第25話 心境の変化

 ホストクラブに行くと約束した金曜日、中年女性が店に入ると拓斗がチーフから、もっと売り上げを伸ばすように説教をされていたようだった。拓斗は下を向いて、やや暗い表情になっていた。前髪で顔の上部が完全に隠れていた。


 「こんばんは。」

 中年女性がチーフに声を掛けた。

 「ようこそ!いらっしゃいませ!拓斗ですか?どうぞこちらへ!」

 チーフは中年女性に気づくとすぐに拓斗を付けた。


  拓斗はまだ暗い表情をしていた。


 「お姉さん、今夜も約束通り、来てくれたんですね。」


 このホストクラブのナンバーワンホストは翔であり、ナンバーツーは誠也であり、ナンバースリーかナンバーフォーに来るか来ないか、という位置に拓斗がいる。

 拓斗はナンバーワンになることを目指している。叱られて意気消沈してしまった拓斗を、中年女性は全力で応援したい衝動に駆られた。


 「今夜もドンペリ、頼んじゃうから!」

 拓斗の目が輝いて、中年女性を見た。

 「ありがとうございます!ドンペリ、いただきましたー!」

 拓斗は元気を取り戻した。


 「お姉さん、ホントいつも、ありがとう!それから、今夜もうち、来てくれるよね。」

 「今夜も、遊びに行ってもいいの?」

 「もちろん!ちゃんと掃除もしておいたよ!」


 中年女性は閉店まで酒と料理を頼んだ。この日はずっと拓斗を独占することができた。拓斗の横顔を、穴が開くほど見つめても、見つめ足りない。本当にいい顔だと思うし、中年女性の愛したい心理をくすぐるような言動も、かけがえが無いのだった。


 その夜もタクシーで拓斗の自宅に辿り着いた。玄関の扉を開けて鍵を閉めるや否や、拓斗は中年女性を酔いに任せて勢いよく抱き締めた。中年女性は夢見心地になり、拓斗の背中に両手を回した。


 拓斗は急いで中年女性の靴を脱がせると、お姫様抱っこをしてベッドに運び、半ば犯すようにして中年女性の肉体を貪った。

 中年女性は、酔いの心地よさもあったが、その様になって欲しいというイメージ通りの現実が自分にプレゼントされたのかもしれないと感じて、『引き寄せの法則』なのかなあ、と漠然と想像しながらも、肌に感じる拓斗の愛を全身で味わっていた。


 拓斗の抱き方は、前回よりも激しかった。

 「い、痛い・・・。」

 ちょっと痛かった中年女性が言ってみた。

 「あ、ごめん・・・。」

 拓斗は震えていた。


 こうなると、演技なのか本気なのかわからない。もちろん、拓斗は計算していた。自分でも、金のための演技なのか、本気になってしまったのか、わからないぐらい、役に入り込むことによって、相手を心から信用させ、依存させることが目的なのである。


 「はぁ・・・。」

 「ごめんね、さっき、少し痛かったかな・・・。」

 「あ、うん、少しね。でも、もう大丈夫。」

 「ごめん、少し寝るね。」

 「おやすみなさい。」

 拓斗はこの金曜日、本当に疲れていたようであった。

 


 翌朝、冷蔵庫に珍しく食べ物が入っていた。レタスとトマトがあったので、中年女性は勝手にサラダを作ってしまった。拓斗はまだ寝ている。余程、疲れてしまったのだろう。中年女性は、拓斗の額にキスをして、拓斗の寝顔を間近で堪能し、すっかり恋人気分に浸っていた。


 しばらくして拓斗が目を覚ました。

 「ん・・・。」

 「おはよう。サラダ作っておいたわよ。」

 「あ、ありがとう。」

 「ホットコーヒー、淹れるわね。」

 「ありがとう。ふぁ~あ、起きるかー・・・。」


 拓斗は前を隠し、素早く下着を身に付けてズボンを履き、Tシャツを着た。

 カッコいい男は、寝起きも爽やかでカッコいいのであった。こんなにカッコ良くて若い男と夜を過ごし、朝を迎えることが出来た喜びを、中年女性はこの日も噛み締めた。


 「昨日、チーフの人から、何か言われた?私が店に入った時、何か話してたでしょ。」

 中年女性は、拓斗が元気を無くした理由を単刀直入に聞いてみた。

 「あ、いやあ、実はね。・・・ああ、あれはね、店のホスト全員への通達だったんだよ。店の売り上げにもっと貢献して欲しいってさ。ハッパをかけられたんだ。チーフは、自分の機嫌が悪いとすぐ俺たちに当たるんだ。こういうことは、今までも度々あったよ。慣れてるから、大丈夫だよ。」

 「そうだったんだ。私も、お店に行かれるときは行くようにして、拓斗だけを指名するから。私は拓斗にナンバーワンになって欲しくて応援しているから、他のホストの売り上げには、申し訳ないけど貢献はできないけれど。」

 「嬉しいよ。俺だけのお姉さんで居て欲しいよ。」

 拓斗は中年女性を抱き締めた。

 「拓斗・・・。」

 中年女性はまた夢見心地になった。


 美味しいホットコーヒーを飲みながら、カッコいい拓斗を目の前にして、サラダを一緒につまむことが出来るなんて、どれほどの幸せか。この三か月は、この中年女性にとって、人生最大級の幸福期間であった、と言っても過言ではなかった。


 中年女性を、ベランダから笑顔で見送ったあと、拓斗はダイニングテーブルに戻って座った。

 「次は国内旅行、その次は海外旅行。それからだな。」

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