第2話 ポンコツサキュバス雇いました・後
「えーと……つまり君はサキュバスという魔族で、意気揚々と人間界に来たはいいけど、何故か誰にも
「うん……」
「その内に魔力が底を突きて、人間に化ける事ができなくなったと」
「う……うん……」
「そして雨に降られながらとぼとぼ歩いていたところを、俺に保護されたと」
「保護って言うな! 子供扱いしないでよ!」
「はいはい……悪かったよ。それで、これからどうするんだ? 何か当てがあるのか?」
「そ……それは……その……」
俺の質問に、彼女は言い淀む。
「当てがないなら家に帰るしかないだろ」
「やだっ! 帰るなんてありえないから!」
なんというか、反応が完全に家出少女のそれだ。親と喧嘩して飛び出してきたようにしか見えなくなってきた。
「あのなぁ……気まずいのはわかるけど、素直に謝れば親御さんだってわかってくれると思うぞ?」
「はぁ? なんでパパとママに謝らないといけないわけ?」
「あ……すまん。それはこっちの話だった」
「とにかく! ボクにだってプライドがあるの! 何もできないまま帰ったら、この先ずっと後悔する。だから絶対に帰らないからね!」
言い切って、プイっと顔を背ける。
断固たる決意を感じるが、それを俺に宣言されても困る。
それによく考えると、こいつの存在は人間にとっては良くないだろうし、やはりここは穏便にお引き取り願うのが最善手だろう。
話を聞いている限りでは、放っておいても害はなさそうだけどな。
「君の気持ちもわからなくはないけど、現状やれることはないんだろ? これで終わりってわけでもないんだろうし、一旦帰って体勢を立て直した方が良いと思わないか」
素直な意見を彼女にぶつける。
解決しようもない事柄を再認識させる事で、諦めがつくだろうと思ったからだ。
少し心が痛むが、それはもう割り切るしかない。
「アンタってさ……叶えたい夢とかないの?」
曇った表情で、彼女はそう問いかけてきた。
「え……夢?」
「ボクはあるよ。どうしても叶えたい夢が」
「そ……そうか。夢を持つのは良い事だと思うぞ」
「うん……だからボクは今、こうしてここにいるの。凄く怖かったけど、行動しないと何も叶えられないって思ったから、勇気を出して飛び込んだの」
小さい肩を震わせながら、彼女は気持ちを吐露し続ける。
「ボクはずっと待ってたんだ。ずっと待ってて、今やっと、そのチャンスが巡ってきたの。それなのに、ほんのちょっとつまづいた程度で帰れるわけないじゃない……っ」
「………………」
真剣な彼女の言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。
簡単に考えていたが、恐らく魔族にとっても、人間界に来るのはそれなりの時間と、危険が伴う行為なのだろう。
「あはは……何言ってるんだろボク……こんな事アンタ言っても、しょうがないのにね……」
今にも泣きだしそうな声色で、自嘲気味に笑いながら呟いた。
「なぁ……君の名前はなんていうんだ?」
少しの沈黙の後、俺は彼女に尋ねる。
「ボク……? リ……リムだけど……?」
「リムか。じゃあリム。行くところがないなら、ここで働いてみないか?」
「は……?」
突然の提案に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
魔族の事情など知った事じゃない。そう断ずるのは容易い。
だけど俺は、逆境に立たされても絶対に諦めたくないというリムの姿に、いつのまにか自分を重ねてしまったようだ。
そして同時に、店の経営を諦めてしまった自分を恥ずかしく思った。
俺は本当に全力を尽くしたのだろうか? そんな問いかけが胸中に木霊する。
多分俺は、まだやりきっていない。できる事は、きっとまだある。
だからこの提案は、俺にとっての決意表明だ。
もう一度、俺も夢を追いかける為に。
「え……えっとその……ア、アンタ……自分が何を言ってるかわかってる?」
「心配しなくてもちゃんと給料は払う。あ、いや……約束はできないけど、キッチリ払えるように頑張るからさ」
「違うよ……そういう事じゃなくて……もう一度言うけど、ボクは魔族なんだよ? 魔族を雇ったなんてバレたら、ただじゃ済まないんじゃないの?」
「……良くて国外追放、悪けりゃ死刑ってところか。けど、そんなのバレなきゃいいだけだ」
「バレなきゃって……」
呆れたというようにリムは溜息を吐く。
そして真っ直ぐに俺の目を見つめ、
「……アンタの名前は?」
「そう言えば名乗ってなかったな。俺はウィリックだ」
「ウィリックね……じゃあウィリック。本来ならそんなバカげた話は突っぱねるところだけど、背に腹は変えられないし、仕方ないから呑んであげる」
「そ……そうか! じゃあこれからよろしく――」
「待ってよ! 話はまだ終わってないわ。ボクも一つだけ要求があるの」
「要求?」
「そう。言うなれば信用問題ね。さっき会ったばっかりのアンタを、全面的に信用できるわけないでしょ? それでなくても、イカれた言動ばっかりの怪しい人間なんだから」
「い……イカれた……っ」
思い返してみれば確かにその通りではあるが、魔族にそんな事を言われる日が来るとは夢にも思わなかった……。
「ボクはアンタの事を信用したい。アンタだって、ボクの事を信用したいでしょ? だから、今からボクと、契約を交わして欲しいの」
「あ……ああ、契約か。まぁそれで信用してもらえるなら構わないが……」
「言っておくけど、人間界で言うところの契約とは、わけが違うんだからね」
俺を睨みつけるようにリムは言う。
「……っ」
リムの剣呑な眼差しに、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
あの口ぶりだと、魔族と契約をするにはそれ相応の代償が必要らしい。
「わ……わかった……俺から言い出した事だしな……」
命までは取られないと思うが、それでも日和ってなんかいられない。
どの道、命を懸けるくらいの覚悟がないと、ここから一旗揚げる事なんてできやしないだろうしな。
「するよ、契約」
不退転の決意で俺は告げる。
するとリムは、凛とした態度から一転、何故だかもじもじと落ち着きのない様子で、
「そう……じゃ……じゃあするわよ……えっとその……ど……どこでする……?」
顔を赤らめながらそう言ってきた。
「え、どこって……ここじゃダメなのか?」
「だ……だってボク……初めてだし……やっぱりこんなところよりは……ベッドとかの方が……その……」
「ベッド?」
「えっと……その……な……なんていうか……柔らかいとこの方が……安心するっていうか……」
「……ごめん。言ってる意味が全然わからないんだが。一体ベッドで何をするんだ?」
「だ……だから……アレだってば……もう……わ、わかるでしょ……バカ……っ」
「いや、アレじゃわからないよ。もっとはっきり言ってくれ」
「~~~~っ! こっ……この……っ」
「えっ!? あ、あだだだっ!!」
リムはプルプルと体を戦慄かせながら、俺の耳をぐいっと引っ張り、
「だ……だから……ボクとアンタで……××××するのよ……っ」
恥ずかしそうに、耳元でそう呟いた。
「え……えっと……えぇ……?」
言葉が出てこない。
埒外な事を言われたせいで、その意味を理解するのに時間がかかってしまった。
「あ……あの……それって……お……おしべとめしべを……その……結合させる……?」
まさかとは思いながらも一応確認してみる。
ここだけ切り取ると、イカれた奴どころか不審者そのものだ。
「ば……バカっ! そうに決まってるじゃない!」
「あ……あの……それ以外に方法は……?」
「あれば最初から言ってるよ! ボ……ボクたちサキュバスは、そうやって契約を交わすのっ! それはもう、どうにもならないのっ!」
青天の霹靂だった。
魔族流の冗談なのではないかと思ったが、本気でそれをする必要があるらしい。
「……わ、わかった。リムがそれでいいなら……あんまり綺麗とは言えないけど、俺の部屋にいこう……」
半分混乱した頭でそう言うと、リムはこくりと頷いた。
たどたどしい足取りで部屋に向かいながら、俺は心の中で反芻する。
とんでも無い事になってしまった――
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