第33話 生まれてくる子供のために

 相馬育子そうまいくこはノーリス化粧品の会社員として働き続けていたので、週末だけ拓斗たくとの部屋に泊まる『週末婚』のようなかたちで、お腹の子の父親である拓斗と付き合い続けていた。


 拓斗は、育子が妊娠したことを告げた七月のある日から、ホストクラブには七月いっぱいで辞める意向を伝えていた。暴力団とのつながりが薄いホストクラブだったので、退職を伝えた後も、最後まで頑張ってください、などと言われただけで、特段暴力を受けたりするようなこともなく、平和的に足を洗うことが出来た。

 八月からは、ホストクラブと同じような、夜から朝までの時間帯に、夜勤の警備員として働き、金曜日と土曜日の夜だけは休みをもらうようにして、育子との時間を大切にした。


 毛利拓斗もうりたくととは、生まれてくる子供のために、正式に結婚する予定であるから、育子いくこは旦那である相馬光秀そうまみつひでと正式に離婚しなければならない。旦那である相馬光秀も、育子の元に戻ることは全く考えていないであろう。

 相馬光秀が離婚を提案しない理由は、慰謝料が不安なのと、面倒くさいのと、仮面夫婦としての状況が容認されていることと、社会的信頼を失うことへの懸念などである。

 相馬光秀は、育子からの留守番電話を聞くと、案の定、すぐに判を押した離婚届を送ってきた。付箋ふせんに『役所に提出してください。今までありがとう。光秀』と書いてあった。

 

 育子のお腹の子供が三か月を過ぎた。拓斗はお腹を優しく触ったり、耳をお腹につけて胎動音を聞いたり、胎教にいいから、といって、クラシック音楽のCDを買ってきたりして、早くも子煩悩な父親ぶりを発揮していた。


 育子は拓斗と一緒に役所に出向いて、正式に『離婚届』を提出した。

 「苗字は元の旧姓には戻さないわよ。」

 「え?どうして?早く戻そうよ。」

 「だって、もうすぐ私は『毛利育子もうりいくこ』になるんだもの!二度手間よ!面倒くさいじゃない!」

 「あ、そうか!あはははは・・・。」

 育子と元旦那との『離婚届』を提出した後、役所からの道中、育子と拓斗は幸せに会話していた。


 「ノーリス化粧品は女性社員が多いでしょ?女性社員が離れて行かないように、女性に手厚い福利厚生システムを採用しているの。普通の企業に比べて二か月ほど早くから産休が取れるから、一週間後から産休に入れるわ。育休と合わせて、しばらく休みが取れるから、もし良ければ、すぐにでも、拓斗の家で二人で暮らさない?」

 「やったー!いつもいくちゃんが家にいるんだね!嬉しいな。早く一緒に住もう!」

 このように、子供の様に無邪気に喜ぶ理由も、カレンダーの『母の日切り抜き事件』のお陰で理解できた。


 引っ越し業者に荷造りもほとんど任せて、要らないモノはほとんど捨てた。もちろん、旦那との思い出のある食器なども、全て捨てた。

 拓斗との、希望に満ちた生活が始まる。

 育子にとっても、拓斗にとっても、初めて得る子供である。どのような子供が生まれてくるのか、楽しみで仕方なかった。

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