第24話 金銭詐取
売上金を管理する男が、ナンバーワンホストを目指している
売上金の入った財布をどこかで落としたらしいが、同じ金額を一括で手渡してくれたら、その日の売り上げの本数をごまかして、その日だけナンバーワンにしてやる、と約束した。
その日、中年女性は来なかったが、次の金曜日にお洒落をしてノーリス化粧品を使った化粧をバッチリ決めてやって来た。
「拓斗、心から応援してる!」」
「いつも指名してくれてありがとう!お姉さんのお陰で売り上げが上がって来たんだ。俺は、お姉さんのお陰で、のし上がっていきたいんだ!」
その言葉が、中年女性の心を打った。
拓斗の『あげまん』になれるのなら本望だ。
「お姉さん、今日もドンペリ、入れちゃう?」
拓斗が愛らしい笑顔で、中年女性の顔を下からのぞき込んだ。
「ドンペリ、入れちゃう~!」
中年女性は『あげまん』殿様になって、ドンペリを注文した。
「お姉さん、今日も相変わらず・・・綺麗だね。」
内心は、そんなこと、これっぽっちも思っていないのだが、『立て板に水』でこのような文言がスラスラと出てくるのがホストである。
「拓斗にそんなこと言われたら、私、とろけちゃう・・・。」
「あのさ、・・・お店終わったら、二人で飲みなおさない?」
拓斗が中年女性に耳元で囁いた。
「・・・え?今なんて言ったの?」
「お店、終わったら、二人で、飲みなおさない?って言ったの!」
「本当に?」
中年女性は、夢見心地であった。
まだしばらく営業はしているので、その間も中年女性は酒や食べ物を注文した。
もうすでに、今日一日で五十万円は支払ってしまったようだ。
中年女性は、多額の借金をしていたのだが、現実から逃れたくて、ホストクラブ通いをやめることはできなかったし、拓斗の追っかけをやめることもできなかった。
他のホストの事はどうでも良かった。拓斗だけが目当てなので、アフターに誘われたことは、心底嬉しかった。その夜のことがあるだけでも、生まれて来た甲斐があった、と言えるほど、中年女性にとって、イケメンと恋人のように過ごす時間は有意義だった。
可愛くてカッコいい拓斗と、夜の街を散歩するのかしら、と中年女性はデートの場所について想いを巡らした。
中年女性は、拓斗が別の女性客の相手をしていると嫉妬してしまうのだった。
その間、別の新人ホストなどが中年女性の隣に座っていたが、不愛想で中年女性を持ち上げてはくれなかった。イケメンの新人は、中年女性におだてられるのを待っているようなタイプだったので、性格が合わず、酒も入っていたことから中年女性がイラついて、チーフにチェンジを申し出た。
「拓斗はまだなの?!」
中年女性は、ホストクラブの中で、態度を大柄にし始めた。
借金をしてドンペリを何本も貢いできた挙句の凶行である。
「拓斗ー!こっち。」
拓斗は、若いキャバ嬢のような客を相手に、意気揚々と接客していた。
チーフに呼ばれるまま、笑顔で中年女性の隣の席に戻った。
「拓斗~、お店終わったら、本当にデートしてくれるの?」
中年女性は、声を落として拓斗に耳打ちした。
「どこ行きたい?」
拓斗の顔が近い。
すっかり、恋人同士のような会話になっている。
「拓斗となら、何処でもいいわ。」
「僕の部屋でも?」
「・・・え⁉」
「今日は最初からお姉さんと過ごしたかったから、朝から部屋を掃除してたんだ。綺麗で優しいお姉さんと過ごす空間と時間を夢見ながらね。」
綺麗で優しい、と言われて、中年女性は夢見心地にさせられていた。
「まさか、断ったりしないよねぇ。俺、お姉さんを招きたくて、必死に掃除機かけたんだから!」
拓斗が真顔で、中年女性に懇願してきた。
目の前で起きている拓斗の言動は、現実のものなのか、夢なのか、わからなくなってきた。
しかし、まだ店は営業中である。
中年女性は酒と食べ物を追加注文した。
店が終わった頃には、中年女性はベロベロに酔っぱらっていた。
「俺の部屋、来てくれるよね、お姉さん。」
介抱しながら拓斗は、中年女性に呼びかけた。
「う~ん・・・。」
中年女性は、意識が
意識がしっかりとしていた酒の強い拓斗は、中年女性から金を引っ張れるだけ引っ張ろうとしていた。ホストクラブでナンバーワンに上り詰めるには、他のホストとは比較にならないほどの額の金を店に提供することだとわかったからである。指名の回数や、指名客の人数ではない。どれほどの金額を献上することができるのか、それだけが、大切なことだとわかったのだ。
拓斗は、中年女性を自宅に招いたが、中年女性は意識が
自分のベッドに、中年女性だけを寝かせ、拓斗はソファに横になり、朝を迎えた。
拓斗の方が先に起きた。中年女性は、まだベッドで眠っていた。
(どうやってこのババアから金をむしり取ろうかな・・・)
拓斗は、デートを重ねてからだと判断し、しばらくはこの中年と恋人感覚でデートをすることが必要だ、と結論付けた。デートでむしり取った分の10~20%を、ホストクラブに献上していけば、ナンバーワンホストになれるのではないか、と考えた。ナンバーワンホストになった
踏み台にしてやろう、このクソババアを。拓斗はそう考えていた。
「ん・・・。」
中年女性が目を覚ましたようだ。
「おはようございます!お美しい娘さん!」
中年女性は目を見開き、自分の着衣がそのままであることなどを確認した。
「拓斗君・・・。」
「俺んちですよ。昨夜、泊まってくれて、嬉しかったです!」
拓斗が笑顔で中年女性の相手をした。
ジュワー・・・
台所から、フライパンで何かを焼く音がして、いい匂いが漂ってきた。
美味しそうなものが調理されているようだ。
「ハムエッグ、・・・俺、こんなものしか出来ないんですけど、もし良かったら一緒に食べましょう!」
優しい顔でこのようなことを言われて、中年女性は感極まって涙目になってきた。
中年女性の日常は、こうである。
旦那はいわゆる、子供が出来ない体質であった。
中年女性は、子供を待ち望んでいたわけではないけれども、そのようなことが判明した後の会話のない旦那との生活は、男性好きな中年女性にとって地獄とも言えたのである。
そのうち、旦那は家に帰って来なくなり、今は浮気相手の家で暮らしていた。
友人に勧められたホストクラブは、体験のつもりで入店して遊んでみただけであったが、思った以上に中年女性の心を満たしたのだった。
「どうしたの?泣かせるつもりなんかないよ。」
拓斗は優しく中年女性の肩に手を置いて語り掛けた。
「・・・ごめんね・・・嬉しくて・・・うちじゃこんな事、ないでしょ?」
「ああ、旦那さん・・・のこと?」
中年女性が求めていたことは、男性に優しくされることだったのだ。
その優しさが、
それでも、その薄っぺらな表面的な優しさが必要だったのである。
「昨夜は・・・何もしていないの?」
着衣に全く乱れがないことから、中年女性が聞いてみた。
「何もしていないって?ははっ、何かして欲しかったの?そんなこと、できないよ!だって、旦那さんに申し訳ないでしょ?」
拓斗はイケメンであるだけでなく、倫理感や思慮分別もしっかりしている人なのかもしれない、と中年女性は思った。
「それとも、何かして欲しかったの?」
拓斗が中年女性に聞くと、中年女性は嬉しそうに笑顔で首を横に振った。
「結局、俺の変なハムエッグトーストを食べただけだったけどね。はははっ。」
「そんなことないわよ!とても美味しかったし、嬉しかったわ。ありがとう。」
「・・・また来てくれる?」
「もちろん!また、呼んでくれるの?」
「あなたさえ良ければ、俺はいつでも大歓迎だよ!」
金を限界まで引っ張るためだ。
警戒させないために、拓斗は長期戦に出ることにした。
中年女性は、ノーリス化粧品のセールスの最中も、拓斗のことを想像した。
早く彼に会いたい。中年女性の資金のほとんど全ては、ホストクラブにつぎ込まれた。
中年女性の旦那は、勤めている会社の三十歳代の女性社員と不倫していた。不倫相手の名前と住所と連絡先も、中年女性の知るところとなっていた。旦那にはまだ気づかれてはいないが、中年女性も拓斗の家に外泊した時点から、夫婦間の会話が無い状態で、お互いの『不倫プライバシー』を守る形となっていた。
「結婚なんてしたとしても、このような関係になることもあるのね。」
「そうですね。瑠香様は、結婚はなさったことはないのですよね。」
「一度もないわよ。そのような縁には恵まれなかったの。」
「左様でございますか。・・・ご結婚、されてみたかったですか?」
「それはないわね。結婚なんて、経済奴隷を生産するためだけのものだと思っているから。」
「相変わらず、辛口ですね。」
瑠香とみーこは対話した。
「それにしても、この夫婦は子供を産まないから、旦那が経済奴隷で、この中年女性は恋の奴隷、といったところかしらね。」
「そのようなところでございましょう。」
「旦那が気の毒だけれど、今はそれは置いておかないとね。」
「瑠香様から詐取した金銭が、どのような経緯で必要とされたのかが明確になりましたが、その後のこの女性の生き様も追及していかれますか?」
「う~ん、どっちでもいいけど、彼女がどのような
「かしこまりました。その後を追っていきましょう。」
◇◇◇
その夜も、中年女性はホストクラブに行き、拓斗を指名した。
拓斗は満面の笑みを浮かべて、中年女性をもてなした。
「らっしゃいませーっ!・・・お姉さん!待ってたよっ!」
「拓斗。元気だった?」
「元気だよ!お姉さんに会いたかったなあ。」
彼らは嘘八百を、金に変える錬金術師である。今夜もホストたちの嘘が炸裂するホストクラブの
「ドンペリ、いただきましたぁ~!」
今夜も中年女性は、拓斗の順位を上げるためにドンペリを注文した。
「お姉さんが、俺の一番だな。」
拓斗は中年女性の耳元で囁いた。
「今夜も、俺のうち、来る?」
「え?いいの?」
中年女性の顔はとろけていた。
閉店まで中年女性は酒と料理を注文し続けた。
「拓斗、売り上げに貢献してくれてありがとう。お前をこの店のナンバースリーとして、店頭の写真に飾らせてもらうよ。今後の成績によって、順位は上がっていくかもしれないな。」
チーフが拓斗に耳打ちをした。
「ありがとうございます。貢献できるよう、これからも精進します。」
拓斗はチーフに真面目に答えた。
その夜も中年女性はべロベロに酔っぱらってしまった。
拓斗は中年女性を支えながらタクシーを停めた。
拓斗は自宅マンションの入り口に着くと、料金を支払い、中年女性を解放しながら部屋に向かった。
「ふ~やれやれ、酔っ払いさん。」
中年女性を自室に入れた拓斗は優しく介抱した。
「水・・・。」
「あ、はいはい。」
中年女性はミネラルウォーターのペットボトルを受け取ると、ゴクゴク飲み始めた。
「あ~っ、天国にいるみたい!私、生きてる?」
「生きてますよ!ここは俺の部屋の中です。」
「そ~なの、拓斗君の部屋に私はいるのね、酔っぱらって。」
「そうですよ。」
「夢みたい。」
「夢じゃないです。現実です!」
「う~ん・・・。」
すっかり酔っぱらってしまった中年女性は、拓斗に抱きついてしまった。
「お姉さん、しっかりしてください!」
「拓斗~・・・。」
拓斗は深い関係になるチャンスだと思った。
中年女性をベッドに運んでいった。
しかしその夜は、横で眠るだけにした。
翌朝、着衣の乱れはないものの、拓斗の横で目覚めた中年女性は、幸福感に包まれた。
「おはよ。」
ベッドで隣に寝ている優しいイケメンが、起きたての自分にこんな風に声を掛けている。
「お、おはよう。隣で寝ちゃってたの?」
「そうだよ。俺がベッドまで運んで。熟睡してたよ。」
「・・・狭かったでしょ。」
「いや、そんなことはないよ。お姉さんの隣は温かかったよ。」
このような幸せな朝は、二度とないのではないか、と中年女性は思った。
「何か、あるもので朝ごはん作るわね。」
中年女性は、ベッドから歩いて冷蔵庫の中を見た。ミネラルウォーターが数本、缶ビールが数本とマヨネーズとケチャップが入っていた。
「え?冷蔵庫にあるものしかないけど。俺、太りたくないからさ、あまり買い置きしないんだ。下のコンビニで何か買ってこようか?」
「それならいいわよ。朝ごはん抜きでも全然大丈夫よ。」
「そうはいかないよ。俺、サンドイッチ食べたくなってきたな。」
「それなら、スーパーが開くのを待って、ブランチを作りましょうか?あのね、フランスパンを一本使って、お野菜多めでサンドイッチ作ると美味しいわよ。」
「ああ、『SUBWAY』のサンドイッチみたいになるのかな。美味しそう~。」
「歩いて行かれるところに、スーパー、ある?」
「五分ぐらい道なりに歩けば、『リジョイ』があるよ。」
「じゃあ、そこに行って、いろいろ買ってきちゃいましょうか。少しだけなら冷蔵庫に買い置きしておいてもいいでしょ?」
「そうだね。お姉さんの好きなようにしていいよ。」
二人は玄関を出て、マンションのエレベーターに乗ってエントランスを通り抜けてマンションの外に出て、車通りのある公道に出ると左の方向に歩いて行った。
「俺たち、カップルに見えるかな?」
中年女性は、この上ない幸せを嚙み締めていて、言葉にならなかった。生きていて良かった、という言葉は、大げさな表現ではなくて、まさにこの時のために使う言葉だった。
「誰かに見られたりしたらって、思ったりするけど・・・。」
「お姉さんの旦那さんとかに?」
「ううん、うちの旦那は公然と浮気しているの。だから、万が一旦那に見られたとしても何の問題もないのよ。あなたの彼女さんとか、お店の他の男の子とかに見られてもいいのかなって少し気になって・・・。」
「え?俺、彼女なんかいないよ、今は。お店の関係があるから、公然とはできないけど、今のところはお姉さんオンリーかな。」
「本当に?・・・あはは、嘘。本当に、じゃなくてもいいのよ。他にたくさんの付き合っている女性がいたって全然おかしくないもの。拓斗は優しくてカッコいいから。私はその中の一人ってだけで大満足です。独占なんてしないから、安心してね。」
「ええ?俺が?俺は何処にでもいる普通の男だよ。ゴロゴロ居るよ。俺みたいなやつなんか、たいしたことないよ。」
拓斗は謙遜ではなく、本当にそう思っていた。
自己評価が低いから、わかりやすく数字で表示される店内順位を上げることにこだわっているのである。
店内でナンバーワンになれば、少しは自己肯定感も高まっていくのであろうか。
そんな会話をしているうちに『リジョイ』に着いた。
「俺、朝『リジョイ』で買い物するのなんて初めてだ。店内が明るくて、新鮮だなあ。」
「そうなの?私は休日は大体朝のうちに買い物を済ませちゃうから、違和感はないわ。」
パンはフランスパンのバゲットを選択し、その後はレタス、トマト、スライスチーズなど、挟みたいものを選んで買い物かごに入れていた。
「お肉系は何がいい?ソーセージ、ロースハム、照り焼きチキン、ローストビーフ、鶏のささ身とか・・・拓斗は何食べたい?」
「それなら、ロースハムがいいかな。野菜多めで。お肉よりもどちらかというと野菜メインな感じのサンドイッチがいいかな。あ、そうだ、久しぶりに牛乳が飲みたいな。」
「そうね、たまにはカルシウムも摂らなくちゃね。」
「なんだか、お姉さんと食事を作るために、こんなに健全な買い物をしてるなんて、俺の方こそ、なんだか夢見てるみたいだな。」
拓斗は自然な笑顔を見せていた。
拓斗の家に戻り、中年女性は腕まくりをすると調理に取り掛かった。
レタスやトマトなどを洗って、バゲットサンドイッチを相応しい形に切って、大皿に盛った。
「切って挟むだけだからね。なんてことはないわよ。あ!マーガリン忘れた。」
「いいよ。ああいう製品は太る元だから、買わないようにしてる。味付けは、塩とマヨネーズでいいんじゃない?お好みでケチャップ、みたいな。」
「それから、卵は良かったの?」
「うん。卵も食べ過ぎると太るからね。俺の仕事のひとつに『太らない』っていう項目があるから。」
「太ると、お客さんの数に影響するの?」
「うーん、太っていても、人気のあるホストもいるとは思うけど。俺は顎のラインとか、太ももに影響するのが嫌だから、太りたくはないかな。だけど、お姉さんが作ってくれたサンドイッチは、今、ものすっごく食べたいよ!」
拓斗が可愛らしく笑顔で言った。
その笑顔は、中年女性にだけ向けられているのだ。
中年女性は、拓斗との出会いにあらためて感謝した。こんなに自分を満たしてくれる男性に出会ったのは生まれて初めてだった。拓斗のような人が、自分の恋人だったなら、他に何も要らないと、今の現状に完全に満足して浸っていた。結婚する以前の自分に戻れたような感覚で、二人で迎えた朝の幸せを嚙み締め続けていた。
サンドイッチは、自分で好きな具を挟んで食べる、という方式にした。テーブルの上には具を乗せた大皿と、切ったバゲット、牛乳を注いだマグカップが乗っていた。テーブルの上には、大窓から差し込んだ朝の光が降り注いでいた。
「いただきます!」
拓斗は両手を胸の前で合わせて合掌した。
「いただきます。」
中年女性も合掌して、フランスパンを手に取った。
「俺は・・・まずレタスをたっぷり入れてー、次にー、スライスチーズ
を入れてー、次にー、トマトをー・・・。」
「野菜たっぷりバゲットサンドになったわね。私はまずロースハムとスライスチーズを挟んでから、トマトとレタスを挟んで・・・最後にマヨネーズを蓋側のパンに付けて・・・。」
「ああ、その順番で入れた方がいいな。レタスを先に入れちゃうと、みんな押し出されちゃって。俺もお姉さんと同じ順番で入れなおしてみようっと。」
拓斗は、自分の取り皿に具を全て出して、中年女性と同じ順番に具を入れなおし始めた。
「あむっ・・・・・・おいひい!」
拓斗は一口食べて子供のような笑顔を見せた。
「うん。美味しいわね。たまには大口開けてフランスパンに噛みつくのもいいわね。」
中年女性も新鮮な野菜たっぷりの具を挟んだバゲットサンドイッチに笑顔で舌鼓を打った。
「あーっ、なんか幸せな朝って感じ・・・俺、あんまりこういう経験したことなくてさ、すっごい新鮮で。できたらまた、お姉さんに家に泊まってもらって、これからも時々、こういう朝を過ごしたいなあ・・・。」
「ホント?私の方はいつだっていいわよ。嬉しい!」
「っていうか、旦那さん、本当に大丈夫なの?朝帰りとか、何も連絡してなかったみたいだし。」
「ああ、旦那の方が、毎日のように彼女の家に入り浸って無断外泊してるのよ。そういう生活がずーっと続いているの。住民票に同じ住所ってことで記載されているだけの関係で、全く赤の他人みたいになって、もう・・・そうね、十年ぐらいになるかな。離婚は面倒くさいでしょ?いろいろと。シェアハウスみたいになっててね。口きいてないのよ。もう何年もずっと。事務的なことは、ぶっちゃけ、折半してるお金の事は、筆談やメールでやりとりはしてるけど。あとはどちらかが死んだときに、死体と対面するだけ、みたいになってるわ。」
「・・・ごめんね。そんな風になってるって知らなかったから、聞いちゃったんだけど。」
「いいわよ。別に人に知られたって。夫婦って言ったって、いろんな形があると思ってるし、冷め切った夫婦上等、恥だとは思っていないわ。」
そう言うと、中年女性は勢いよくバゲットサンドイッチにかぶりついた。
「そういうことなら・・・俺と時々、こういう時間を過ごしてもらってもいいですか?」
「こちらからお願いしたいくらいよ!拓斗の家で、美味しいサンドイッチを作って食べてるなんて。しかも朝に。もう夢のようだもの!」
「夢のような時間って言えるような出来事って、人生でどのくらい、体験できるんだろうね。」
「そうね。自分で掴みに行かなければ、いつまでも夢のような現実を味わうこととは程遠いまま、どんどん歳を取ってしまうんじゃないの?」
「自分で掴み取りに行かないと駄目だよね。俺もそう思う。誰かにしてもらうのを待ったり、祈ったりしているだけじゃね・・・。」
「そうよね。自分でどんどん動いて夢を叶え続けていくことは、大切なことだと思うのよ。ご先祖様も、自分が幸せにしていることで喜んでくれるだろうし。」
「ご先祖様かぁ。俺は、ちょっと疎いけど。俺は現世派かなぁ。親とか先祖を意識して生きてはいない。俺しかいないと思ってる。俺の運命を決めるのは俺しかいない、全部俺次第だって思って生きてる。」
二人はいつのまにか人生哲学を語り始めた。
◇◇◇
「私たち幽霊も、その類よね。」
「左様でございますね。」
霊界から様子を見ている女帝幽霊の瑠香とみーこと幽霊の戦闘部隊代表が対話した。
「あの中年女性は、借金をしたまま姿を消したことをすっかり棚に上げて、夢を叶えることを良き事のように語っているわね。泥棒して夢を叶えることを、あの中年女性のご先祖様はお喜びになるのかしらね。」
「さあ、まともなご先祖様なら、泥棒をすることを祝福することは無いように思われますけれどもね。」
「現世では、バレないように、摘発されないように泥棒をし続けて、大金持ちになった挙句、麻薬や覚せい剤に
「そのような人間に対しても、霊界は一切、見逃すことはしておりません。現世で生きている、そのような人間には、必ず厳罰が下るはずですよ。」
「表向きは、綺麗に整えていても、実は裏で人を殺してきたりしているような人間たちに対しても、徹底的に復讐していきましょう!」
「霊界の幽霊の戦闘部隊だけが、本当の最高裁判所ですよ。ご心配なく。基本的に泣き寝入りは、何処にもあり得ないのです。泣き寝入りさせる、なんて言っている人間は、真実を知らないのです。我々は、太陽系から逸脱したところには生きられなかったはずです。それを、自分の感覚や感情が法律であるかのように誤解している、自己弁護だけに奔走している、真実がわからない人間が、自分のしてきた犯罪を棚に上げて、幻想を作り出して酔っているだけなのです。彼らは死んだら終わりです。本当の終わりとなるので、霊界に逝くことはできません。肉体が朽ちた時点で終わる命の持ち主なのです。霊界に入ることが出来る幽霊は、美しい心の持ち主だけなのです。・・・醜い心を持つ荒くれ者のたわごとを、どうか、真に受けられませんように。彼らは死後、跡形もなく消滅し、二度と生産されない愚人なのです。愚人はゴミとして、完全淘汰されます。愚人、つまりゴミは、美しい心の持ち主を誹謗中傷したり、傷つけようとしたりするのです。ゴミの敵は、美しい心、なのですから。宇宙は愚人つまりゴミを淘汰することだけに尽力するエネルギーに満ちていて、我々幽霊は、その宇宙の法則に従って活動しているのです。ゴミと美しい心が二極だとすれば、それ同士が戦っている、などというのもナンセンスなのです。宇宙に誰が勝てますか?宇宙には誰も勝てないのですから、宇宙の法則に則ったものの勝利は、最初から決まっているのです。宇宙の法則こそが真実であり、宇宙の法律に従ってゴミのような
「死んだ後、宇宙の法則と相性の合わない者は、宇宙の外に葬られる、つまり宇宙外生命体、というのは今のところ未確認だし、死んだら終わり、ユニバースの中で生きてゆくことはできないのだから、って、すごく理に適ってる!」
「瑠香様は、もちろん、宇宙の法則ととても相性の良いお方ですので、女帝に選ばれたのです。何の無理もされなくとも、宇宙と一体なのです。言い換えれば、瑠香様のご命令ひとつで、不条理なものは何でも消せるのです。」
「私は、善良な者が、悪質なモノによって虐げられるのが許せないのよ。」
「瑠香様が女帝なのですから、そのような理不尽は全て終了です。瑠香様が女帝になるまでの時間がかかり過ぎましたが。」
「善良な者が、悪質なモノに虐げられることなく、平和に幸せに生きていかれる時代を、もっともっと確実にしてゆきましょう!」
「心強い限りでございます。太陽系の中で唯一、人間が住む星である地球をより良い星に上らせてゆきましょう。」
◇◇◇
中年女性は借金を重ね、ホストクラブに大金を貢ぎ続けた。全ては拓斗のためである。人生の喜びをくれた拓斗のためなら、借金苦で命を落としても構わない、と思っていた。
中年女性がホストクラブを訪れた日は、閉店まで店に貢ぎ続け、拓斗とともに拓斗の家にタクシーで向かった。拓斗とはまだ性交をしてはいなかった。拓斗には、あまりそのような欲が沸き起こって来ないのかもしれない。中年女性も、カッコいい拓斗と優しい至福の時間を過ごすことが目的で付き合っているので、性交をせがむようなこともない。
拓斗にとって女性は、金を引っ張るためだけの道具でしかない。金を引っ張るための演技は上手であったが、本気で思っているわけではないことを、さも自分が実感しているかのように演じ、タイミングを見計らって大金を要求するのである。
拓斗のベッドの上で、衣服を着たまま二人で横たわり、拓斗が中年女性に腕枕をしたり、笑顔でおでこにキスしたりしていた。中年女性は、至福の時間を過ごしていた。
「ねえ、拓斗。こうしていると、なんだか恋人同士みたいね。」
「え?俺たち、恋人同士だったんじゃなかったっけ?」
「そういうことにしちゃってもいいの?」
「俺は最初っからそういうつもりだよ。」
拓斗は中年女性を優しくハグした。
中年女性は、拓斗の胸に抱かれて、拓斗の匂いを嗅いだ。
拓斗のためなら、本当に、何でもできる。
中年女性は、拓斗に傾倒していった。
「おはよう。今朝は何を食べようか?」
ベッドの上に、二人で並んで座っていた。
「拓斗が好きなものでいいわよ。また『リジョイ』に材料買いに行く?」
「そういうことなら・・・。」
拓斗はタイミングだ、と思った。
中年女性が、時々拓斗の部屋に泊まる日々も三か月が過ぎた。
拓斗は、あらためて中年女性の肩に手を回し、中年女性の目をカッコいい眼差しで見つめた。
「これから、いい?」
「いい、って、何を?」
拓斗は中年女性を強くハグすると、ゆっくりとベッドに押し倒した。
「え?ちょっと・・・私はもう、おばさんなんだし・・・。」
「俺はそんな風には思っていない。こんなに付き合っているのに、一度もしてないなんておかしいよ。そろそろ、いいよね・・・。」
もちろん、拓斗は三か月付き合っているのだから、そろそろ性交をしたい、などと思っているはずもない。心の中では完全に裏切りながらも、金を引っ張るために、演技をしているだけなのだ。
「俺が好きなものを、食べていいって言ったろ?」
拓斗はそう言うと、やや興奮したように装いながら、中年女性に性交を求め、ベッドの近くに用意しておいた避妊具を取って装着した。
中年女性は見事に、愛されているかもしれない、と誤解して、目が逝き始めた。
「こうなってくると、中年女性がやや気の毒になって来たわ。」
「悪い男ですね、この拓斗って男は。金のために、こんな不誠実なことを企んで実行するなんて、男がすることとは思えませんね。」
「女の腐ったような奴って、こういう男の事を言うのかもしれないわね。」
「腐っていることすら見抜けないで、表面的な仮面の出来栄えだけで、付き合う人間を判断すると、大やけどをする可能性もあるのかもしれませんね。」
人間心理も含めて、様子を眺めていた瑠香とみーこが会話した。
◇◇◇
中年女性は拓斗と初めての性交をした。時刻は昼近くになっていた。
「あ、もうお昼ね。お腹すいてきたわ~。」
中年女性の腹が鳴った。
「あ、ごめんごめん。俺は食べたかったものをやっと食べれたんだけど、お姉さん、お腹すいたまんまだよね。出前でも頼んじゃおうか?」
「『リジョイ』なら、私一人で買い物に行ってもいいわよ。」
「『リジョイ』で買い物したいんだね。わかったよ。一緒に買いに行こう。」
二人はアイスクリームやプリンなどの、甘く口当たりの良いデザートと、野菜サラダの材料を買った。
中年女性が作ったサラダボウルをつまみながら朝のホットコーヒーを飲み、デザートにプリンを食べた。
「そろそろ帰ろうかしら?」
「まだいいじゃないか、アイスだってまだ食べてないじゃん。」
拓斗が中年女性をバックハグしながら、甘えた声で言った。
「拓斗が食べればいいじゃないの。冷凍庫に入れておけば。」
中年女性は、初めての性交をされた後で有頂天になっていた。次の金曜日、ノーリス化粧品のセールスの後、ホストクラブに行くことを約束して拓斗の部屋を後にした。
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