2話
「ヒカリちゃん、美味しい?」
「は、はい」
夜、サクラさんとリクと私はテーブルを囲んでいた。
会ったばかりの人と食事をするのはひどく緊張したが、サクラさんがずっとしゃべり続けていたので、私は無理に話す必要はなかった。
「どれもおかわり作ってるから、遠慮なく言ってね」
そう言われると、全部おかわりしないと悪い気がしてくるのが、私の性分だ。
だが食が細い私は、食べれてあと一品。
せっかくなら煮物がいいな、と思っているとリクが言う。
「ヒカリさんは煮物をご所望だよ」
「よし来た! 温め直すからちょっと待ってね」
私は驚く。
どうして私の考えてることが分かったのだろう。
リクを見つめると、彼がふわりと笑ったので、思わず顔を伏せた。
それから、度々同じことがあった。
「この時期、近くの川で蛍が見えるのよ」
ある日の夕食、サクラさんが言った。
都会に住む私は蛍を見たことがなく、興味はあったものの「見に行きたい」と口に出せなかった。
するとリクは当然のように、
「食事が終わったら、みんなで見に行こう」
と言った。
今日は、花屋を手伝いたいと考えていると、リクに誘われ、店に立つことになった。
声に出さなくても想いが通じるというのは、とても奇妙な感覚だった。
「僕は配達に行ってくるから」
リクはしばらく店を空けるようだ。
彼の姿が見えなくなったのを確認し、意を決してサクラさんに聞く。
「あの……リク君は、人の心が読めるのでしょうか?」
「へ」
サクラさんは口をぽかんと開けた後、すぐに吹き出す。
「そんなわけないない。超能力者じゃあるまいし」
「変なこと言ってすいません……」
「まあ、子供のわりに察しがいいのはたしかね」
「……はい」
「周りに同年代の子供もいないし――父親もいなかったから、大人びてしまったのかもね」
「なるほど……」
私が黙り込むと、サクラさんは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ヒカリちゃん。もしかして、リクのことが気になるとか?」
「いえ! そんなわけじゃ……」
私は思わず顔を伏せた。
「相手の考えていることなんて、表情や仕草で結構分かるものよ。今だって、恥ずかしがってることぐらいすぐ分かる」
両手で頬を触ると、とても熱くなっていた。
「でもそれが、からかわれたからなのか、図星だったからなのかまでは分からない。だから、想いはちゃんと相手に伝えるのが大事だと私は思うわ」
「そう……ですね」
「もし話すのが苦手なら、文章だっていい。もちろん――花でもね」
サクラさんはニッと笑って、小さな花束を差し出した。
白く小さな花が、私の両手の中で咲く。
「はい。手伝ってくれたお礼」
「綺麗……」
「カスミソウよ。花言葉に『感謝』という意味があるの」
「あ、ありがとうございます!」
と口にした後、私は驚く。
こんなに自然と言葉が溢れたのは初めてかもしれない。
その日から、私は少しだけ言葉を楽に発せられるようになった。
「ヒカリさん、おはよう」
「……うん、おはよう」
挨拶程度の会話しかできないが、言葉を交わすと心が弾んだ。
夏休みの宿題が終わると、毎日花屋の仕事を手伝った。
たくさんの花の名前を覚え、手伝いにも慣れてきたが、家に戻る日は近づいていた。
今年の夏休みは本当にあっという間に感じた。
「ヒカリちゃんとも明日でお別れか。ねえ、このまま私の娘にならない?」
「えっ」
反応に困っていると、リクがため息をつく。
「冗談はよしなよ。ヒカリさんが困ってるだろ」
「えー本気なのに」
サクラさんの不服そうな表情に、私はクスクスと笑った。
「そういえばリク。夏祭りは今日からだっけ?」
「うん。初日だから花火は上がらないけど、屋台は出てるかな」
お祭りって行ったことない。そう考えているとリクと目が合う。
いつもなら「お祭りに行こう」と提案してくれるが、彼が口を開く様子はない。
私は彼の想いに気づき、自分に問いかける。
――私はどうしたいんだろう。
私は両手をギュッと握り、想いを告げる。
「お祭り……案内してくれませんか?」
「もちろん」
リクは即座に答えた。
サクラさんがニッと笑う。
「浴衣、貸したげる。二人で楽しんでおいで」
「ここが屋台のある通りだよ」
「すごい……」
「感動するほどでもないよ。店も少ないし」
「こういうの初めてだから」
きらびやかな屋台から、香ばしいにおいがする。
たこ焼き、焼きそば――普段の食卓に並ぶものと比べ、どれも美味しそうに見えた。
「母さんから夕飯代をもらったからさ。好きな物を選んで」
「うん」
私とリクは、屋台の通りをつかず離れずの距離で歩く。
初めての浴衣は歩きづらく、思わずつまづきそうになった。
すると、リクがさりげなく歩調を緩めた。
「最終日には、大きな花火が上がるんだ」
「へえ」
私はリクの話に相づちを打つだけだったが、不思議と心地よかった。
スマホで友達と会話している時も相づちを打つだけだったのに、感じ方は随分違った。
たくさんの屋台を巡っていると、リクが音を上げる。
「もう食べられないよ」
「最後に甘いものも……」
「え! さっきからヒカリさんは一口しか食べてないじゃん」
「そう?」
「結局、残りは僕が食べてるし」
文句を言いながら、リクはたい焼きを買った。
それを一対四の大きさに分けて食べる。
多くの屋台を楽しみたいという私の想いを察してくれたのが、とても嬉しかった。
――けど、私の本当の想いは伝わってないだろう。
心の中でつぶやき、祭りを後にした。
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