第27話 兼六園ツアー
新潟県と石川県のツアーは、土日の二日間だ。
「楽しみだわ。」
「土曜日は現地に着いて、花火を見るんだよね。」
「そうね。兼六園は二日目って書いてあったわ。」
「明日は早起きだね。おやすみなさいっ!」
拓斗と育子は、同じベッドですぐに眠りについた。
翌朝の土曜日は早起きをした。
「ふぁ~あ。おはよう。」
「おはよう!眠いけど、東京駅への電車の中で寝ようね。」
「そうだね。俺、今からめっちゃ楽しみ~!」
二人は並んで、歯磨きをした。
育子の歯ブラシとコップは、もうすでに拓斗の部屋に置きっぱなしになっている。
二人は旅行荷物を持って、東京駅に朝十時頃到着した。
その後、電車と新幹線を乗り継ぎ、『上越妙高』に到着した。
「うわ~。いい天気!」
「これなら花火も良く見えるね。天気に恵まれた!」
その後は『長岡花火会場』に向かった。
幸い、天気が良かったので、『長岡まつり大花火大会』は開催された。
ドーン!・・・・・・パラパラパラ・・・・・・
「うわ~。綺麗~。」
「花火大会の花火、俺、超久しぶり!」
拓斗は育子の肩を抱いた。
育子はドキッとしながら、拓斗の手から伝わる体温を肩で存分に味わった。
ツアーバスに乗って、旅館に着いた。
「先にお風呂入っておいでよ。」
拓斗が育子を促した。
「それじゃ、お先に。女湯に行ってくるわね。」
育子が大浴場に向かうと、拓斗は育子の荷物からスマホを取り出した。
電話帳を開けて、旦那の電話番号を探した。
多分、偽名などでは登録していないだろう。
「相馬、相馬・・・と。」
相馬という苗字の名前は、『
「
ホストクラブのような名前の偽名で自分のスマホに記録した。
急いでスマホを育子の荷物の中に戻し、拓斗は自分のスマホでゲームをやり始めた。
ガラッ!
和室造りの引き戸を開けて、育子が大浴場から戻ってきた。
「あ~。いいお湯だった~!」
「日頃の疲れも、少しは取れた?」
拓斗の声掛けは、いつも優しい。
「疲れ、取れたわよ~!あ~、あっつい!窓開けていい?」
「そうだね。少し風を入れよう。」
「拓斗も入ってきたら?」
「いや、俺はいいよ。」
「え?せっかくの大浴場なのに。」
「俺は、部屋の中の風呂に入る。」
「そう。いや~、気持ち良かったわ~!ビール飲みたくなってきたわ。」
「俺、自販機で買ってこようか?」
「あ、そうね。部屋の中にはなかったんだよね。ありがとう。」
育子は拓斗に千円札を渡した。
「いいよ。ビールぐらい、
そう言うと、拓斗は財布だけを持って部屋を出た。
拓斗が冷たい缶ビールを三本買ってきた。
「自販機、この部屋から近かったよ。全部飲んじゃったら、また買ってくるから。」
「ありがとう。」
「グラスは部屋にあるやつでいいよね。」
「コーヒーカップでも、お茶を入れるコップでもいいわよ!」
育子はお風呂が余程気持ち良かったのか、上機嫌である。
ゴクゴクゴク・・・プハー!
育子はグラスに注いだ缶ビールを勢いよく飲み干した。
「いよっ!いい飲みっぷり!」
拓斗は旅館内のホストの様になっていた。
「あ~美味しい!」
「どんどん飲んじゃって~!」
拓斗が缶ビールを持ち、育子のグラスにビールを注ぐ。
「あ~、ありがと!拓斗も飲もうよ!」
「うん、じゃあ、もらおうかな。」
育子が拓斗のグラスにビールを注いだ。
ゴクゴク・・・
「あー、冷えてる~!」
「こういうところの自販機って、キンキンに冷やしてるよね!」
「うん。美味いな~。」
ガラッ!
「お食事でございます。」
仲居さんが二人掛かりで食事を届けに来た。
「凄いね。豪華な懐石料理だ。」
「こちらが先付、そして前菜、お造り、炊き合わせ、焼き物、酢の物、そしてこちらは水菓子になっております。どうぞ、お召し上がりくださいませ。」
二人の仲居は、それぞれの面前にトレイを置いて、お品書き通りに説明した。
「失礼いたしました。」
ピシャ。
「・・・ちょっと、本格的過ぎたわね。凄い本格的な懐石料理よ。」
「俺にとって、人生最高の贅沢旅行になるかも!」
「それじゃ、あらためてカンパーイ!」
「カンパーイ!」
二人はビールグラスを傾け、豪華な懐石料理に箸をつけ始めた。
「美味しい!」
「隅々まで行き届いた料理って感じだな。すげえ・・・」
「器もいいわよね。」
「
「それは私のセリフよ。ホストクラブで、持ち上げてもらうだけでも夢見心地なのに、二人で旅行に来られるなんて、夢にも思わなかったわよ。拓斗のお陰で、なんとか生きられてるって感じだもの。精神的に、とっても支えられてる。」
育子は少し、酔いが回ってきたようだ。
「俺には、独身の彼女はいない。見てわかると思うんだけどね。彼女が欲しいからホストをしているわけでもないんだけど。正直、キャバ嬢とかは苦手なんだよね、俺。ちゃんとした職業に就いていて、落ち着いた人生経験もある女性の方が、安心して付き合えるんだ。だけど、いくちゃんには、戸籍上の旦那さんがいる。だから、いわゆる不倫という形になってしまうとは思っている。どんな形であれ、旦那が居る女性を、彼女と呼ぶことはできないかもしれない。だけど、いくちゃんと居ると、心から安らげるんだ。」
拓斗は食事の手を止め、育子の目を見て言った。
育子はドキドキした。酔っているせいもあるのだが、心が揺れ動く。しかし、離婚は面倒くさいし、拓斗を養っていけるだけの財力は、自分にはない。公然と浮気をしていて、弱みのある旦那を金づるにし続けない限り、拓斗との関係を継続することはできない。拓斗とは、ずっと一緒に居られたなら幸せだろうとは思っているが、いつかは別れる時が来るのだろう、と思いながら、懐石料理を食べていた。
「ああ、美味しかった!」
「ご馳走様でした!」
食事を終えた拓斗は、胸の前で手を合わせていた。
「それじゃ、お風呂に入って来るね。」
「行ってらっしゃ~い。」
拓斗は、大浴場のような、男性オンリーのコミュニティが苦手である。イケメンであるがゆえに、やっかまれるから面倒くさいのである。なので、部屋の風呂で汚れを落とすことにした。
「拓斗と、このまま関係を続けてしまって、大丈夫なのかしら。」
旅行を提案されるとは夢にも思っていなかった育子であった。ホストクラブに時々訪れた時に、愛らしい笑顔で対応してくれるだけで良かったのである。なのに、旅行にまで発展してしまうとは。育子と結婚したいという気持ちはなさそうであるが、現在の育子のコアな人間関係は拓斗だけである。夢の中だけのはずである人間とだけ、濃い関係でつながっている状態。これでいいのだろうか、と育子は思っていた。
「あ~、さっぱりした~。」
拓斗が風呂から出てきた。
「飲んでたよ~。」
育子は三本目の缶ビールを開けて飲んでいた。
「じゃあ、また買ってくるよ。」
拓斗は風呂から出たばかりなのに、財布を持って自販機にビールを買いに行った。
「幸せ・・・。旦那が拓斗の様に、振舞ってくれるような人だったなら・・・。」
「買って来たよ~。」
「あ~、ありがとう~。」
育子はかなり、酔っぱらっていた。
「つまみみたいのも売ってたけど、買ってこようか?」
「あ~、おねが~い。」
育子はもうすでに夢の中に居た。
拓斗はさきいかとチーズ
「ありがと~。」
「懐石料理って、滅多に食べられないものばかりでできていて高級だけど、カロリーは少なそうだから、なんかお腹すくよね。」
育子はさきいかをモシャモシャと貪り始めた。
「う~ん、なんか口寂しくなっちゃってね。さきいか好きなのよね~。」
「俺もさきいか、好きだよ。
拓斗もさきいかを食べ始めた。
「ちょっと、水飲んでみる?」
いつもの状態ではなくなってきた育子を心配した拓斗は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、コップに注いだ。
育子は口角が上がっていて、とても幸せな心境で、すでに別世界に居た。
「いつもとは違う場所だから、いくちゃんは夢を見ているのかな?」
育子が完全に酔っぱらってしまったので、拓斗は育子を介抱した。
布団までお姫様抱っこをして運び、寝かせた。
「次は、海外旅行に行こうね。」
育子のおでこにキスをすると、拓斗は残りのビールを飲み始めた。
翌朝、食堂で朝食を摂れたのだが、もう少し寝ていたいから、と拓斗も育子も部屋でお茶を飲んで過ごした。
一泊した旅館を後にして、ツアーバスに乗り込んだ。
バスは兼六園を目指して走っている。
「兼六園は『日本三名園』のひとつなのよ。『日本三名園』というのは、日本国内で景勝が優れた『日本庭園』、いわば『日本庭園』のナンバースリーなの。これから向かう金沢市の兼六園の他は、岡山市の後楽園と、水戸市の
「そうなんだ。日本の大人の教養だね。日本の大人として、ちゃんと味わいたい景色だね。それにしても、今日も天気に恵まれたね。」
「そうね。昨日の花火もすっごく綺麗だったけど、旅行が天気に恵まれるってだけですごく幸せよね。」
「神様が俺たちを祝福してくれているみたいだね。」
時々出る、拓斗の純粋な言葉も、イケメンホストの口から出てくると、くさくもなんともなく、映画やドラマでイケメン俳優が言うセリフの様にも聞こえてくる。つまり、セリフを言われている育子は、ドラマのヒロインのような気分に浸れてしまうのである。育子は、幸福感に包まれ、ボーっとし始めた。
ツアーバスは兼六園に着いた。
バスを降りると、ツアーガイドがツアー客に向かって言った。
「ここから自由行動になります。集合場所は、ここになります。それではご自由にご観覧ください。」
「これが、『加賀百万石』の歴史の文化遺産なのね。」
「うわ~、ザ・日本庭園って感じだな。」
「『日本庭園』のナンバースリーだもの。加賀藩主が長い年月をかけてつくり上げた庭園なのよ。」
「へえ~。日本情緒溢れるって感じだな。」
兼六園の中を、二人はゆっくりと散策した。
「あの大きな池を大きな海に見立てて、その中に三つの島をつくったの。『蓬莱(ほうらい)』『方丈(ほうじょう)』『瀛州(えいしゅう)』の三神仙島(さんしんせんとう)で、それら島には仙人が住むと言われているの。」
「へえ~。あ、あれか。あの島に、仙人が住んでいるんだね。」
拓斗は、無邪気な小学生の子供のように、旅の
育子は、そのような拓斗の無邪気さが、たまらなく可愛く思えるのだが、どこか違和感も感じた。
「あっ、仙人が出てきた!」
そんなわけはないのに、拓斗はそこまで育子に合わせてくれる。優しい性分が過ぎるのだろう。
「あはは。」
拓斗と育子は、顔を見合わせて笑った。
「なんだか、幸せそうね。育子は拓斗が
「相馬育子が気の毒になってまいりましたかな?」
「楽しく時間を過ごしているだけならいいけど、この優しさの裏にある悪魔の顔を見る前に、何とかして別れさせた方がいいのかしら。それとも、育子が裏切られるところまで、見守った方がいいのかしら。」
「それは、瑠香様次第でございます。瑠香様の御心がスッキリする方をお選びください。」
みーこは、瑠香の『潜在意識』の『慈愛』が高まってきていることを実感している。
「優しくして好意があるかのように振舞って騙し続けてから、金銭詐取をするホストの行為によって、相馬育子の心が傷つく方が、心が痛むかな。予定変更しようかしら。まだ決めかねているんだけど。もしそうなった時には、協力してくれる?」
「もちろんですとも!幽霊の戦闘部隊は、全て瑠香様のご命令の通りに仕事をしてくれます。彼らには私から申し伝えます。彼らは確実に、瑠香様の思うままの現実を引き起こしてくれます。」
女帝幽霊の瑠香とみーこは、拓斗と育子の様子を霊界から観察しながら会話した。
みーこは、瑠香の『潜在意識』が健全に戻ると信じていた。自分の直感は当たったかもしれないと思い始めていた。
兼六園の、美しい日本庭園を堪能した後は、石川門口から金沢城公園に入って散策することにした。
「この『石川門』は、1788年に再建されたらしいわ。重要文化財なんですって。」
「へ~。ということは、江戸時代に再建されたんだね。加賀って言えば、『加賀の一向一揆』だけど、室町時代の、確か1488年だったような・・・。」
「拓斗、凄いね、年代とか覚えてる方なんだ!」
「日本史は割と好きだったし、得意だったからね。88年っていうのがかぶってたから、思い出したんだよ。」
二人は金沢城公園の散策を続け、『鼠多門(ねずみたもん)』と『鼠多門橋(ねずみたもんばし)』にやってきた。
「加賀藩、と言えば、『
育子は拓斗が日本史好きであったことを、この旅行で知った。
「この『鼠多門』も、何度か火災に遭ってきたんだけど、2020年に復元工事が完了したんですって。」
「ああ、きっと『東京オリンピック』に合わせて工事したんだろうな。歴史的文化遺産に外国人が殺到することを見込んで。」
「結局、ウイルスのせいで『東京オリンピック』は、2021年に外国から人を呼ばない形で開催したのよね。」
「『東京オリンピック』関係の試算と実際の収益には相当の開きがあるだろうね。これからジワジワくるかもしれないよな。」
「『鼠多門』から日本経済の話?」
二人は他にも『
集合場所に集まり、ツアーバスに乗ると、昼食の弁当が振舞われた。
「バスの中でみんなと同じ、豪華なお弁当を食べるっていうのもいいわね。」
「うん。・・・お弁当もうまい!」
顔を見合わせて微笑み、二人は本当に幸せな時間を過ごしていた。
バスは帰途に向かう。金沢駅で現地解散であった。そこからは自分たちで新幹線や電車を使って、それぞれの家に帰る。
「みなさま、二日目の金沢兼六園の旅、いかがでしたか?それでは、列車などの中で、お召し上がりください。ご利用、ありがとうございました。」
夕食用の弁当が全員に手渡された。
もらった弁当を荷物に収めると、拓斗と育子は二人で行動することになった。
「どうする?これから。ツアーは終わったけど。まだすぐには戻らなくてもいいかな?」
「もっと金沢に居たいような気はするけど、明日からまた仕事だから・・・。」
今回の旅行では、育子は有休をとらなかったのだ。
「俺はまだ、旅行気分を味わいたいな。」
「また今度、別のところに行きましょうよ。その時には余裕をもって旅行できるように、前後に有給とるから。今日はもう帰りましょう。」
「そうか、仕方ないな。・・・ねえ、今度は、海外に行かない?」
「え?もう次の旅行の計画?」
「はははっ、気が早いかなって気もするんだけど、今回の旅行があまりにも楽しかったからさ。懐石料理とか超豪華だったし。すごく癒されたし。絶対次もあるって、思いたいんだよね。」
「拓斗・・・。」
育子はまた、夢見心地にされてしまった。
帰りの新幹線の中で、次の旅行先は何処がいいのか、の話になった。
「国内でもいいんだけど、今度は海外がいいな。」
「今までどこかに行ったことがある?」
「俺は今まで、一度も海外には行ったことがないよ。」
「そうなの?」
「うん。俺、男友達とは薄かったし、今のホスト仲間とは食事にすら行かないし。女友達もいないから、旅行に行くとかそういう雰囲気にはならなくて。」
「そうなの。私は・・・旅行については自分の話はしないけど・・・そうね、アジアならってところかしら。ヨーロッパだとか、アフリカは、旅行代金がね・・・。」
「韓国なら、もしかしたら金沢よりも時間がかからなかったりして。」
「韓国とか、台湾とか、香港とか。その辺りでもいいの?」
「韓国なら旅行代金もリーズナブルだと思うよ。」
「韓国に行きたいの?」
「う~ん。香港もいいかな。」
「どうしようか。」
「海外旅行一回目は、お隣の韓国だけにしようか。またその次に、香港とか台湾とか、行けばいいんだから。」
「それじゃあ、韓国にしましょうか。韓国だったら日帰りツアーとかもあるくらい、すぐに行って帰って来れるから、また一泊二日でもいいけど。」
「俺はもう少し、いくちゃんと一緒に居たいよ。日本じゃない外国で、二人きりの時間をたくさん過ごしたいよ。」
あまり睡眠をとっていない三日間であったにも拘らず、二人は帰りの新幹線の中で切れ目なく
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