第18話・マ……マブ

「ちょっ、脱ぐってなんで?」

「なんでって……いやそもそもなんで衣服こんなもの着ているかわからないっスよ」

「まあ、確かに元々は裸には違いないけど。って、いやいや、裸族だとしてもここで脱ぐとかそんなんじゃなく……てえぇえぇぇ!」


 いきなり脱ぎ始めたよこの。……ヤバイって。隠せ、こらこら、ちゃんと隠しなさいって。前言撤回、眩しすぎるのは性格じゃなくて裸でした!


「とりあえず、胸にサラシくらい巻いてくれ!」

「え~、マジっスか~。なんか布ってごわごわしてて動き辛いんスよ。それになんか胸苦しいし……」

「我慢して、頼むからそこは我慢して! つか、サラシで胸が苦しいとかウチも言ってみたいわ。マジで、切実に‼」


 ……いや、ホント焦った。とりあえず上着は脱いで胸にはサラシ。そして白いボンタンに素足。下まで脱ぎはじめなくて良かった。


「お姐さん驚いちゃったよ、もう」

「でも、特攻服これは超大事っス」


 ティラノとおそろいの特攻服。それだけはキッチリとたたみ、汚れない様に脇に抱えていた。

 それにしても、ルカって何気に筋肉質なんだよね。腹筋が薄っすらと割れているし、ヘソも可愛いし。


「ヘソ……」

「なぜオラのヘソ見てるだすか!!(キリッ)」


 ……イカンイカン。キティもスポーツブラに法被はっぴだから、大差ないと言えばないんだよな。二人とも美形でへそ出しがデフォルトとか、ウチが男だったら絶対に放っておかないぞ。


 と、まあ、それはさておき。


「女神さん。これで五人やで!」

〔はいはい、すでにグレードアップさせておいたんだからね!〕


 語尾がたまにツンデレ調になるのって、治せないのかな? なんか調子狂うんだよな。


「ところで、どうやって取り出せばいいの?」


 肩からカバンを下ろしながら使用方法を聞いてみた。見た目は今までと変わらず、シンプルな形状のままだ。


〔そうですね……欲しい食材を想像しながら取り出せば、極力希望に沿った物が出てくるでしょう〕

「またアバウトな言い方だな~、ったく。……みんな、何か食べたいものある?」


 ――シーンと静まり返る恐竜人ライズの面々。


 あれ、みんな腹一杯なのか? と思ったけど、よくよく考えてみれば、今まで生肉しか食べた事のない白亜紀の生き物に『何か食べたいもの』なんて聞いても答えが返ってくるはずないじゃないか。これは失言、ちょっとばかし申し訳ない気分になってしまった。


「あ、え~と……」

「ネネ~、ジュース飲みたい」


 この何とも言えない空気感をどうすれば良いかわからず焦っていたら、ベルノの助け舟が着岸した。イージス艦くらい心強い助け船、そして可愛くてナイスだ!


「お、いいね。皆で飲もうか!」


 果汁系のジュースならみんな大丈夫だろう。と、カバンに手を突っ込み、頭の中でジュースを想像しながら……しながら……しながら……


「おい、女神……」

〔なんでしょう?〕

「出てこねえぞ」


 いくらカバンの中をまさぐっても、なにも手に触れるものがなかった。


〔八白亜紀、あなたが希望したのは“食材”です。完成した料理はでませんよ?〕

「マジか、そのくらい融通利かせてもいいんじゃございませんこと?」

〔その代わり食器や調理器具は出せます〕


 相変わらず、サービスいいのか悪いのかわからん女神さんだな。それにこの言い方って『フライパンは出るけど火は自分で起こしてください』って言うよな、絶対に。

 ウチは再度カバンに手を突っ込み、想像をフル回転。しばらくまさぐっていると、ひんやりとした丸い物が手の中に入ってきた。


「……よしっ」


 ——これだ!


「シャクシャクと爽やかな山梨の桃!」


 頭上に掲げたそれは、太陽に照らされて水滴がキラキラと光っていた。ウチはほいっと、ティラノに投げて渡す。『お?』と反応してしっかりキャッチするティラノ。


「そして、トロっと芳醇な福島の桃!」


 こちらもほいっと手渡す。


「さあ、しぼって~」


 ティラノの手の下にコップを差し出し『ここに入れて!』と目で訴えた。


「お、おう……」


 いきなりカバンの中から、見た事のない薄桃色の物が出てきて焦っているのだろう。両手にある甘い良い香りをす~っと吸い込むと、ティラノ訳も分からずと言った感じで両手の桃を握り潰した。

 手の中からあふれ流れる、白濁した100%絞りたてジュース。


「ベルノ、絞りたてジュースだぞー。ティラちゃんがつくってくれたんだぞー」


 手渡したコップを両手に持ちジュースをまじまじと見ると、ベルノはティラノを見つめた。


「飲んでいいのニャ?」


 と首をかしげながら聞いた。


「ああ、ど、どうぞ。お飲みくだ、ませませ?」

「ありがとですニャ!」

「どう、いたまして……」

「あれ? ティラちゃん照れてる?」

「う、うるせーヨ」


 顔を赤らめて明らかに照れているティラノ。相手がベルノだらからというのもあるかもしれないけど、こういう異種族の交流とか初めてなのが大きな理由なのだろう。

  

 小さい体と短い手足で喜びをアピールしている子猫のベルノ。屈託のない笑顔は至宝と言っても過言じゃない! 

 スカートをフリフリさせながら桃ジュースを一心不乱に飲んでいる。ああ、もう……この娘の為なら死ねるかもしれない。


「ほらほら、こぼしてるぞ~」

「な、なんかマスターさんって」

「ベルノのママみたいだすな(キリッ)」

「――いいえ、ネネです!」


 ここはキッパリと言っておかないと、そのうち本当にママ扱いになってしまいそうだよ。



「おーい、亜紀っち~」


 全員分のジュースを絞って、ベタベタした手を川で洗い流したティラノ。……って、名前呼びになっとる。まあ、悪くないよな……“初めて”のマ、マ、マブだから。口に出すと恥ずかしいから絶対に言えないのだけれど。これはボッチが軽く死ねる言葉だ。


「はいはい、何かあった?」

「こいつ完全に酔いつぶれてるぜ!」


 そこには、リザードマンが真っ赤な顔で目を回してひっくり返っていた。


〔完全に酔い潰れていますね〕

「マジか。ラーメンで酔ったのかよ……」

「叩き起こしましょうか? 姐さん」

「いや、寝かせておいてあげて~」


 彼等の処遇を聞いていたら、なんだか他人事に思えなくなってしまった。そもそもウチが引き籠ったのは、ブラック企業で追い詰められたのが原因だったしな。


「と、ところでマスターさん。あの角の生えた人はどうするのですか?」

「あ、そうか。何か忘れていると思ったら……」


 踏みつぶされたミノタウロスだ。恐竜の大きさがアドバンテージになったレアケースの彼だ。

 

「あ~、アイツ大丈夫か?」

「ティラちゃん……君も忘れてたのか」






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