第17話 中学校時代、部活での体罰

 瑠香るかは中学生だった頃、バレー部に所属していた。

 顧問は『鬼』というあだ名を持つ、体罰教師であった。

 現在とは異なり、瑠香が子供だった頃は、教師の体罰は教育の一環としてある程度認められていた。

 教師は児童生徒より上からの目線で命令口調で指示をして、その命令に従わない者は罰を受ける、といった時代であった。


 部活での一幕。

 地域の中学校同士の公式戦で、瑠香の学校のチームが敗けた原因を、顧問を交えて会議している時の事であった。


 セッターであった瑠香の、トスのタイミングが合っていれば、アタッカーが得点につながるスパイクを決めることができたのに、という意見が大半を占めた。


 その後、瑠香はセッターとして、トスの練習を、みんなが見ている前で、三時間連続で行うことになった。

 それが原因で、第六頚椎だいろくけいつい第七頚椎だいななけいついの間に微妙なズレが生じてしまった。


 「ハアッハアッハアッハアッ・・・。」

 「平吹!しっかりしろ!早く次あげろ!」

 「ハアッハアッ、はいっ、ハアッハア・・・。」


 瑠香の顔は、真っ赤になっていた。

 腕が上がらず、指先は感覚を失っていた。

 喉がカラカラに渇いていた。

 それでも、休憩も与えられずに、特訓が続いた。


 バタッ!


 瑠香が、体育館で倒れてしまった。

 「何やってんだ!だらしないぞ!平吹!」

 『鬼』顧問は、倒れた瑠香の背中に、勢いよくバレーボールを投げて当てた後、瑠香の胸ぐらをつかみ、右手で瑠香の左頬を強く平手打ちした。


 ボゴッ!


 バシッ!などという、軽い音ではなかった。

 頬骨きょうこつを、思いっきり打撲だぼくするほどの強打であった。


 その後、瑠香は、左の耳の聴力が通常よりも下がって、聞き取りづらくなってしまった。


 「そのようなことが、あったのでございますね。」

 「ああ、思い出した。そうね、あの『鬼』顧問、私ばかり目のかたきにしていたわ。だから部員も、何かあると、私がしごきのターゲットになるような空気を作っていたのよ。」

 「この顧問、どのようになさいますか?」

 「そうね。危険なところに旅行に行きたくなって出掛けて、現地で汗をたくさんかいたうえ、命の危険な目にうとか。」

 「かしこまりました。詳細な復讐デザインに関しては、お任せください。」


 『鬼』顧問が六十歳になり、定年退職をした。

 職員室の管理職の座席の前に、定年退職を迎える教員が、二人並んだ。

 

 「この日を迎えることが出来たのも、先生方のおかげです。子供たちと楽しい人生を過ごすことが出来ました。ありがとうございました!」

と、言ってお辞儀をすると、『鬼』顧問は勇退の花束を受け取った。


 「定年退職した退職金で、海外旅行に行かないか?」

 「私はいいわ。お父さんとお母さんで行ってきて。」

 『鬼』顧問の娘は海外旅行を辞退し、夫婦で旅行をすることになった。


 「どこがいいかしらね。」

 「そうだな。思い切って、アフリカにでも行ってみようか?」

 「アフリカ?なんだか怖いわ。」

 「なんでだよ。」

 「だって、人喰いとかに見つかったら。」

 「あっはっは、馬鹿だな、そんなところには行かないよ!旅行のパンフレットに載っている、安全な場所だけにしか行かないから。」

 「私は、ヨーロッパに行きたいわ。」

 「それじゃあ・・・。」

 中学校教師を定年退職した『鬼』顧問は、旅行会社からもらってきたいくつかのパンフレットに目を通し、ヨーロッパとアフリカに二週間かけて周遊するツアーを見つけた。

 「これはどうだ?ヨーロッパとアフリカ、両方行かれるぞ。」

 「そうね。だけど一人七十万円するわね。」

 「退職金が入ったんだ。別にいいじゃないか。五年後には年金だって入るんだ。」

 「そうね。生活に困らないのなら、ヨーロッパもアフリカも行かれるツアーがいいわね。」


 夫婦は、このツアーを選択した。

 アフリカのオプショナルツアー、『秘境探検』もプラスした。

 「私はこの、『秘境探検』は、ちょっと・・・。」

 「じゃ、ここは俺だけで行ってくるよ。ワクワクするなあ!」

 『秘境探検』は『鬼』顧問一人で、体験することになった。


 その、『秘境探検』の日。

 「奥様はご参加されていないのですか?」

 ツアーコンダクターが『鬼』顧問に聞いた。

 「ええ、このツアーは私だけで。」

 「そうなんですね。それでは、お楽しみください。」


 「それでは、計画通りに。」

 「了解!」

 幽霊の戦闘部隊は、最後の確認をした。


 『鬼』顧問は、急な崖を、ロープをつたって上り、少し休憩できる山の中腹まで辿り着いた。

 『鬼』顧問は体育教師だったので、六十歳と言っても、若者に負けないほどの体力の持ち主ではあった。

 この『秘境探検』のオプショナルツアーに参加したのは、ほとんど二十歳代の男女だった。


 「すごいですね!お若いですね!」

 ツアー客の一人の男性が、『鬼』顧問に話しかけた。

 「あっはっは。まだまだ若い方には負けませんよ!」

 「お元気で何よりですね。このツアー、共に楽しみましょう!」

 『鬼』顧問は、他のツアー客とも意気投合していた。


 「一時間の自由時間か。どこを歩こうかな。」

 自由、とは言っても、簡易トイレで用を済ませたり、持ってきたお弁当を食べる、などしかできないであろう。

 しかし『鬼』顧問は、興味のある崖を見つけ、そこに上って景色を眺めたくなった。

 「よし、あの崖に上って写真を撮ろう。」

 素手で、崖によじ登る。


 「今だ!」

 幽霊の戦闘部隊は、『鬼』顧問周辺に、ありえないほどの暴風を吹かせた。

 「うわわわわっ!」

 手が滑った、と同時に、真っ逆さまに、今までロープづたいに上ってきた崖の下まで、一気に落下してしまった。


 「ここで、亡くなったのね。」

 「左様でございます。瑠香様に体罰を行った罰でございます。」

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