第72話・出来の悪い妹

「はあ? 誰ですか、あなたは。わちきに『あくとすぐぼあ』なんて妹はおりません」


 走りながらも冷静な受け答えをする姉ちゃん。


「いや、ウチじゃなくてね……」

「そんなことよりも、あなたが敵の指揮官ざますわね? さあ、わちきと闘いなさい!」

「おま、そういうことは後見て言えって」


 冷静さもときと場合による。今は慌てるときだ……。ウチらのすぐ後、ワニの恐竜は鼻息がかかるくらいの距離まで詰めていた。つまりは……


「ウチら食われる寸前やで~~~~!」

「大体、この巨大な生き物はなんざますの!」

「姉ちゃん、そんなこと言ってる場合じゃないって」

「だから、わちきにあなたみたいな妹はいません!」

「いや、だから、ウチじゃなくてぇ~」


 ……って、だめだ、会話が堂々巡りしとる。


「いいから、落ち着いて慌てろ!」


 ワニの恐竜は唸り声をあげ、目の前を必死で走るエサを食べようと迫る。そのときになって気が付いたんだ、いつの間にかキティがいなくなっている、と。……でも、なんか近くに存在を感じるんだよな。


 魔王軍の二人はローブをバサバサ言わせて、めちゃくちゃ走りにくそうだ。現代では、『SNS映え~』とか言ってドレス着て崖登りしてた人がいたけど、こんな感じだったんだろうか。姉ちゃんの向こうを走る犬もローブの裾が脚に絡んで……


 ……って、犬?


「ああ、ウェアウルフだったのか。活舌悪いわけだ」

「なにが言うだが? 小娘」

「いえいえ、なんでもございませんことよ!」


 鋭い目で睨んでくるウェアウルフ。怖えぇ~。こっちにも食われそうだわ。姉ちゃんは片手用杖ワンドを持っていて、これはいかにも魔術師だな。そしてウェアウルフのバカでかい漆黒の両手剣は、なにやら業の深そうな剣士って感じ。それにしても……


「この状況でも二足歩行なんだ」

「また、なにか言うだが?」

「いえいえ、なんでもございま……」


 ウェアウルフの方に顔を向けたそのときだった。ワニの恐竜が彼を飲み込もうと、大きな口を開けていた。いや、飲み込むというよりこれでは、上半身だけ嚙み切られるという凄惨な結末しか見えない。


「——頼む、キティちゃん!」

「まかされただす!(キリッ)」


 ウチのポケットから桜色の光が漏れる。キティのジュラたまの光だ。


「喰らうだすよ、レックス・ヴォルテックス(キリリッッッ!!!)」


 相変わらずの凄まじい蹴りだ。脚は鞭のようにしなり、摩擦熱のせいで炎を纏っている。というか……


「これはまさしく旋風渦ヴォルテックスだな」


 下顎への強力な一撃を見舞うキティ。ボクシングでは脳しんとうを起こすこともある急所だが、流石はバカでかい恐竜だ。蹴りの反動で怯み、数秒立ち止まりはしたものの、すぐにまた追いかけてきた。それでも十数メートル間が空いたのは大きい。


「これだけ距離が稼げればなんとかなるぞ!」


 何故、咄嗟にキティの名を呼んだかは自分でもわからない。ジュラたまの効果なのか絆の力なのか、うちにはその辺りにいると確信できたんだ。

 多分キティは、潜伏ハイドスキルを使ってワニの恐竜の喉元辺りを追走していたんだろう。姿が見えないところから超強力な一撃を放つとか、恐ろしいね。


「……お主ら、何故俺を助げた?」


 ウェアウルフが不思議そうな顔で尋ねてきた。まあ、その疑問は当然だろう。部長ドライアドですら最初はそういう反応だったしな。


「何故って言われてもなぁ……。ウチは誰も殺したくないと思うと同時に、誰も殺させたくないんだよ。だから姉ちゃん達とも戦いたくはないんだ」

「……変わったことを言いますのね。しかし、その手には乗らないざます」


 なんかめっさ疑われているやん。まあ、敵同士だから仕方ないけどさ。それでももうちょっと信用して欲しいもんだよな。実際助けているんだし。


「そうやってあなたは詭弁を弄し、わちきの出来の悪い妹をたぶらかして亡き者にしたのでしょう!」



「はい? ……なんですと?」


 




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