おふとんミステリー ―ミニタルトはどこ?―

@ns_ky_20151225

おふとんミステリー ―ミニタルトはどこ?―

『ひどい目にあった。ちょっと聞いて』

 昼すぎ、浩からのメッセージがとどいた。ケーキとなみだのような絵文字がついている。健人はふとんにくるまったまま読んだ。学校は昼休みごろだろう。

『おれはひどい目にあってる最中。給食にデザートつく日なのに』

 体温計となみだの絵文字つきで返した。

『だいじょうぶ? 薬のんだ?』

『のんだ。来週は行けると思う。それで、そっちのひどい目ってなに?』

 話をもとにもどして聞くと、ミニタルトの画像がきた。

『これ。おれがなくしたって思われてる』

『なんで? 教えてよ』

 それから長文がとどいた。健人に教えるためにあらかじめ打っておいたような早さだった。

 今週、浩は一年生の給食当番だった。高学年は自分のクラス以外に一、二年生の手伝いをすることになっている。低学年の当番の子たちといっしょに運んだりくばったりするのだった。

 みんなで給食室にいき、パン、牛乳やおかず、それとミニタルトを受けとって運んだ。そして三十四人分ちゃんとくばったという。

『三十四?』

『一人休み。だから昼の後でトレイとかといっしょにあまりを返しにいこうとした』

 すると、パンや牛乳はあまっていたのに、ミニタルトだけなかった。

『じゃあ、はじめっからなかったんじゃないの。それか給食室の人が三十四人分しかわたしてなかったとか』

『でも、牛乳とか人数分のはちゃんと一人分あまったし』

『なら給食室の人が数えまちがえたとか。ぐうぜんだけどミニタルトを一個だけ』

 だけど、と浩は続けた。一年と二年合わせて八クラスあって、一クラス三十五人。ミニタルトは一箱四十個入りで、一、二年分のは七箱用意されていた。それで給食室の人が目の前で一箱から五つずつ取った。自分たちが運んだのは取りだして合わせた分だという。

 そして、他クラスでは人数分きちんとあって、休みであまった分は返ってきていた。

『それでさ、つまみ食いしただろって先生にからかわれてさ。ちょっとむっとしたら謝ってくれたけど。落としたかなんかでなくしたんだろってさ』

『たしかめた?』

 健人は熱をわすれた。薬がきき始めたのかもしれない。

『もちろん。一年の教室は給食室のすぐそばで、ろうかはまっすぐだし、何十メートルもあるわけじゃないんだから見落とすはずないんだけど、なにもなかった』

『ほかの学年とごっちゃになってるとかは?』

『おれもそう思って給食室の人に聞いた。そしたらほかの学年もあまりはちゃんと返ってきててたりないのは一個だけ』

 文章でもくやしさが伝わってきた。自分のしなきゃならないことがまともにできなかった残念さがわかった。健人は浩らしいと思った。

『先生はさ、みんなにはくばれたんだからいいよっていってくれたんだけどな』

『なあ、どんなふうにくばったか教えてよ。順に思いだしてったらわかるかも』

 浩からの返事はおそかった。思いだしながら打っているようだった。健人はまくらもとの水を一口のみ、音声入力にきりかえた。

 浩と当番の子たちが列を作ってくばって回った。まず食器をおき、つぎの子がパン、牛乳、おかずときて、最後に浩がミニタルト。小さい子に取りに来させるところんだりふざけて落としたりするのでそうしていた。

『それで、パンや牛乳はあまったんだ』

 確認する健人に、その通り、の絵文字が返ってきた。

『でも、ミニタルトはなかった、と』

 なみだ。

『休みの子の席にはなにもおかなかったんだよな。ミニタルトだけじゃなくパンも牛乳もおかずも』

 ぶんぶん首をふってうなずくアニメーション絵文字。

『いま思い出したけどあいてる席があって、なんでって聞いたら当番の子がりっちゃんカゼでお休みっていってたな、たしか。おまえとおなじ。それでおかなかった』

『じゃ、いつなくなったのかな。箱にならんでるんだからくばってたら数わかるだろ』

『あ、おれらだけ袋。だって五つずつ取ったのを合わせたんだから』

『どんな袋? ビニール?』

『いや、お米とか入れるようなの。紙』

『じゃあ、いつ気がついた? 列をぜんぶまわったときに袋はからになってた?』

『そこなんだよな。おれも思い出そうとしてるんだけどはっきりしない。あったような、もうなかったような』

 健人はひじをつきなおした。おなじ姿勢だったので肩が痛くなったのだった。

『ならあったんだと思う。だっておかしなことがなかったからはっきりしないんだ。そういうのってあるだろ? なんにも変なことがなかったり、いつもどおりだったらいちいちおぼえてない。心のなかでさっと流しちゃう』

 さらに考えてつづける。

『だから、ミニタルトがなくなったのは、くばりおわってからあまりを返そうとして、もういちど袋の中を見るまでの間だよ。お昼食べてる間』

『健人がいいたいのはだれかがとったってこと?』

『そう。くばりおわったら浩はいったんもどってお昼。それからまた行って後片付けだろ。だからその間しかない』

『それあんまり考えたくないな。一年の子がそんなことするなんて』

 読みながら健人もうなずいた。

『そういうとこ浩らしい。ま、でもたしかに変。とったにしてもかくれて食べたりできない。おれも当番やったけど、たしか低学年は後片付けすむまで外に出ちゃだめなんだし』

 そう書いた自分の文を読みなおした。なにか引っかかる。

『ごめん、そろそろ昼休みおわるから。また後で』

 浩のアイコンの色が変わった。健人はタブレットをおいて寝返りをうち、天井を見た。一年の子がずるをするなんて、たしかに考えたくない。でも、小さい子だからこそ悪気なくついやってしまったかも知れない。

 熱っぽいのは病気のせいか、考えすぎのせいかどっちでもありそうだと思った。

 それにしても、ともう一度タブレットを見て自分が書いた最後の文を読む。

“とったにしてもかくれて食べたりできない”

 その通り、教室にかくれ場所なんかないし、ひとりだけ食べるというのは目立つ。かりにとったとしてもすぐ食べてしまうのではなく、どこかにかくしたと考えたほうがいい。健人はかわいた咳をした。

 タブレットから音がして目が覚めた。考えているうちにうとうとしていたらしい。浩からだった。もう放課後か、と窓の外を見る。

『やっぱり、おれがなくしたんだと思う』

 そのあと、また長文が続いていた。実はたまたまではあるけれど、きょうは一年生の机とかばんチェックの日だったという。それでさわぎがあったとか、なにか変なことがあったといううわさも聞かないので、かくしてたとは考えられないといっていた。

『と、いうことで、いろいろ考えたけど、おれがうっかりしてたんだろうな』

『よくない。浩にかぎってうっかりはない』

 つい大声になったが、タブレットは反応せずふつうの文章として表示した。

 健人は画面を前にもどして浩のいったことをもう一回見ながら、なにかないかと考えた。ミニタルトはどこかにあるし、それはだれかがそこにおいたからにちがいない。三十四個しかくばっていないのに袋がからになっていたらそのときに分かっていたはず。

 つまり、やっぱり一年がやったんだ。じゃ、袋に近づいても目立たない子は? 健人は考えたことをまとめて送った。浩はすぐ返してきた。

『当番の子だって考えてんの? それはないと思うよ。仮にそうだとしてミニタルトはどこ?』

 健人はさらにつづける。

『かばんにしまったんでもないし、だれの机の中でもない。で、ミニタルトは食べ物だし、一年が思いつきそうな場所で教室のすぐ近くにあるのは?』

『給食室。まさか』

『そのまさか。冷蔵庫もあるし。たしかめてみなよ』

 十五分ほどして、親指を立てた絵文字が送られてきた。

 それと画像。ミニタルトで、袋にはたどたどしい字で、『りつこちゃんの』と書かれていた。

 健人は返事をしようとしたが、笑い声のせいでうまく文章にならなかった。それでキーボード入力にした。

『そういうことか。よかったな、浩』

『すっきりしたー。その子のことは一年の先生にまかせてきた』

 そのあと、頭を下げる人とハートとケーキの絵文字が表示された。

『ありがとな。健人。おまえがいてよかった』

 健人も心がすっきりするのを感じた。このカゼ、おもったよりはやく治るかもしれないな。


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