第7話・根性?
勢いで川に入ったものの思った以上に深く、数歩進んだだけでヒザくらいまでの深さになった。水圧も凄いしおまけに足元がすべる。
「ベルノ、待ってて……」
流されるのを計算して上流から泳いだほうがよいのだろうか?
それともこのまま進んだ方が正解なのか?
こんな状況は初めてでなにもわからないし……誰も頼れないし。
〔八白亜紀、危険です。戻ってください〕
「うるさい、騒ぐだけなら黙っててくれ」
「お~い、手を貸すってば……」
「いらないって言ってんだろ」
女神もティラノもうるさい。しつこい。こんな先の見えない世界で見つけた本当の家族なんだ。黙って見てるなんてできるわけないだろ。
……あの子はウチが守らないといけないんだ。
しかし助けたいという願いとは裏腹に、一歩も動くことのできない状況が続いた。身動きが取れずに立ち往生している間も、『み~み~』と泣いているベルノ。
その時水面に、川の流れとは違うおかしな波が見えた。どうやら水中になにかいるみたいだ。ときおり水面が盛り上がり、ワニの背中のようなものが見える。
これなのか……怯え、震えている理由はこれだったのか。
「こんな時代にも
かなりでかい。体長は五〜六メートルくらいか。とりあえず中州に上がってはいないけど、急がなきゃならない理由が増えた。
〔八白亜紀、川上を見なさい!〕
「マスターさん、戻ってください~」
岸から見ている彼女たちには、ワニの動きが見えていたのだろう。
だけど『なにか手はないか?』と必死になっていたウチには、捕食者の挙動が見えていなかった。
冷静に考えれば当たり前の話だ。
ワニにしてみれば、自分の領域に大きな獲物が入ってきているのに、それをいただかないなんて考えられない。ましてや、それが滅多に無い食事の機会ならなおさらのこと。
わざわざ水の中に入ってきた獲物。
身動きができずに立ち往生している大きな獲物。
……それが今のウチって事だ。
そして自らエサになっていたと気付いたときには、すでにワニの鋭い歯が目の前にあった。
――避けられない!
あまりの恐怖に目をつむり、身体を強張らせた。
「……」
「お~い、大丈夫か~?」
次にウチが目を開けたのは、このひと言が聞こえた時だった。
目に飛び込んできたのは『帝羅乃』という金色の刺繍文字。そして、細身だけど力強い背中。
ティラノが助けに入ってくれたのだと理解するのと同時に、ウチは、大きな安心感を感じていた。
「……どうして?」
「どうしてって言われてもなぁ。理由がなきゃダメなのか?」
ウチは、『話にならん』と彼女との対話を拒否した。
ウチは、『家族に触れるな!』と彼女の助けを否定した。
……なのに、なにひとつ躊躇する事なく飛び込んで来てくれたティラノ。
「そ、その手……」
ティラノの腕をいく筋もの血が流れていた。
ワニの巨大な口を素手で受け止めた為に、その鋭い歯が手のひらに刺さったからだ。
「こんなのいつもの事だぜ。それよりも、
「踏ん張るって、どうやって」
「そりゃオメー……根性?」
直後、ティラノは猛獣のごとき
「って、マジか……」
昔ニュースで見た記憶がある。【六メートルの巨大ワニが発見される。その重量、なんと一トン!!】って話だ。
……そんなものを投げたのか、この少女が。
ティラノは、両足以外にも恐竜の尻尾を使って三点で体を支え、滑りやすい足場をしっかりととらえていた。
だからこそ流れに負けることもなく、超重量のワニを投げ飛ばせたのだと思う。
だけどウチには身体を支える強靭な尻尾はない。フワフワ愛らしい猫の尻尾だ。バランスを取ることはできても、滑る足場で身体を固定する能力はまったくない。
だからこれは当然の結果なのだろう。
ティラノがワニを投げるときのパワーに
……そしてそのまま、声を発する間もなく濁流に飲まれてしまった。
――――――――――――――――――――――――――――
(注)ワニの様な生物/ワニもどき。
ワニの形状をした恐竜。ここで出て来たのはまだ子供。成長するとティラノサウルスなどと同じくらいの大きさ(長さ)になる。
ちなみに一トンという重さは、軽自動車一台分(平均)です。
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