第71話・お、お姉様!?


「スゴイっスね~。戦ってみたいっスよ!」

 ルカは感心したように言うが……ホント勘弁してくれ。

 さっきはレックス・インパクトに反応して暴れ出したワニの恐竜。今度はプチの手榴弾の音に影響され、興奮してしまった様だ。その辺りにいたスケルトンを蹴散らしながら、魔王軍の指揮官に突っ込んでいった。


「あら、とんでもないパワーでございますわね」

 恐竜界トップアタッカー五本指に入るであろう、カルカロドントサウルスとタルボサウルスが二人して感心するとか、ワニの恐竜ってどれだけの強者ツワモノなんだよ…… 

「「でも……」」

「負けはしないっスよ」

「負ける気はありませんわ」

 うん、二人のその自信、めちゃくちゃ心強い。何かウチ、恐竜運に恵まれているかもしれないな。強さだけでなくて、みんな素直で優しい。なにより、一緒にいて楽しいぞ!


「しかし、あれ……治まるんスか?」

「暴走してるよね……」

 ワニの恐竜は暴れ放題、無人の野を行くが如くってやつだ。強靭な顎でスケルトンを嚙み砕き、丸太を束ねたような尻尾で薙ぎ払う。傍若無人に暴れる恐竜に焦ったのか、指揮官は魔法で撃退しようと詠唱を始めた。何の魔法かは判らないけど、だからこそあれを喰らわせるわけにはいかない。

 猫人の脚力で猛ダッシュをかけるウチ。指揮官とワニの恐竜との間に入り込みたいんだけど。マズいな、距離がある。さすがに間に合わないか……。


「もうちょっとのんびり詠唱してくれてもええんやで~?」 

 ……という願いもむなしく、指揮官の魔法が発動した。その手から火の玉が放たれる! 直径にして七~八十センチくらいの、両手で抱える位の大きさの火の玉がワニの恐竜に向かって飛んでいく。


 ――しかし!!


 小さく『ジュッ』と音を立てて消える火の玉。いくら魔法とは言えど、水棲生物に火ってのはどう考えても効果が薄い。それも川から上がったばかりで水を全身に纏っているんだから、ダメージが皆無なのは当然だ。

「火魔法の選択はないわ~。よっぽど焦っていたんだな」

 まあ、いきなり十メートル超えの巨大生物が現れて暴れ始めたら慌てるのは当然の話だ。ウチもティラノサウルスに追いかけられた時は“マジ死ぬ”って思ったし。


 そして、ズザザザザ……と、魔王軍とワニの恐竜の間に滑り込んだウチ。

「おおっと、そこまでだ魔王軍諸君。この場はウチが預からせてもらうで!」


 背負った漆黒の大剣に手をのばす魔王軍の一人。

「そごの耳付ぎ、キザマ何者だ?」

 そして問いかけてきたのだが……少々活舌の悪い、男の声だ。

「ふっふっふっ……。遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!」

〔ふう。……またなんか始まりましたね〕

「恐竜達の守り神にして地球の支配者、キサマら魔王軍すらも凌駕する伝説の猫耳……」

 いつも通り少し斜に構えて腕を組み、ピッと立てた親指で自分を指し……


「エンペラー・アクトスぐぼあぁぁ!!!!」


 あふん……。名乗りの途中でいきなり突っ込んできたのはキティ。ウチの腹部に思いっきりタックルをしてきた。

 何すんのよ、このタイミングで。『変な声が出ちゃったじゃん』と、倒れ込みながらキティを振り返ったその瞬間——。

 ウチの頭上を、質量マシマシのぶっとい物体が、“ブオン……”と空気を震わせながらかすめて行った。これは、ワニの恐竜の尻尾じゃんか。魔王軍しか見てなかったから、後ろから攻撃来てるのに気が付かなかったわ。

「マジか、こんなん当たってたら即死レベルだぞ」

「マスター、大丈夫だすか?(キリッ)」

「お、おぉう……。ありがとう」

 怖えぇ~。冷や汗が吹き出てるわ。ワニの恐竜からしたらウチと魔王軍の区別なんてつかないのは当たり前だよな。キティがいなかったらマジ死んでたよ。

 折り重なって倒れているウチとキティを見下ろすワニの恐竜。グルルルル……と、喉が鳴っているのが聞こえる。


「もしかして、怒ってる?」


 言葉が通じたのかどうかは判らないけど……直後、ワニの恐竜は雄叫びをあげながら襲い掛かってきた! 

「マジか、こんなのライズ化する余裕なんて全くないぞ」

 いきなり現れた猫人ウチが必死の形相で走ってくるのを見て、魔王軍の二人が固まっている。……というか状況が飲み込めなくて困惑しているのか? 

「こらこらこら、ぼ~っとつっ立ってないでアンタらも逃げや~!」

 我に返った魔王軍の二人はきびすを返して逃げ始めた。ウチとキティ、そして魔王軍。奇妙珍妙な面子で、何故か道連れ並走中!


「はっ! ジュラシックとランデブーでジュランデ……」

〔黙っていて下さい、八白亜紀。舌噛みますよ!〕


 思った以上に足が速いワニの恐竜、ジリジリと差が詰まって来ている。『ワニから逃げる時はジグザグに走ると良い』なんて豆知識トリビアがあったけどさ。


 ……十メートル超えのワニの前でジグザグに走っても全く意味がないという事を報告しておきます。


 隣を走る魔王軍の二人の深くかぶっていたフードが風を受けてめくれ、顔があらわになった。ウチも逃げるのに必死とは言っても、“敵としてその場にいるのがどんな相手なのか”を確認したくて横目でチラリと顔を見てみた。うむ、端整な顔立ちの黒ローブさん。


「……あれ?」 

 

 思わず二度見。そしてガッツリ凝視。だって、あまりにも意外な顔がそこにあったから。……何という奇遇、何という邂逅!



「その顔は……。姉ちゃん、姉ちゃんだろ!?」

  





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