第69話・魔王軍:第一陣

 チーム猫耳恐竜の拠点から北上すること3~4時間。ガイアが魔王軍を察知したこの辺りは、木々が生い茂っていて生き物が生活する環境としては申し分なく、そよ風が葉を揺らして穏やかな音を奏でていた。岩の隙間をネズミの先祖みたいな生き物がそそくさと走り回り、原色の大きな昆虫が風を渡っている。赤いのや黄色いの、緑の、それから……。


「あの50センチくらいある“つやつや黒いヤツ”って、ゴキ……」

「マスター、それ以上は言わない方が無難だす!(キリッ)」


 そんな大自然の縮図の様なこの場所に着いたときには、すでにかなり微妙で危うい状況になっていた。まず、黒い塊のひとつは魔王軍で間違いなく、総勢三十名程の小隊規模。魔王軍第一陣と言った感じだ。ただそのほとんどはスケルトンで、死神が使役していたゴーレムみたいに“意思を持たない兵士”だった。

 そして“微妙で危うい”部分は、この魔王軍のすぐ脇にある川の中に恐竜が泳いでいること。多分見つかったら一斉に攻撃されるだろう。困ったことに、ここからは迂回していかないと魔王軍に見つかるのは必至だ。

 

「あの恐竜は多分、ベルノを見つけたときのワニみたいなかもしれないね」

「あ、あのときのワニさんがいるのですか~?」

「似ているけど、あれよりもずっとデカいんじゃないかな。10メートルは超えているように見えるで」


 時々、水面から背中らしきゴツゴツした部分が見え隠れしていた。そこから察するに、ティラノくらいの大型サイズの恐竜なのだろう。どうやら魔王軍のことなんて全く意に介さず、好き勝手に泳いでいるようだ。川の流れが穏やかな分、水面の盛り上がりで大体どのあたりにいるか見当がつく。

 そして、ここで役に立っているのがプチの双眼鏡。これが無ければここまではっきりと確認することは出来なかっただろう。って、これアンジーのでしょ。……返してなかったのか。


「ナイス借りパクやで!」

〔いえいえ、犯罪ですから。サムズアップしないでください〕

「大丈夫。アンジーの物はウチの物、ウチの物は恐竜人ライズちゃんの物やで!」

〔また滅茶苦茶なことを……〕


 そのアンジーが来るのを待って攻撃を仕掛け、どちらかが魔王軍を押さえている間にライズ化するのが良さそうだけど。なんでだ、こういうときに限ってアンジーが遅い。


「あの謎女ってば、なにやってんのよまったく……」


 もしアンジー抜きで戦うとしても、こちらはフィジカル極振りのルカとタルボ。そしてトリッキーなプチとキティ。戦力的には申し分ない。一般的に“打撃に弱い”とされるスケルトン相手に格闘と鈍器のアタッカーチームは最強! 

 とは言え流石に恐竜人ライズ達に戦闘丸投げして川に行く訳にもいかなくて。その場合は“川にいる”は諦めなきゃならないかもしれない。まあ、戦場ここから逃げてくれるならそれはそれで良いと考えねば。


「ま、マスターさん大変です」

「魔王軍が川の恐竜に気が付いた感じだす(キリッ)」

「ったく、骨の分際でなにしてくれんだよ……」

「姐さん、どうします?」

「ルカちゃんはまず敵の正面に出て地面にインパクトをブチかまして! 派手に目立って注意を川から引きはなしてね」


 ――ここは一旦、注目をこちらに引き付けてから次の手を考えるしかない。


「了解っス!」

「キティちゃん、迂回して川の方へ。恐竜さんに危害が及ぶようなら防衛を、そうでなかったら敵にバックアタック」

「わかっただす(キリッ)」

「プチちゃんとタルボちゃんは、タイミング見て指示だすからまだ潜んでいて」


 第一目標・川の恐竜の保護。これはライズ化でも逃がすでもいい。とにかく魔王軍の手から守ること。

 第二目標・魔王軍の無力化。スケルトンは破壊、指揮しているモンスターとは出来るだけ穏便に済ませたい。……部長(ドライアド)みたいに話が通じれば良いのだけれども。


「ルカちゃんタイミング任せるよ」

「……っしゃ! 行くっスよ!」

「思いっきり目立ってきて~!」


 小隊規模を相手に臆することなく、颯爽と敵前に出ていくカルカロドントサウルスのルカ。当然敵もすぐに気が付き、突然目の前に現れた恐竜人ライズに注視していた。


 ルカは、敵の一団に向って斜に構え、上着を脱ぎ始めた。今回の遠征の為にとアンジーが出してくれたジャケットだ。ティラノとおそろいの特攻服は拠点に置き、目一杯暴れられる様にと用意してくれたらしい。



 ……でも、いきなり脱ぎ捨てたけど。



「ジュラの港に舞う竜は 

      連なり合うこと幾千年」

 

 こらこら、目立てとは言ったけど……なぜそこでヤン詩(注)⁉ 腰を落として構え精神を集中、足元から立ち上がるオーラが恐竜の形になり、右拳に雷撃を纏った力が集中していった。


「天道彩るたまとなり 

     華麗に咲かせる……レックス・インパクト!!」


 滅茶苦茶な口上の〆と共に足元に叩きつけられた拳は、ルカを中心に半径数メートルの地面をえぐりながら爆音と爆煙、そして地響きを発生させた。これはティラノのレックス・ブレードに匹敵するパワーだ。


「まあ、目立ったからヨシ!」


 この派手な一発には、川の近くにいたスケルトンまで含めて魔王軍ほぼすべての視線が集まった。……スケルトンに目という概念があるかはわからないけど。

 スケルトン達はルカに向けてわらわらと歩き始めた。その集団の奥に二人、スケルトンと違うモンスターがいた。フード付きの黒いローブを深くかぶり、そのうちの一人は漆黒の大剣を背負っていた。


「一人は近接アタッカーか……」

「この後はどうしたしますの?」

「ルカちゃんがもうちょと引きつけたら、タルボちゃんの出番だよ」



 ――しかし、いつの世も思い通りに“ことが運ぶ”なんて滅多になく。



「マ、マスターさん、あれはどうしましょ?」

「え~、マジか……」


 ルカのレックス・インパクトに刺激されたのだろうか、川の中にいた恐竜が興奮して上陸し、自ら存在を明かしてしまった。そして近くにいたスケルトンを踏みつぶし、尻尾で払い、ぶち壊し始めた。

 それにしてもデカい。10メートル以上もある体躯のワニの恐竜。あれなら人間サイズのスケルトンなんて木っ端と同じだろう。


「でも、力とデカさだけで勝てる相手じゃないんだよな」


 魔王軍にはスケルトンを操っている者、つまりは魔法使いがいるはずなんだ。多分剣を持っていない方の黒ローブがそうだと思う。魔法耐性を持たない恐竜には相性が悪すぎる相手だ。



「保護優先に切り替える。プチちゃん、緊急発進スクランブルだよ!」






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(注)参考文献 特攻服刺繍の きてやこうて屋・ヤン詩サンプル 


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