第3話 初めての契約、その後で――
「ん……?」
暗闇の中で目が覚める。
今は何時だろうか。考えるより先に、枕もとの燭台に手を伸ばす。
手探りで蝋燭に火を灯した次の瞬間、
「っ!?」
布団に包まっている裸の美少女と目が合って、心臓が止まりそうになった。
そうだった。
さっき俺は、リムと契約をしたんだった。
「お……おはようリム。いつから起きてたんだ?」
「…………」
「……リム?」
「……………………」
俺の問いかけに、リムは押し黙ったままである。
しかも、頬をぷくっと膨らませながら。
「ど、どうしたんだよ? そんなに不機嫌そうな顔して……」
「……ウソつき」
「な……何が?」
「激しくしないでって言ったのに……さっきのはなんなの?」
「激しくって……ああ!」
契約の時に、前後不覚になってしまったのが怒りの原因か。
というか、今更そんな事を言われてもなぁ……。
そもそもリムが煽ってこなければ、俺も意地になったりはしなかったし、そう考えれば、因果応報って言っても間違いではないんじゃないか?
「ご……ごめんな。俺も初めてで余裕無くてさ……」
色々と考えてはみたものの、反論してもリムの機嫌を逆撫でこそすれ、良くなる事はないので素直に謝る。
「ふん……別に良いけどね」
言葉通りに受け取りたいが、どう好意的に解釈しても全然良さそうには見えない。
リムの機嫌をどう治したものかと頭を悩ませていると、
「……ねぇ」
「ん……?」
「ど……どうだった……?」
「え……ど、どうって……?」
「き……気持ち良かったかって聞いてるの……っ!」
「あ……ああうんっ! き、気持ち良かったよ……っ」
「そ……そう……どれくらい?」
「そうだな……さっきも言ったと思うけど、めちゃくちゃ気持ち良かった。それこそ、夢をみたいだった」
「ほんとに? ウソじゃない?」
「ほ、本当だよ! 嘘なもんか!」
「ふーん……そうなんだ」
リムは訝しげな目で俺を見ると、
「じゃあ……信じてあげる」
そう言って、少しだけ口元を綻ばせた。
何が嬉しかったのか良くわからないが、とりあえず機嫌は治ったようだ。
ほっと胸を撫で下ろしたところで、俺もリムに質問してみる。
「ところでさ、リムはどうだったんだ?」
「何が?」
「気持ち良かったのか?」
「あっ……アンタねぇ……っ」
綻んだ口元が一変。
リムは再び唇を歪めて、
「バカだとは思ってたけど、ここまでバカだとは思わなかったわ!」
特大の怒りを露にした。
「えっ!? な、なんで……っ」
「フツー女の子にそういう事聞かないでしょ! 全然デリカシーないのね、アンタって!」
「だ、だってリムも聞いてきたから……っ」
「女の子は聞いていいの! 常識でしょそんなの!」
「そ、そうなのか……?」
「そうなの! これからはそういうところも気をつけてよね!」
「は……はい……」
沈んだ声で返事をする。
恐らくこれが男女の機微というやつなのだろう。
恋愛経験の無さを露呈しまくっている上に、まさか魔族に常識まで諭される事になるとは……。
「それと一応言っておくけど。あんまり慣れ慣れしくしないでよね」
「え……?」
「ボクとアンタは、ただ契約しただけなんだから、勘違いしないでって事よ」
「わ、わかってるよ……」
慣れ慣れしく接するつもりなんかなかったけど、やっぱり心の何処かには、そんな気持ちが芽生えていたのかもしれない。
リムの一言に、追い打ちを食らった気分になったのがその証拠だろう。
「ま、まぁでも……アンタがどうしてもって言うなら……もう一度くらい……考えてあげなくもないけど……」
「え? す……すまん。今なんて言ったんだ?」
「な……なんでもないっ! もう寝るから灯り消して!」
「あ……うん……」
燭台に手を伸ばし、蝋燭の灯りを消す。
寝室が暗闇に染まり、再びの静寂が訪れる。
「あ、それともう一つ……」
と、リムが呟く。
「まだ何かあるのか?」
「あの……その……あ、明日から……宜しくね……そ、それだけ……っ」
「…………っ!」
リムの表情は見えないが、たぶんきっと、頬を紅潮させているのだろう。
そう思うと、俺も自然と笑みが零れて、
「ああ、改めて宜しくなっ!」
「うるさいわねっ! 静かにしなさいよ、もうっ!」
「………………すまん」
本日何度目かの謝罪を、小声で述べるのだった。
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