。


「ヒョヒョ、そんな悠長なことヤっていていいノかや?」


「ちっ……」

「ティラノ、釣られるな!」

「だけどよう……」

「お前の信じろ」


 初代新生なりに考えての言葉なのだろう。『俺を信じろ』なんて言っても胡散臭さしかないのはわかるし、そもそも自分が信用されていないのは自覚しているはずだ。だからあえてそう言ったのだと思う。

 ――因果応報。彼女が白亜紀でやってきたことを考えれば仕方がないのだろうけど、それでもこの時のひと言を聞かされた時、ウチは何とも言えない寂しさを感じたんだ。初代新生が口にした『仲間』に自分自身を入れていないことに。



「全身のオーラが木刀に集まるイメージだ。八白亜紀あいつも妄想が得意なんだろ? やってみせろよ、ティラノ!」


 しかしこの状況に、バルログ達の中の二人が痺れを切らした様だ。二つ三つ呪文を唱えて炎の剣を作り出し、振りかざしながらティラノに向かって来た。

 各々が意思をもった別々の同一個体。まったく同じなだけに行動も寸分たがわないと思っていたけど、実際は別々の個体と言うことのようだ。座席がひとつズレていただけで、イルカショーの水を浴びる人と浴びない人がいる様に、五人のバルログもその立っている位置によって見えるものに差が生じ、それが行動の違いにつながったのだろう。


「ヒョ、そノままでいいノかや?」

「隙だラけだゾ」


 二人のバルログがティラノに襲い掛かる!


「——ガイア!」


 バルログ達の注意がティラノに向いた瞬間、初代新生は次々に指示を飛ばし始めた。もちろん本人も自覚している通り、“戦術”なんて呼べる代物ではない。それでも今この場を乗り切ろうとする意志は本物だった。みんなもその覚悟を感じ取ったからこそ、彼女の指示を受け入れていたのだと思う。

 今のままでは“なんの力もない”って自分でも判っていた。そしてそれを素直に認め次に踏み出すきっかけを与えたのは、他でもないミクロラプトルの行動だったと、ウチは思う。しかし当のミクロラプトルは、体力は回復しているはずなのにいまだ目を開ける気配がない。だから一刻も早くこの場を納め、このの意識を取り戻させてやりたと、初代新生は思っていたのだろう。


「それは……やらせない。デス!」


 ガイアの虹羽根アイリス・ウイングが、バルログの視界の外から攻撃を仕掛ける。レックス・ブレードの構えのまま動かない恐竜人ライズに注視していたからだろう、横や後ろから回り込んで来た物体には全く気が付いていなかった様だ。

 無警戒の後頭部にクリティカルヒットするガイアの虹羽根アイリス・ウイング。それほど威力がある攻撃ではなかったが元々弱点だった場所だ。彼等は一瞬怯み、足が止まっていた。

 二人のバルログが攻撃されたのを見て、後ろにいた三人のバルログは助勢しようと動き出す。しかしその瞬間、三人の足元に一筋の光が来た。

 中心に青い一本の光、そしてその周りにキラキラとラメを散りばめた様な白い光が渦を巻く。何かが降臨するような神々しい光だ。

 白い光は青い光に吸い込まれるように細くなり、そして青が示すその一点を、強大なエネルギーの塊が貫く!


「レックス・アポストル!!」


 ――天空から落ちて来た光の槍は大地を抉り、砂や石が破裂する様に飛び散った。その光の圧力はすさまじく、三人のバルログは数メートル押し戻されてしまった。

 これはトリスのスキルだ。ランスを構え、はるか上空から凄まじいスピードで攻撃を仕掛ける技。光のエネルギーをランスの先端に収束し、一気に突き抜ける大技。解説員女神さんは『Apostleとは、使徒や使者と言う意味ですね。トリスの特性から察するに“光の使途”といったところでしょうか』と言っていた。

 

「その程度の威力デは、ワシらには傷一つツけられないゾ」


 その一言を聞き、初代新生がニヤリとしながら口を開いた。


「お前、開放して四倍の力になったんだよな?」

「そノ通り。力も強度もナニもかも。圧倒的な力じゃナいカ!」

「じゃあ、なんでトリスの攻撃がかすった程度で血が出てんだよ」


 顏を見合わせるバルログ達。確かに言われた通り、トリスの放った技の衝撃波で脚や手から血が流れていた。


「あリ得ぬ。ワシらはコの程度の攻撃では……」

「現実を見ろよ。お前の頭に落ちていたら一人死んでるぜ?」

「……何故ダ? 開放したワシより強いなんテことはあり得ぬゾ」


したんだよな。分身でも幻影でもなく、五つに?」


 ……そう、バルログは分身ではないと言い切った。分裂したのだと。


「ならば今のお前は、力も素早さもなにもかも……五人で分けているってことだ」


 むしろ開放したままの方が恐ろしく脅威だった。分裂ではなく単に“分身を生み出した”方が圧倒的に強かった。


「五人になったから五倍だと? アホか。今のお前ら一人一人は、解放前の80%の力でしかないんだよ!」

「ヒョヒョヒョ、やはりオマエは愚か者だな」

「なに?」

「なラば我らは元の一人になレばいい話だ。そんナのんびり種明かしシている間にな」

「ああ、のんびり話していたのはよぉ……。単なる時間稼ぎだ」




 ――その時……何かが爆発した様な、重く、それでいて空に突き抜けるような『ズドンっ!』という音が、地響きを伴って響き渡った。



 

 当然その場にいる全ての視線が音の方に向く。そこにいたのは頭上に真っすぐ木刀を構えたティラノ。それは、竜巻の様に荒れ狂う闘気オーラが、一本の木刀の周りに収束した音だった。



「なあ、新生っち。これ……撃っちまっていいのか?」






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