world:01 猫耳転生とJ世代

第1話・チョコとラーメンとボッチ

 カーテンの隙間から光が差し込み、『チュンチュン』と小鳥のさえずりが聞こえて来る。ウチはボ~っとしたまま“伸び”をして、まだ醒めない頭で薄暗い天井を見ていた。

「……退屈ひま

 目覚めの一言がこれって、自分でもかなり病んでいるのだと思う。


 オタ活ヒッキーになって約三年。ウチは、変わり映えのしない毎日に退屈していたんだ。

 今朝もまた、カーテンも開けずにパソコンを起動させる。面白くもない起動音を聞きながらチョコをひと粒口に放り込み、いつものネット掲示板でも覗こうとマウスに手を伸ばした。


 その時、突然画面が真っ暗に。


 ……いや、これは部屋全体が真っ暗になってる!?


 暗闇にフワフワと浮いている感覚だけがある。そこにはパソコンも机も、なんなら床すらもなかった。上も下も判らず重力も感じず、まったく方向感覚がつかめない。

「え、待って、なにこれ!?」

 夢……な訳ないよな。

「お~い……誰かいませんか~?」

 ウチの問いに答えるのはシーンとした静寂だけだった。

 なんか、段々怖くなってきたぞ。真っ暗で何も見えないし、身体は浮いているしで。いや、もしかしたらこれ……落ちてるとか? 

「ちょっ、マジで怖いんだけど。何がどうなってんのよ」

 何か潜んでいるかもしれないとか思ったら更に恐怖が増してきた。変な汗が噴き出て、首や背中を伝って流れていくのを感じる。


〔——聞きなさい、八白亜紀〕


 そんな時、どこからともなくハスキーがかった女の声が語りかけて来た。正面の様でもあるし、遥か遠くから語りかけているようにも感じる。

「……誰? どこ? ……怖いって。なんなんここは?」


八白やしろ亜紀あき、山梨県在住。ボッチ。一応女性。独身。アラサー。恋人なし。趣味・アニメと漫画とボッチ。好きなもの・チョコとラーメンとボッチ〕


 ――おいこら、それ個人情報じゃないか。

 滅茶苦茶な事言ってるなこの人。……いや、人かどうかわからんけど。なんかもう、『怖い』とか『ここどこ?』とかの感情も疑問もどこかに吹き飛んだわ。


 ふぅ……


「ったく、何で知ってんのよ!? だいたい一応女性ってなに、一応って。つか、ボッチ強調しすぎや。大事な事でもないのに三回言いやがって。趣味でも好きでもねーよ」 

〔今あなたを殺し……もとい。あなたは死にました〕

「こらこらこらこらこら。今、殺しましたって言おうとしたよな? 殺人犯かお前は。犯罪者かっての。つか、ウチはこうやって生きてしゃべっとるわ、アホじゃん」

〔あなたはこれから転生し、第二の人生を歩むことになります〕

「はいはい、好き勝手言っててくれ……って、あれ? 今転生って言った?」 


 ……もしかしてこれ、異世界転生のチュートリアル的なやつなのかな? だとしたら声の主は神様って事になるけど。 


〔今、魔王の手により人類が存亡の危機に晒されています。あなたはこれより転生し、魔王軍と戦ってもらいます〕

「やっぱり聞き違いじゃなかった。本当にあったのか異世界転生! ……まさしく人生勝ち組じゃないか」 

 いきなりテンション爆上がり。ゲージ振り切ったぞ。……こんな事が本当にあるなんて、もう嬉しすぎる。ウチの人生はここから始まるんだ!


「さらば退屈な日々。待ってろ異世界! 超絶大勇者の爆誕やで!!」


〔どうどう、落ち着いてください。まずは最初に、受諾報酬としてマジックアイテムをひとつ与えましょう〕

 おお、これは初回限定のSR確定ガチャ的なやつか? なにはともあれ『最強の武器!』と言いたいところだけど……最初にもらった武器って大抵途中から不要になるんだよな。きっと途中からアイテム欄圧迫して捨てる事になるんだ。

 って事でまずは食料優先。『どんな時でも食える奴が生き残る』って、元自衛官ユーチューバーが言っていた気がするし!

「チョコとラーメンを無限に取り出せる鞄をくれ。ラーメンは飽きの来ないアッサリ系がええな。塩……あ、鶏塩で頼むわ。最近胃もたれが気になるのよ」

〔胃もたれ気にするならラーメン食べないでください〕

 あ、ツッコミ入れやがった。……さっきからスルーばかりだったくせに。

〔コホンッ。それはさておき、意外と謙虚なのですね、見直しました。大抵の人はにしてくれと言うのに〕

 言われてみればその通り。ウチは謙虚じゃないのでそっちにします! 

「あの、やっぱりなんでも取り……」

〔注文確定しました!〕

 ……そうっすか。仕事早え~。もうちょっと余裕持とうよ、人生無駄な時間は必要なんやで?


〔では次に、付与される固有スキルです〕

「おお、きた! 流石にドキドキするな~。チートなの頼むよ、女神様!」

〔あなたには【ライズ❲注❳】のスキルが付与されます」

「ライズ……化?」

 なんだって? やばい、意味わからん。スキルってなんかこう『無限の超級魔力』とか『一振りで街が吹き飛ぶ』とか『どんな攻撃も一切通じない』とかそういうのじゃないのか?


〔これは、です〕


「はい? ……なんですと?」

 今この女神なんて言った?

〔恐竜とお友達になれるのです。ちなみに超チートですよ。ヨカッタデスネ~!〕

「いや、そうじゃなくて、きょうりゅ…………きょ……えっ? ……はい?」

〔また、魔王軍は人間を警戒しています。あなた自身も人間から他の種族に転生してもらいます〕

「ちょっとまて、その流れだとウチも恐竜になるって事か? 美形エルフとは言わんからせめて人型にして! つか恐竜はないだろ、恐竜は。どこの世界線だよ。異世界転生が恐竜勇者って!? 聞いたことないっての」

〔では、恐竜達を指揮し、地球を魔王軍の手から守って下さい!〕

「って、お~い。説明それだけ? ……マジで?」


 何もなかった真っ暗闇に、前の方から一筋の光が差し込んで来た。その光は段々大きくなり、あまりの眩しさに目をつむるしかなかった……。


 う~ん……ウチ、恐竜になってしまうのですか?






――――――――――――――――――――――――――――

(注)【Live-th:ライズ】について。

元は“共に”を意味する〔Live with:ライブ ウイズ〕から。

※Liveth(生きる)という単語そのものもありますが、本作では「寄り添う者」という意味で“造語”として使っています。


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