彼は百発百中の恋探偵

金石みずき

彼は百発百中の恋探偵

 私の学校には『恋探偵』がいる。

 彼には他人の恋愛事情なんてお見通し。

 依頼をすれば一日もかからずに見抜いてしまうのだ。


 他人の密やかな恋路を見破るなんて、普通なら嫌われてしまいかねないことだ。

 でも、そんなことにはなっていない。


 なぜかって?

 その答えは簡単だ。

 だって彼は――。


「――わかった。好きなやつは三組の谷口だろ。というか、ひょっとしてもう付き合ってんな?」

「ぎゃーーっ‼︎ バレたぁぁああ‼︎」


 依頼人の女の子は、悲鳴をあげながらも楽しげに笑っている。


 そう、なぜなら彼は『依頼人の好きな人』しか明らかにしない。


 『○○の好きな人を教えてほしい』なんて頼んでも、決して教えてくれないのだ。


 だから恋探偵の依頼人は、好きな人を大っぴらにしたい人だけ。

 例えば、『意中のあの人にアピールしたいけれど自分から伝える勇気が出ない人』や『交際報告をしたいけれど機会を逃して言えなくなってしまった人』なんかが、彼のところにやってくる。

 ただそれだけの、お遊びみたいなものだ。


 そんな恋探偵くんに、私はいつものように声をかける。

 

「よっ。今日も見事だったね。さすがは恋探偵」

「……大したこたねえよ。あいつらも内心バラされたがって来てるんだ。そんなやつの好きな人くらい、よく見てみればわかる」


 面倒くさそうにこちら見た彼の視線にかまわず、私は続ける。


「そうは言っても百発百中じゃん。普通、そんなにわかんないよ。一体、どうやってるの? あ、もしかして情報屋から『好きな人リスト』みたいなの買ってたり?」

「どこにいるんだよ、そんなやつ! ……いろいろだよ。例えば視線。それと表情。声の抑揚や高さ。話しかけられてから反応するまでの時間。会話のスピードなんかも結構参考になる」

「……へぇ〜。すごいね。もう本当に探偵じゃん。事件だって解決出来そう。――犯人は……お前だ!」

「そんな上手いこといかねえよ。それに興味もないし」


 ふざけてビシィッと人差し指を立てて彼の方に向けてみたけれど、ちっとも合わせてくれない。

 本当、いつもノリの悪いやつだ。


 むっとした私は挑発するような口調を選んで、彼に皮肉を言ってみた。


「ほうほう。興味があるのは他人の恋路だけってことですか。それは大変素敵なご趣味をお持ちなようで」

「……おい、喧嘩売ってんのかコラ」


 やっと望んでいた反応が返ってきた。

 嬉しくて、くすりと笑ってしまった。


「……じゃあついでにさ――私の好きな人も当ててみてよ」

「お前の……好きな人?」

「うん、そう」


 依頼されればいつもならすぐに「わかった」と頷く彼だが、今日はどういうわけかなかなか返事をせず、何かを考えるように顎に手を当てながらうつむいてしまった。


「どうしたの?」

「いや、なんつーか……おまえがそういうことに興味あるって思わなかったから」

「いやいや。普通、年頃の女の子だったら、恋愛に興味くらいあって当然でしょ」

「それはそうなんだが……」


 彼は言葉を選ぶように言った。


「さっき視線や声や、そういう見破り方の話をしただろ?」

「うん、言ってたね」

「俺、その手の行動をお前が他人に向けてるの、見たことない気がするんだよ。これだけ一緒にいて、そんなことありえるのかなって」

「あれ? 依頼を受ける前から弱気? そんなことじゃ、さすがの恋探偵くんも初めての黒星をつけちゃうかもね」


 そう言って、私はまたくすりと笑った。


「……わかったよ。考えてみる。――五分待ってろ」

「え、たった五分でいいの?」


 さすがにそうくるとはおもわなかった。

 期限を決めるつもりはなかったけれど。


「お前に関してだけはな。そんだけ考えてわからないなら、何日かけても絶対にわからないと思うし」

「……そう。じゃあ頑張ってみてね」


 彼は先ほどの顎に手を当てる姿勢になって黙り込んだ。

 じっくり考えるときの癖なのかもしれない。

 いつもは授業中にでも考えているのか、休み時間は依頼人とその周辺ばかり見ていたから、知らなかった。


「――ダメだ! 全っ然、わかんねえ」


 もうすぐで五分というところで、彼が机に身を投げ出しながら言った。


「あらら。じゃあ、降参?」

「……なあ。本当に好きなやつなんているのか? まさか『好きな人はなんていません』が答えなんじゃないだろうな?」


 顔だけ起こした彼はいぶかしんでいる様子だったけれど、私はゆっくりと、だがしっかり首を横に振った。


「ちゃんといるよ、好きな人」

「……そうか。――あー……くそっ! なんにもわかんねえ! こんなこと初めてだ」


 彼は悔しそうに顔をしかめ、頭の後ろをガリガリかいた。


「ふうん? 恋探偵なんてたいそうな名前がついてても、案外たいしたことないね」

「お前、今日めっちゃ煽るな。――けど、そうみたいだな。また修行しなおすさ」


 彼は肩をすくめて、顔から力を抜いた。

 そんな彼に、私はひらひらと手を振りながら言った。


「ま、いい暇つぶしにはなったよ。じゃあ私、今日は残って勉強してくから。テストも近いし」


 そう言って「ばいばーい」と、その場を立ち去ろうとした私の背中に「――ちょっと待って」と声がかけられた。


「……その前に、一つだけいいか?」

「うん、どうぞ」


 そう言って、彼は私の目を真っ直ぐに見据えた。

 意外にも真剣な目をしていて、思わずたじろいでしまう。

 そして彼はゆっくりと深呼吸してから……口を開いた。


「――好きだ。付き合ってくれ」

「………………え?」


 驚いた。

 驚いてしまって、とっさに返す言葉が出てこなかった。


「お前の好きな人はどれだけ考えてもわからなかったけど、考えてるうちに俺がお前のことを好きだったってことがわかった」

「なにそれ」


 告白されている場面なんだからもっと緊張してもいいはずなのに、あまりにもおかしなことをいうもんだから、思わず笑ってしまった。


 でも彼はそんな私とは対照的に、顔を強張らせて黙っている。


 恋探偵なんてやってるんだからもっと察しのいい人だと思っていたけれど――。


「で、返事は……?」


 何も言わない私に、彼は不安そうにこちらの顔をうかがいながら訊いてきた。

 そんな彼に私は、もったいぶるような口調で、でもはっきりと聞こえるように言った。


「――よかったね。恋探偵さん。五分でちゃんと解決したね」

「え? いや、だからそれはわかんなかったって」

「もう。だからさ……ここまで言って、本当にまだわかんないの?」


 彼は少し考え――。

 そして「あ」と目を丸くし、口をぽかんと開けた。


「もしかして……そういうこと?」

「うん、そういうこと。……ばか。――さっさと気づけ!」


 もう限界だ。

 顔に熱が昇っていくのがわかる。

 多分、今の私の顔は熟れたリンゴのように真っ赤に染まっているだろう。

 

「――あーっ! もう。マジかよ。…………やばい。めっっっちゃ嬉しい」


 そう言って顔を手で隠しながらしゃがみ込んでしまった彼に、私は手を差し出す。


「ほら、一緒に帰ろ。テスト勉強なんて嘘だから。さっきは当てられなくてほっとしたのを、悟られたくなかっただけ」


 すぐに立ち上がってくれると思ったけれど、彼はその場からうごかない。

 不思議に思った私が彼に「どうしたの?」と訊くと――


「……ちょっと今、手どけられない。顔、見ないで」


 あんまりにも情けないことを言うもんだから、思わず吹き出してしまった。


「……笑うなよ」

「だ、だってさぁ……! ふふふ。あー、おっかし。ほら、女々しいこと言ってないでさ、さっさといくよ」


 彼は不服そうながら、しぶしぶ私の手を取った。


 顔、こっちに向けようとしないけど、見えてる耳が真っ赤だよ。


 そのことに私はまたまたくすりと笑ってから、彼の手を引いて教室の出口へと歩き出した。


 ――自分から言う勇気がなくて。


 ――だれにも言えずにしまいっぱなしだった私の恋は。


 ――意外と鈍感だった恋探偵の勇気ある告白によって、見事に白日の下にさらされてしまったのだった。

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