第14話 突如亡くなった、善人の幽霊

 地方の工業専科の高校に真面目に通い、十八歳で都会に出て、建築士の資格を取得するための専門学校に通いながら建築土木の仕事をして、生計を立てていた男がいた。

 男は、昼は学校に、夜は懸命に働き、貧しい暮らしをしながら、いつか結婚をして自分の設計した家を持つことを夢見ていた。


 ある日、メガネの頭のいい、堅物美人女教師と出会った。

 互いに結婚のタイミングだったこともあり、二人は結婚をした。


 結婚生活は幸せそのものだった。

 長女、長男の二人の子供を儲けた。

 男は、会社勤めを立派にこなし、子煩悩でもあったので、休日は子供たちとよく遊んだ。


 子供がゲーム機を欲しがると、男はすぐに買ってやった。

 しかし、子供が寝ている間に、男の方がゲームに夢中になることもあった。

 ゲーム機の取り合いで、親子喧嘩もした。


 卓上コンロでタコ焼きをしたり、ホットプレートで焼肉をしたり、ボードゲームをしたりした。

 お金はあまりなかったけれど、妻と子供たちの笑顔が見たくて、そのためにどんどん金を使って、家族全員で笑うことが多かった。


 子供が成長して反抗期になったあたりから、子供とはあまり口を利かなくなった。しかし男は、子供たちが成長した証だと考えた。

 晩年は妻と旅行に出かけたり、美味しいものを食べに行ったり、コンサートに行ったりと、妻との幸せな思い出をたくさん作った。


 喜寿を目前に、男の妻が他界した。

 経験したことのない悲しみが、男を苦しめた。


 男はカラ元気を振りまき、周囲に心配を掛けさせまいとした。


 妻の死から十二年。

 男は突然、他界した。


 子供たちに迷惑をかけないよう、介護も受けなかったし、医療機関にも歯医者程度で、あまりかかることはなかった。

 他界する二年ほど前から生命保険をかけ始め、子供たちが困らないようにした。


 痛み、苦しみを極限まで堪え、呼吸がいよいよ難しくなる寸前で、救急車で病院に運ばれた。

 その時には、もうすでに老体には不可能なので手術も出来ず、延命治療を施すこともできない体になっていた。


 入院後五日で、男は他界した。

 「もっと、生きたかったよぉ。」

 これが、幽霊になって、初めて男が思念した言葉であった。


 「いい人間になってくれて、ありがとう。」

 男は、二人の子供たちにそう思念して、息を引き取った。


◇◇◇


 男は、二人の子供と死別したことは悲しかったが、幽霊になり、苦しかった肉体の縛りを解かれると、とてつもない享楽と自由が手に入ったことに気がついた。


 「こんなに自由で楽しいのなら、もっと早く死んでおけば良かったな。」


 「お父さん。」

 「あ、お母さん!」

 結婚後、二人はこう呼び合っていた。

 妻の幽霊が男に呼びかけた。


 「遅いよ。待ちくたびれちゃったじゃないの。」

 「あはは、ごめんごめん。待っていてくれてありがとう。」

 「当たり前でしょ!」


 妻の幽霊は、男が亡くなる三日前に、男が入院している病室付近にいて、迎えに来ていた。


 二人は早速、デートに出かけた。

 生前、男が行きたかった、『サグラダファミリア』を観に、二人でテレポートした。


 「私に任せて!ベテラン幽霊になったんだから。もう幽霊になったら、楽しいわよ!お金もかからないわよ!やりたいこと、全部できるんだから!」

 「お母さん、これからもよろしく。」

 「はいはい、もちろんですよ。」


 「いやあ、『サグラダファミリア』、良かったよ!」

 「良かったわね。」

 男の死後、一日目の幽霊夫婦の会話である。


 夫婦で幽霊になった後も、いろいろなところに旅行に出かけたり、憑依ひょういして、美味しいものを食べたりして、楽しみ三昧の日々を妻と二人で過ごしている。


 「地球上のあらゆる美しい場所に出掛けて、随分たくさん楽しんだし、美味しいものもたくさん食べて贅沢もしたな。」

 「そうね。」

 

 そんな会話をしていると、幽霊の表層意識に『お知らせ』がきた。

 「あら、『お知らせ』ね。」

 「ん?・・・幽霊戦闘部隊・・・募集?」

 「瑠香様が新しい女帝になられてからしばらく経つけれど、瑠香様の体制を盤石ばんじゃくにするための事業が山ほどあって、幽霊不足みたいよ。」


 「瑠香様って、どういう方だったの?」

 「生前は看護師をしていたらしいわ。だけど、子供時代から、虐められたり、傷つけられたり、裏切られたり、馬鹿にされたり・・・人との良い思い出があまりない方みたい。だけど、看護師として、立派に患者に尽くしていた方らしいわ。」

 「それは、大変なお方だねえ。お辛かったろうに。」

 「そうでしょ?私も瑠香様には同情しているの。」


 「協力できることは・・・幽霊戦闘部隊に加入することか・・・。」

 「やってみる?」

 「うん。なんだか幽霊になってから、やりたいこと、本当に全部、やり尽くしたし、今度は瑠香様のための仕事をして、瑠香様に貢献したくなってきたなあ。」


 その後、この幽霊夫婦は、幽霊の戦闘部隊に加入した。瑠香の事業の一助になれればと、二人揃って積極的に任務に就いたのだった。

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