第61話・Past Story 初代③

 ――ドクンッ


 鼓動の音が体中に響く。声が出ない。呼吸すらも忘れていただろう。ダメだ。こんなのダメだ。一体なにが? 何故自分ばかり? そんな意味のない問いが頭の中に溢れ、呆然としてしまった。 


 だがその時、僅かに母さんの指が動くのが見えた。


 ――まだ生きている⁉

 


 急いで台所の包丁を掴み、ぶら下がっているロープを切った。数十センチの高さとは言え『ドスンッ』という大きな音を立てて、力なく母さんが落ちる。

 一人で支えながら切るのは無理があるし、時間もかかってしまう。だから“直接ロープを切った”。もし落ちた時に骨折するとしても、今は命を救う事が最優先だと判断したんだ。 


 結果的に、この一瞬の判断は正解だったと後で医師に言われたが、それがどうしたの?って程度にしか思わなかった。これは不幸中の幸いと言えるのだろうか? 救急搬送され一命をとりとめた母さんは目の前で静かな寝息を立てていた。


 それは、いつ醒めるかわからない……もしかしたら一生このままかもしれない眠りだった。



 オレは高校を辞め、就職口を探し始めた。しかし高校を中退した不良娘を雇う会社などなく、面接中なのに風俗を勧めてくる面接官や、オレを金で買おうとするヤツまでいた。


「どこまで腐ってやがるんだ、この世の中は」


 理由は色々あるし『仕方がない』と自分に言い聞かせもした。だけどオレは母さんとの“たった一つの小さな約束”さえ守れなかったんだ。そんな負い目が日に日に大きくなっていった。


 しばらくして、母さんの為に生活保護の申請をした。だけど遊んで暮らす為に申請したとでも思われたのだろう。担当職員から散々嫌味を言われた。何故初対面の相手にここまで悪態をつけるのだろうか? その場で涙がボロボロ落ちた。それでも耐えるしかなかった。 


 葛城は母さんの職場に乗り込んで人間関係をぐちゃぐちゃにし、クビにまで追い込んだ。それが自殺原因の全てとは思わないが引き金になったのは間違いがない。  


 家庭を壊し、母さんを自殺に追い込んだ葛城

 パパ活と決めつけ吹聴して回ったあいつ等

 なにひとつオレの話を聞かない杓子定規な教員達センコー


 ……こいつ等は一人も許さない。


 だけど今トラブルを起こせば生活保護は打ち切られてしまう。そうなると母さんの医療費の免除も無くなる。だから今はまだ動く訳にはいかない……耐えるしかないんだ。


 ――それでもオレは、復讐の機会をずっと待ってる。そんな、悶々とした日が続いていた。


 今日も病院へお見舞いに行き、希望を打ち砕かれて病室を出た。そのとき突然、頭の中に声が響いてきた。『太古の地球に転移して異世界からくる者と闘え』と。

 あまりにバカバカしい話だと思ったが、少なくとも頭の中に直接声が聞こえて来たのは現実なのは理解できた。そしてその声が提示した三つの報酬。依頼を受諾したときの事前報酬と、達成時の報酬が二つだ。 

 信じた訳ではないが……多分これは“わらにもすがる”というヤツだろう、『母さんを元に戻せるか?』と聞いてみた。


 問いに対してその声から『Yes』と返ってきた。それだけでこの話に乗る価値があると思った。


 『達成したらこの世界に戻されるのか?』に対してはハッキリと『No』と言われた。しかし、太古の時代に人を移動出来るのなら“時間移動そのもの”は可能だと推測し、もう一つ質問をしてみた。

 

 『達成報酬でこの時代に戻せるか?』

 ……この問いには『Yes』と返事があった。


 そして事前報酬は達成時にまとめて受け取るという条件で依頼を受諾した。

今母さんを戻しても、しばらくオレは違う時代にいる。それで余計な心配をかける位なら、オレが戻ったと同時に意識を取り戻してほしい。

 三つ目の願いってのは、これも戻ってからの話だ。あいつらへの復讐に使わせてもらう。


 これが最初で最後の機会かもしれない、白亜紀だろうが何だろうが行ってやる。仲間を作れと言われたがそんなものは不要だ。裏切られるくらいなら使い捨ててやる。オレに敵意を向けてくる奴は問答無用で潰す。


 ……そして生きて帰ってくるんだ。


 そのときには、ここに『普通の幸せ』があるのだろうから。






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