第26話 国内旅行計画

 翌週も金曜日、中年女性はホストクラブを訪れた。


 中年女性から、金を引っ張れるだけ引っ張ろう、そして、たった一回でいいから、ナンバーワンホストの翔を抜いて、ナンバーワンホストとして、店頭に写真を飾られたい、と拓斗たくとは野心を燃やしていた。


 毎週金曜日にホストクラブに通わせるサイクルは定着してきたので、閉店後は、恋人であるかように錯覚させるために自宅に呼んで、朝を迎えることを繰り返し行い、錯覚ではないように実感させ続ける。

 その後、旅行などに誘い、その料金も全て女性持ちで行わせる。

 その後、相談に持っていけば良い。

 拓斗は計画的に、ナンバーワンホストへの階段を上るべく計画を立てていた。



 「こんばんは。」

 「いらっしゃい!今夜も拓斗をご指名ですね。拓斗!」

 チーフが拓斗を呼んだ。

 「は~い!」

 拓斗も機嫌がいいようで、明るく返事をした。


 「ハッピーバースデイ‼ゆうにゃん‼」

 他のテーブルで、ゆうにゃんと呼ばれた女性客の誕生日パーティーが行われているようだ。

 「飲んで!飲んで飲んで‼いい飲みっぷりっ!ゆうにゃんっ、お誕生日、おめでとうっ‼ヒュ~!ヒュ~!」

 若いイケメンたちの元気な盛り上げと、拍手と、ゆうにゃんの華やかな笑顔で、店内は琥珀色に明るく輝いていた。


 「私は、育子いくこという名前なので、いくちゃんと呼ばれていたわ。最近は仕事の付き合いしかないから、苗字の相馬そうまさんとしか呼ばれていないけど。」

 中年女性が、ゆうにゃんと呼ばれて嬉しそうに輝いている誕生日を迎えた若い女性を見ながらたそがれて言った。


 拓斗は、中年女性が『誕生日=年を取る=もっとおばさんになる』という心の図式を読み取った。

 「いくちゃん、かぁ。可愛いね。今夜からいくちゃんと呼んでもいい?」

 まだ若いのだから、とでも言いたげな優しさをみせた。

 「拓斗は本当に優しい。カッコいいし。一番いい!」

 「あははは、ありがとう!かんぱーい!」

 何に乾杯しているのかはわからないが、拓斗たくと相馬育子そうまいくこは、それぞれの優しさを持ち寄って、温かい空間を造り出していた。

 


 その夜も閉店後、二人はタクシーで拓斗の家に直行した。

 相馬育子は、拓斗と結ばれたいなどとは思っていない。現実逃避がしたいだけなので、真剣に付き合う気などない。

 しかし、拓斗はイケメンで優しいので、とにかく一緒にいると幸せな気分に浸れるのだった。真剣ではないが、いつまでも一緒に居たいと思ってしまう男ではあった。


 どちらかというと、最近は拓斗の求め方が性急ではあった。今夜も玄関を開けて、鍵を閉めるや否や、激しくディープキスをしてきた。

 「う・・・ちょっと!」

 さすがに酔った勢いで、暴力的に粘膜同士が接触するのはあまり好ましくはない、と相馬育子は両手で拓斗の頬を挟んで唇を引き離した。

 「なーんで?俺の事、嫌いになったの?」

 「嫌いなわけないじゃない!だけどいきなりこういうことされると、何だか怖くなって、ちょっとパニックになっちゃうよ・・・。」


 拓斗は育子の目をジーっと見つめてきた。

 育子はカッコ良過ぎてドキドキしてきてしまい、オドオドしている。

 「ん?どうしたの?顔が赤くなってるよ。カワイ子ちゃん。オオカミさんは、もう我慢できないよ。今夜も、いいよね?」


 拓斗は、ホストクラブでの誕生日パーティーのことを、育子がまだ引きずっているのではないか、と思って、酔ったふりをして気を使っているのだった。


 育子は、いつもの素直な男の子のような拓斗とは違う人格に、少し驚いて戸惑っていた。どういうつもりで、自分を若くて魅力的な女性のように扱っているのだろう。やや、不信感と違和感を覚えた。

 それでも、拓斗とは戯れたい。


 拓斗は冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出すと、ベッド脇のチェストに置いた。

 「水、飲む?」

 そう言って育子に手渡した。

 「ありがとう。いただきます。」

 ベッドに座っている拓斗も育子もキャップを開けて水を飲んだ。

 「ははっ、少し冷静にならないと、俺、嫌われちゃいそうだから・・・。」

 そういうと、拓斗は勢いよく水を飲んだ。

 「それはないわよ!ただ、ちょっとびっくりしただけ。」

 「あ~、だけど少し、飲み過ぎたのかな。ごめんね、びっくりさせちゃって。だけど最近、ホストクラブにいる時からさ、いくちゃんのこと、食べたくて食べたくてたまらなくなってきてるんだよ~。だんだん、我慢できなくなってきてさ。玄関のカギ閉めたら、もうゲートがパッカーンって開いちゃうんだ。許してね。」


 なんか変だ、と育子は違和感を覚えた。

 育子がチェストの方に手を伸ばしてミネラルウォーターを置くと、拓斗も急いでミネラルウォーターをチェストに置いて、育子をゆっくりと押し倒した。



 「はあっ・・・。」

 昨夜、育子は拓斗の若さに押され気味で、ひたすら受け身になっていた。 

 このような行為に、あまり関心はないが、拓斗が喜ぶのなら、共に行う運動だ、位の感覚で受け身になっていた。

 「いくちゃん、俺、どんどんいくちゃんにかれてく。」

 拓斗がこのようなことを突然言い出すと、ドキッとしてしまう。


 チュン!チュンチュン!

 外でスズメが可愛い声で鳴いた。朝のさえずりである。


 「あのさ、今度、旅行行かない?もちろん、二人きりで。本当はずっと前から、一緒に行きたかったんだけど、旦那さんが許さないだろうな、と思っていたから誘えなかったんだ。だけど、旦那さんが普段不在なら、大丈夫かなって。」

 育子の目が爛々らんらんと輝いた。旅行は好きである。

 「本当?わあ、嬉しいわぁ。私、旅行は大好きなのよ。しかも、好きな人と二人で行く旅行、最高!ねえ、最高に幸せな旅にしましょう!」

 旅行に行くことは即決した。

 

 「俺の休みは、事前に店に伝えておけばいつでもとれるよ。いくちゃんの会社はどう?」

 「基本的にウィークデイは常勤になってるわ。だから、金曜日の午後から日曜日までしか空いていないけれど、事前に伝えておけば、有給はまだかなり残っているわ。」

 「そうなんだ。じゃあ、有休をいつ取るのかを伝えておけばいいんだね。貴重な有給だから、大切に使っていかなきゃだね。それじゃ、再来週の金曜日の夜から、日曜日までとして、夜行バスか何かでどこかに行く?」

 「先に行き先を決めなくていいの?」

 「特に行きたいと思う都道府県は・・・そうだなぁ、いくちゃんは?」

 「そうね、拓斗が行きたいところならどこでもいいわよ。あ、ただし、危険なアウトドア満載のツアーは嫌かな。危険な山登り系とか、探検系のとか、海に潜る系とか。安全で上品に参加できるようなツアーがいいな。」

 「一瞬、全部俺たちで決めるオリジナル旅行もいいかな、とも思ったんだけど、やっぱり、ツアーがいいかな。見どころのある観光スポットとか、名産品が含まれた豪華な料理とかが、あらかじめ組みこまれているし。オリジナルの旅を予定して、その通りに行動するとなると、現地の風土とか気候とか、よくわからないし。ネットでツアー、調べてみようか?」

 「そうね。拓斗の部屋、ネット環境ある?」

 「Wi-Fiがあるよ。パソコンで調べてみよう!」


 「拓斗、ホットコーヒー淹れていい?」

 「ああ、お願いします。俺の分も!」

 二人は朝から、ホットコーヒーを飲みながら、ネットで旅行ツアーを探し始めた。


 「いつかは海外にも、いくちゃんと行きたいと思ってるよ。」

 「!」

 「今回は、一泊二日か二泊三日の国内ツアーにしようね~。」


 相馬育子は、離婚は面倒くさいので、婚姻関係はそのままにして、若くてカッコイイ男と遊びたいだけである。拓斗がもし、自分と結婚したがっているのだとしたら、その時には断らなければならない。


 本音を言えば、ホストクラブの中で会うだけでいいのである。閉店後に拓斗の家に泊まることが定着してしまったが、正直、気分転換したい、現実逃避したい、夢が見たいだけなのである。


 それから、旅行に行くのならば、また借金しなければならないだろう。


 何故、拓斗のような若くてカッコいいホストが、自分なんかにこんなに入れ込むのだろうか。やっぱり、違和感があった。


 「拓斗。」

 「ん?」

 「他の若いガールフレンドとか、いないの?」

 「え?どういう意味?」

 「だって、私なんて、もうおばさんじゃない?拓斗はお姉さんって言ってくれるけど、拓斗とは歳が一回り以上も離れてるし。拓斗みたいなイケメンホスト君はさ、もうちょっと若くて可愛い彼女が居てもおかしくないと思うし。どうして私なんかみたいなおばさんに、ここまで付き合ってくれるの?」

 「好きなんだも~ん。」

 そう言うと、拓斗は育子の、横ジワのある額にキスをした。

 違和感から聞いてみた育子だったが、こういうことをされると、夢の世界の住人になり、幸せに浸ってしまって、何故あんなことを聞いたのか、その理由を忘れてしまうのである。

 「おばさんが好きだなんて。もの好きなイケメンもいるのね。」

 育子は我に返って、このように言ってみた。

 「何言ってるの?いくちゃんは、可愛いよ。」

 


 結局二人は、土曜日東京発の、新潟県と石川県の一泊二日のツアーに決めた。

 「二日目は、加賀百万石の城下町ね!」

 「楽しみだなあ。いくちゃんと行く兼六園!」

 ツアー代金は二人で十六万円ぐらいだが、二十万円ぐらい予定しておいた方が良いだろう。育子は、旦那に連絡して借りることにした。


 「お腹すいた。朝ご飯作ってあげようか?」

 「あー、今日は本当に、飲み物しかないや。」

 「じゃあ、『リジョイ』に買い物に行きましょう。」

 「いくちゃん、何食べたい?」

 「そうね。少し暑いから、アイスと、そうめんかなんかにする?」

 「いいねえ。朝から涼を楽しむ、か。」

 「拓斗。無理しておじさんぶらなくていいの!」


 二人は仲良く、近所の『リジョイ』に買い物に行った。

 乾麺のそうめんとめんつゆ、夏野菜のキュウリと茄子とトマト、そしてバニラアイスを二つ買った。


 「俺、こういう、普通の家庭的な幸せっつーの?結構憧れてたんだ。だから、家庭料理的なこういう感じの食事メニュー、すごく幸せだなあって思うよ。」

 「そうなの。確かに、男の一人暮らしって、コンビニの総菜とかカップラーメンが主流になりそうよね。」

 「そうなんだよね。野菜はカップ野菜か、野菜ジュースで摂ってるだけだよ。」


 育子は、茄子を半分に切って切り込みを入れ、煮浸にびたしの準備をしながら、別の鍋でそうめんを茹で、調理をしている間にキュウリとトマトを食べやすいように切った。

 「うわあ、早いなあ。」

 「主婦歴長いからね。あ、でももう何年も旦那と二人分なんて作ってないわよ。自分一人分の食事だけ作るようになって、長くなるわね。」


 そうめんがで上がり、氷水で急速に冷やし、ざるにあげると食べやすいように小分けに丸めて皿に置いた。茄子の煮浸しは一つの器に盛り付け、鰹節かつおぶしを躍らせた。


 「わー、豪勢な朝ご飯だ!いただきます!」

 こういう無邪気な拓斗は、本当に可愛いな、と育子は思った。


 旦那が子供を持てない体質なので、育子には子供がいない。拓斗はある意味、育子の母性本能も満たしてくれる存在なのであろう。


 拓斗は美味しそうに、トマトやキュウリを頬張り、そうめんを勢いよくすすっていた。

 「ネギと生姜も買って来ればよかったわね。薬味に。」

 「いいよ。めんつゆだけでも十分美味しいよ。」


 育子は茄子の煮浸しを味見してみた。まあまあ美味しかったので安心した。

 「茄子の料理なんて、久しぶりだなあ。」

 そう言いながら、美味しそうに食べる拓斗との朝食の時間は、育子にとってこの上なく幸せだ。旦那によって満たされなかった結婚生活の寂しさを、全て埋めてくれる拓斗とは、何があっても繋がり続けていたい、と育子は思った。

 

 「はぁ~、お腹いっぱいになったわ。」

 「美味しかった~。ご馳走様でした!」

 拓斗は胸の前で合掌した。


 育子は、礼儀正しい拓斗は、実は育ちの良い子なのではないか、と思ったりもした。家庭環境にも父母の愛情にも恵まれ、友達がたくさんいて、健全な学生生活を送ってきた子のような気がしている。しかし育子は、拓斗の過去には関心が無かった。そういう想いではないのだ。今の拓斗が今の自分のそばに居ればそれだけでいい。拓斗が偽名であったとしても別に関係ない。拓斗の過去を聞くことは、今までもなかったし、これからもないだろう。


 育子は家に帰り、旦那に連絡をとった。旦那の電話は留守番電話になっていたので、二十万円貸して欲しい、自分の口座に振り込むよう、メッセージを残した。


 旦那が浮気を続けていることは、育子が公認であったが、育子が拓斗と付き合い始めたことを旦那は知らない。なので旦那は育子に頭が上がらないのだ。何故ならば、証拠はすでに育子に押さえられているし、離婚話になれば慰謝料を支払うのは旦那側だからである。



 「あの中年女性は相馬育子、という名前だったのね。忘れてたわ。それにしても、そんなに悪い女性じゃないわね。むしろ拓斗と名乗っているホストが悪質ね。」

 「瑠香様、瑠香様に対して失礼なことをした者への復讐なのですよ。」

 「だけど、このホストにつぎ込んだ金だったわけでしょ?どうするべきかな。」

 「成り行きを見守って、ホストの素行が悪質になり過ぎた時点で、何らかの手をうちましょうか?それにしても瑠香様はお優しい。相馬育子に同情し始めてしまったのではないですか?」


 瑠香の、かつての『潜在意識』、つまり現在の『顕在意識』が、徐々に柔和になってきていることに、みーこは気づいていた。

 復讐を果たすことによって、恨みや憤りが徐々に消えて、『潜在意識』が浄化され、地球上の生きとし生けるものに対する感情が『慈愛』だけに変わった瞬間から、瑠香は正式な女帝になるのである。

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