第11話 保育園時代、図工の時間に

 生前の瑠香るかの人間関係を精査した結果、まず『社会的関係』にあった人々に対して、瑠香の『潜在意識』が恨みを抱いていた人物について洗いだすことに成功した。


 この『社会的関係』というのは、いわゆる、心を割って話す、まではいかないような、瑠香の所属する集団に偶然いただけの人間、例えば、友達とは言えないクラスメート、友達とは言えない職場の人間などとの関係の事である。


 また、生前の瑠香は、名も知らぬ人物からも多くの嫌がらせを受けてきていた。それが数十年に及び、かなりしつこかった人物も中にはいた。『顕在意識』の方で、特に気にしないようにと感情を押し込めていた結果、『潜在意識』にまで不快な感情は浸透し、『潜在意識』の中で恨みにまで発展してしまっていた。

 生前の瑠香に嫌がらせをしてきた彼らのような瑠香が名も知らぬ人物たちも、この『社会的関係』にあった人物としてカウントされた。


◇◇◇


 まず、瑠香の保育園時代にさかのぼる。

 これについては、子供が本能的に動いた結果、瑠香の心を深く傷つけた、ということではあるのだが、幼児の行為が対象となるのか、賛否は分かれた。

 最終判断は瑠香にゆだねられるが、基本的には殺害を始めとして、厳罰、というおもむきで幽霊による刑を決定する。


 瑠香は十憶人殺した記憶を消されて、『潜在意識』と『顕在意識』は入れ替えられた状態のままである。


 「今から瑠香様の海馬から抽出ちゅうしゅつした記憶動画の映像を表示します。お辛いことを思い出されることになりますが、女帝になられるうえで、必要な試練でございます。どうぞ、ご辛抱なさって、最終判断をお下しください。」

 みーこが映像を流すための設定をすると、瑠香の記憶動画が流れ始めた。



 保育園の内部のような映像が映し出された。

四つの机をつけて、四人の子供が向き合い、画用紙に絵を描いている。


 瑠香は、画用紙いっぱいに母親の顔と思しき絵を描いている。


 「日曜日の母の日に向けて、お母さんの顔を描きましょう。綺麗に、可愛く描くと、お母さん、喜ぶと思いますよ。」

 保育園の先生が指導している。


 瑠香の描いた大きな母親の顔は、ニコニコマークのような顔で笑っていた。胴体は描かず、首のところまでだった。


 「あらっ、瑠香ちゃん、お母さん嬉しそうな顔して笑ってるね。大きく上手に描けましたね。」

 瑠香は、先生にめられていた。


 「はい、図工の時間は終わりです。画用紙を机に置いて、クレヨンを箱に全部入れて、お道具箱にしまってください。」

 幼児たちは、クレヨンをお道具箱にしまった。


 「それでは、これから体育の時間です。みんなでお外に行きますよ。」

 

 「はあーい。」

 保育園の幼児たちは外に駆けてゆく。


 一人、瑠香に近づいてきた女児がいる。

 女児は瑠香のクレヨンを道具箱から出すと、黒のクレヨンを取り出し、瑠香の母親の絵の顎の部分に黒いクレヨンでたくさんの線を引いて母親の顔に黒いひげを生やしてしまった。

 瑠香は呆然ぼうぜんとしていた。

 その女児は吐き捨てるように言った。

 「ざまぁみろ!」



 「以上が、瑠香様の保育園時代の出来事でございます。瑠香様、我々はこの女児が、存命の時代にさかのぼって仕返しをしますが、どのようになさいますか?」

 みーこが尋ねた。

 「子供のしたことだし、極刑はちょっとナンセンスかな。こいつに真っ黒いひげが大量に生えるようにして頂戴ちょうだい。」

 「かしこまりました。」

 この女児とは小学校の学区は一緒だったが、高校は異なった。

 なので、女子高校生になった時点で黒くて濃いひげが生え始める、という刑罰を下すことになった。


 「我々幽霊は、時空を超えることが可能でございます。瑠香様がこちらにいらっしゃってからすでに五百年以上が経過しておりますので、戦闘部隊はその時点まで時代を遡って、この女性に男性のような顎ひげが生えるよう、細工をすることにいたします。そして、その映像をご覧いただいて、確認していただきます。」

 みーこは、仕返しを終えた状況の映像をまとめたら映像を確認するよう、瑠香に伝えた。


 翌日。

 「えー!もうその様子を編集したの?」

 「もちろんでございます。我々は時空を超越し、人体に対するいかなる細工も可能でございます。今回は男性ホルモン注入、という、易しい細工でして、女子高校生時代からひげが生えるようにし、その後二十歳代、三十歳代、四十歳代…と彼女を追っていきます。どのように死を迎えたか、これを確認していただきたく存じます。」


 「あれ?何かしら、これ。」

 鏡を見ながら、顎を触っている女子高生の姿が映った。

 顎が全体的にざらつき、やや黒ずんできた。


 女子高生が翌日目覚めると、顎の黒ずみはより濃くなってきて、触るとチクチクと痛い。

 「もしかして・・・ひげ?」

 女子高生は、鏡の前で顔面蒼白になった。

 学校にはマスクをしていき、いかなる時もマスクを外さず、食事中は顎にかけっぱなしにした。

 毎日男性用シェーバーでひげをそった後、コンシーラーで隠す。

 まるでニューハーフの男性のような苦労を二十歳代から強いられた。

 女性が四十歳代半ばになると、新型コロナウイルス、というウイルスが蔓延まんえんし、マスクを手放せない女性にとっては好都合だった。


 女性は七十五歳で胆のう炎が悪化し、胆のうがんに発展、発病した。

 その頃には高齢のため、顎ひげも元気を無くしてはいたが、毎日伸び続けるので、入院している病院の看護師は、

 「おひげのケアは、週一回にさせていただきます」

と言った。

 それはそうである。

 入院患者のひげにまで時間を割くことはできない。

 看護師は、多忙なのである。


 ひげが生えたまま、病院内を歩かなければならない老女。

 病院内でもすぐにうわさが広まり、

 「知ってる?うちのおじいちゃんと同じ部屋に、ひげを生やしたお婆ちゃんが居るのよ。」

 「あ、知ってる!あのお婆ちゃんとおじい様、同じお部屋なんですか?」

 女性は七十六歳で、息を引き取った。


 「あはははは!おっかしー!」

 「瑠香様、言ってやりましょう。」

 「ざまぁみろ!」

 「復讐完了、といったところでしょうか。」


◇◇◇


 「スカッとはするけど、ちょっとやりすぎって感じもするわね。」

 「いいのです。これが、女帝になるためのステップなのです。」

 「こういうことが、女帝へのステップなの?」

 「瑠香様にとっては、些細ささいなことだったかもしれません。しかし、当時の瑠香様は、お母様を汚され、大変嫌な思いをされたのでございます。そのことが、潜在意識の奥深くにまで浸透し、『潜在意識』にまで、あのようなことをする女性を苦手に思う意識が擦り込まれました。その結果、生前の瑠香様の行動を制限してきたのでございます。許すわけにはまいりません。たとえ、幼児のしたことであっても、女帝に対してそのようなことをした幼児を、我々は許すわけにはいかないのです。」

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