第6話・シャーって!

「その……恐竜人ライズちゃんってば、ウチを食べたり……しないよね?」


 ものすごい不安を感じて女神に聞いてみた。落ちて来たプテラノドンを食べようとしたのを止めたら、それ以降ティラノに睨まれている様な気がして。

 ライズ化したら“美少女になりました”はいいんだけど。凄くイイなのはわかるけど。でもそれはそれ、これはこれ……所詮は恐竜なんだ。知性あるって言っても、急に素に戻って食われたら一巻の終わりじゃないか。


〔ライズ化は、“貴方をあるじとする強力な制約”なのです。それを強固にしているのが約束珠の指輪です〕

「なるほど、最低限の強制力はあるのか。とりあえず『今、私は恐竜の胃袋にいます!』なんてレポートすることはなさそうだ……」


 ティラノとはきちんと話さないと駄目なんだろうけど……はたして、ウチに肉食恐竜の本能を止めさせるなんて出来るのだろうか? 今の女神さんの話だと、指輪の力で強引に押さえつけることは可能だろうけど。


 ……でもそれって、ウチがやらなきゃないことなのか? なんの思い入れも義務もないのに。


 なんてことを考えていると、す~~っと吹き抜ける風に乗せて、子猫の様な鳴き声が聞こえてきた。この猫耳のせいで遠くの音が聞こえるようになったのかもしれない。

 なんとなく言っていることがわかるような……気がしないこともない。多分これは助けを求めているんじゃないか? 声に恐怖が混ざっている感じがする。直感的なものでしかないけど妙に気になってしまって、ウチは、とりあえず声の方へ走り出していた。





「マ、マスターさん、見てきました~!」


 少し走ると、先に見に行ってもらっていたプチが戻ってきた。流石翼竜の機動力、有用な場面は多そうだ。


「えっとですね……河の中州に小さいのがいました」

「小さいのって何?」

「さあ……なんでしょう?」

「え~……」


 このは視力弱いのか。機動力があっても意味ないよな。半分呆れながらそこから2~3分ほど走ると、段々と川が見えて来た。川幅は15メートルくらいか。それほど広くはないが、水が濁っているし、流れが早く深さも判らない。入っていくのはかなり危険だと思う。


 ――だけど、それでも川に入る決意を促す緊急事態がそこにあったんだ。


 目を凝らして見てみると、対岸に近い中州に“ほぼ真っ白の子猫”が一匹取り残されていた。なんでこんな時代ところに子猫が? いや、それどころかあの猫ってまさか。



 ……信じられない話だけど、あり得ない話ではない。大体ウチだってこんなところに転生させられているんだから。



「おい、女神! あれはどういうことだよ?」

〔わかりません。あの子猫の担当は私ではないので……〕

「なんだよそれ。わかりませんじゃないだろ、お前の仲間がやったんだろ? なんで!」


 正確には“飼い猫だった子”だ。ウチが幼稚園の頃に事故死した子猫。天国で安らかに眠っているかと思ったら、こんな過酷な場所に放りだされていたなんて。『痛いですよ? 轢かれると。グチャっと』ほんのちょっと前に言われた女神さんのひと言が数多の中で繰り返し再生される。


「ああ、もう!!」


 ……その時ウチは、わけもわからず物凄い怒りを感じたんだ。


「助けなきゃ。とにかく、一秒でも早く」

〔見間違いとか勘違いって可能性は?〕

「尻尾の先が茶色くなってんだろ?」

〔そのように見えなくもありませんが……〕

「あれは誰かにイタズラされて尻尾を燃やされた跡なんだ」


 あの子、ベルノを見つけたときには、すでに尻尾の先に火傷やけどの跡があった。ウチは泣きながら親に頼んで、急いで病院に連れて行ってもらった。幸運な事に患部が壊死えししているとかもなく、特に命に別状はなかったんだけど……その後、毛が生え変わっても色は焦げ茶のまま変わることがなく、そのままトレードマークになったんだ。


「見間違う訳がない。……こんなこと、どこのバカ神がやったんだよ!」


 “見境がない”と言われるだろうけど、気が付けばウチは川に足を踏み入れていた。


〔八白亜紀、ちょっとお待ちなさい〕

「なんだよ」

〔こういうときは飛べるむすめの出番では?〕


 ……ああ、すっかり忘れてた。そんなことも考えられなくなっているなんて。


「プチちゃん、あの子捕まえてこれる?」

「や、やってみますね」

「頼む、急いで……」


 ――怯えている、震えている。それがわかるだけに、ウチの心は焦るばかりだった。


 中州に降り立つ、怪鳥プテラノドンの恐竜人ライズ。翼をたたみ、ゆっくりと近づいていく。


「お願い、そのまま捕まえてきて……」


 しかし、近づくにつれて子猫に警戒され、威嚇されていた。手を伸ばした瞬間、猫パンチを喰らって、そそくさと退散するプチ。


「うう……無理でした~。シャーって! シャーって!」

「猫パンチくらいで泣くなって!」


 ……どうしようもねぇな。女神と言い恐竜と言い役に立たないじゃん。こいつらなんのためにいるんだよ。まあ、どうせ、本気で助けようなんて気がないんだろうな。

 そんな時、ずっと黙っていたティラノが口を開いた。


「なっさけねぇなあ。ここは俺様が……」


 でも、ティラノから差し伸べられたその手を、ウチは否定してしまったんだ。落ち着かせようとしたのだと思うけど、その軽い口調が今のウチにはイラッと来てしまって……。


「――手を出すな! どうせまた『食っていいか』とか言い出すんだろ? あの子はウチの大事な家族なんだ。手を触れるんじゃねぇ」


 その時は咄嗟だったとは言っても、相当酷いことを言ってしまったと思う。悲し気な、曇った表情を見せるティラノをみたら……流石に心が痛んだ。


 でも、仕方がないんだ。生き物をエサとしてしか見ない肉食恐竜に、ウチの家族をまかせる気にはなれなかったのだから。






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