第13話 中学校時代、家庭科の授業で

 中学生時代、瑠香るかにはクラスに好きな男子がいた。

 幸いなことに、二学期の席替えで近い席になり、同じ班になった。

 クラスの女子たちのはとんどが、瑠香がAくんに好意があると知っていた。

 

 調理実習では、カレーと付け合わせのサラダを作ることになった。

 瑠香は、班のリーダーに『洗い物係』を割り当てられていた。

 瑠香は、野菜や調理器具などをずっと洗っていて、野菜を切ったり、皮をむいたり、味付けをすることなどはさせてもらえなかった。


 Aくんはとても真面目で、ルックスも良かったので、女子からモテた。

 班のリーダーもまた、Aくんをねらっていた。


 瑠香よりもルックスが劣っていたリーダーの女子は、瑠香にいいところを披露ひろうしてもらっては困る状態だった。

 瑠香の味付けで、最高に美味しいカレーが出来ては困るのである。

 なので、最初から最後まで、瑠香に『洗い物係』を任せることにしたのだ。


 他の女子たちが、和気あいあいと、サラダを作って盛り付けたり、カレーの材料を切っては、

 「じゃがいも、随分小さく切ってるね。」

 「え?うちはいつもこんな感じだよ。」

 「黒板には2cm角ってかいてあるよ。」

 「だけど、細かく切った方が、カレーに溶け込んでドロドロになって美味しいの!」

などと言いながら、楽しく調理をしているのに、『洗い物係』の瑠香は、そのような会話の輪にも入れず、まるで、シンデレラのように、食具や調理器具などを洗い続けていた。


 調理の時間が終わり、試食の時間になると、

 「Aくん、食べて!私が隠し味を入れたの!」

とリーダーの女子が、Aくんのカレーセットを盛り付けた。


 「いただきます!」

 いざ、みんなでカレーを食べようとしたときである。

 瑠香の横に居たリーダー女子が、瑠香のカレーにわざと肘を当てたので、瑠香のカレーの皿は瑠香の下腹部に落ちた。

 瑠香の下腹部に、カレーがべっとりと付き、カレーは全て盛り付けてしまったのでストックが無く、瑠香は、カレーを食べることが出来なかった。


 「瑠香様、このリーダー格の女子には、どのようにいたしましょうか。」

 「カレーショップで、結婚前提の男性とデートさせ、ウェイトレスがつまづいて、トレイのカレーがこのリーダー格の女子の頭にかかるようにして頂戴ちょうだい。」

 「かしこまりました。」


 「瑠香様、リーダー格の女子の、デート中の映像です。」

 リーダー格だった女子は、かなりお洒落しゃれをして、婚約者とカレーショップにやってきた。


 「私、あまりカレーって食べないんだけれど、あなたが食べたいって言うから・・・。」

 「ああ、僕は一週間に一回はカレーを食べないといられないほどカレーが好きでね。今日は付き合ってくれてありがとう。・・・んーと、何にしようかな。ここはカレー専門店だから、いろいろなカレーがあるんだよ。」

 「私は、あなたが決めたものでいいわ。」

 「そういうわけにはいかないよ。君は君で選んでよ。」


 メニューを見ても、正直、あまりよく判らないが、辛さを表す唐辛子のマークが少ないものを選んで、辛い物が食べられない、というような、か弱い女子を、リーダー格の女子は演じようとしていた。


 「・・・それじゃ、私は『甘口チキンカレー』にするわ。」

 「ああ、このカレーは、僕も一口だけ食べたことがあるけど、とっても甘いよ。玉ねぎがたっぷりと溶け込んでいるから、まるでシチューの様に甘いんだよ。とても美味しいよ。」

 「そうなの?楽しみだわ。」

 「じゃ、僕は、『辛口ビーフカレー』。カレーの色が全然違うだろ?」

 「そうね。『甘口チキンカレー』は、ほとんど黄色って感じだけど、『辛口ビーフカレー』はこげ茶色ね。」

 二人は、メニューの写真を見ながら、そんな会話をした。


 「お待たせ致しました。『甘口チキンカレー』のお客様。」

 「私です。」

 と、その時、幽霊の戦闘部隊が、カレーを持ったウェイトレスの右腕を持ち上げ、身体のバランスを崩させるために、両足を前から揺さぶった。


 「あっ!」

 ウェイトレスの持ち上がった右手から、『甘口チキンカレー』の皿が浮き、皿は勢いよくひっくり返り、カレーが下を向き、リーダー格の女子の頭の上にかぶさった。

 「あっはははは!カッパみたいだな!」

 「・・・。」

 

 リーダー格の女子の額には、カレーが垂れてきて、目の前に、黄色いカレーとライスが、ボトッ、と落ちた。

 婚約者は、冷めないうちに食べたい、と下を向いて一人で『辛口ビーフカレー』をバクバク食べ始めた。


 「大変、申し訳ございませんでした!」

 ウェイトレスは、目の前で起きた出来事を、信じがたいものを見たかのように一瞬フリーズしたが、呆然としながらも、客に対して謝罪する理性だけは保っていた。


 「・・・私がこんな状態なのに、よく一人で食べられるわね。」

 「あ、この際だから、はっきり言っとく。僕はあなたとは、結婚しないよ。」

 「え?」

 「誤解されているかもしれないとは思っていたんだけど、実は僕には幼馴染おさななじみ許嫁いいなずけがいるんだ。さっき、頭の上のカレー、一口食べたと言っただろ?それは、許嫁とこのカレー屋に来た時に彼女が頼んだから、その時に一口だけもらったんだ。今日も本当は、彼女と来たかったんだけど、予定があると言って断られたからね、ガールフレンドの君を誘ったんだ。」

 婚約者、ではなかった彼氏は、再び下を向いてカレーをバクバク食べ始めた。


 ウェイトレスが新たな『甘口チキンカレー』を用意し、平謝りしながら、可能な限り、おしぼりで頭のカレーを拭いていた。

 先に食べ終わってしまった彼氏は、もう一皿、『中辛ポークカレー』を頼んでいた。

 彼氏の裏切りの告白を受けた後、頭のカレーが匂う中で食べた『甘口チキンカレー』は、味がしなかった。


 「じゃ、僕はここで。許嫁のことを今まで黙っていてごめんなさい。底意地が良くない君とはもう会わないから。連絡もしてこないでね。それでは。」

 彼氏は、カレーのトリートメントをつけたリーダー格の女子を置き去りにして1人でタクシーに乗って、帰ってしまった。


 「あははははは!これもちょっと、やりすぎじゃないの?」

 「このやりすぎこそが、女帝への道程どうていなのです。このような仕返しを、継続してゆく必要はございますが、直接的な殺害はなさらない、といった瑠香様の方針に、我々も従ってまいりたいと思います。」

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