第6話・シャーって!
「その……ライズちゃんってば、ウチを食べたり……しないよね?」
ものすごい不安を感じて女神さんに聞いてみたんだ。落ちて来たプテラノドンを食べようとしたのを止めたら、それ以降ティラノに睨まれている様な気がしない事もなくて。
ライズ化したら“美少女になりました”はいいんだけど。凄くイイ娘なのは判るけど。でもそれはそれ、これはこれ……所詮は恐竜なんだ。知性あるって言ってもさ、急に素に戻って食われたら一巻の終わりじゃないか。
〔ライズ化は、“貴方を
「なるほど、最低限の強制力はあるのか。とりあえず『今、私は恐竜の胃袋にいます!』なんてレポートする事はなさそうだ……」
ティラノとはきちんと話さないと駄目なんだろうけど……はたして、ウチに肉食恐竜の本能を止めさせる事なんて出来るのだろうか? まあ、今の女神の話だと、指輪の力で強引に押さえつける事は出来そうだけど。
でもそれって、ウチがやらなきゃない事なのか?
なんて事を考えていると、す~~っと吹き抜ける風に乗せて、子猫の様な鳴き声が聞こえてきた。多分この猫耳のせいで遠くの音が聞こえるようになったのだと思う。
何となく言っている事が判るような……気がしない事もない。多分これは助けを求めているんじゃないか? 何か怖がっている感じがする。直感的なものでしかないけど妙に気になってしまって、ウチは、とりあえず声の方へ走り出していた。
♢
「マ、マスターさん、見てきました~!」
少し走ると、先に見に行ってもらっていたプチが戻ってきた。流石翼竜の機動力、有用な場面は多そうだ。
「えっとですね……河の中州に小さいのがいました」
「小さいのって何?」
「さあ……なんでしょう?」
「え~……」
この娘は視力弱いのか? 機動力あっても意味ないよな……。
半分呆れながらそこから二~三分走ると、段々と川が見えて来た。川幅は十数メートルくらいか。それほど広くはないが、水が濁っているし、流れが早く深さも判らない。入っていくのはかなり危険だと思う。
――だけど、それでも川に入る決意を促す事態がそこにあったんだ。
目を凝らして見てみると、対岸に近い中州に“ほぼ真っ白の子猫”が一匹取り残されていた。
「え、あの猫って。まさか……」
信じられない話だけど、あり得ない話ではない。大体ウチだってこんなところに転生させられているんだから。
「おい、女神! あれはどういう事だよ?」
〔わかりません。あの子猫の担当は私ではないので……〕
なんだよそれ。わかりませんじゃないだろ、お前の仲間がやった事なのに。
「何で
正確には“飼い猫だった子”だ。ウチが幼稚園の頃に事故死した子猫。天国で安らかに眠っているかと思ったら、こんな過酷な時代に放りだされていたなんて。
その時ウチは、わけもわからず物凄い怒りを感じたんだ。
「助けなきゃ。とにかく、一秒でも早く」
〔見間違いとか勘違いって事は?〕
「尻尾の先が茶色くなってんだろ?」
〔そのように見えなくもありませんが……〕
「あれは誰かにイタズラされて尻尾を燃やされた跡なんだ」
あの子、ベルノを見つけた時には、すでに尻尾の先に
幸運な事に患部が
「見間違う訳がない。……こんな事、どこの馬鹿神がやったんだよ!」
“見境がない”と言われるだろうけど、ウチは居ても立ってもいられずに川に足を踏み入れた。
〔八白亜紀、ちょっとお待ちなさい〕
「なんだよ」
〔こういう時は飛べる
……ああ、すっかり忘れてた。そんな事も考えられなくなっているなんて。
「プチちゃん、あの子捕まえてこれる?」
「や、やってみますね」
「頼む、急いで……」
怯えている、震えている。それがわかるだけに、ウチの心は焦るばかりだった。
中州に降り立つ、怪鳥プテラノドンの
「お願い、そのまま捕まえてきて……」
しかし、近づくにつれて子猫に警戒され、威嚇されていた。手を伸ばした瞬間、猫パンチを喰らって、そそくさと退散するプチ。
「うう……無理でした~。シャーって! シャーって!」
「猫パンチくらいで泣くなって!」
……どうしようもねぇな。女神と言い恐竜と言い役に立たないじゃん。こいつら何のためにいるんだよ。まあ、どうせ、本気で助けようなんて気がないんだろうな。
そんな時、ずっと黙っていたティラノが口を開いた。
「なっさけねぇなあ。ここは俺様が……」
でも、ティラノから差し伸べられたその手を、ウチは否定してしまったんだ。落ち着かせようとしたのだと思うけど、その軽い口調が今のウチにはイラッと来てしまって……。
「――手を出すな! どうせまた『食っていいか』とか言い出すんだろ? あの子はウチの大事な家族なんだ。手を触れるんじゃねぇ」
その時は咄嗟だったとは言っても、相当酷い事を言ってしまったと思う。悲し気な、曇った表情を見せるティラノをみたら……流石に心が痛んだ。
でも、仕方がないんだ。生き物をエサとしてしか見ない肉食恐竜に、ウチの家族をまかせる気にはなれなかったのだから。
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