第9話 幽霊組織の共同作業

 三百五十年かけて、地球上の人間を十億人を殺害することに瑠香るかは成功した。

 当然、人間は日々増え続けているので、実際には現在の人口は二百憶人ほどにふくれ上がってはいたのだけれども。


 しかし、大量の人間を殺害するという試練は、瑠香の『顕在意識』には非常にこくであった。

 『顕在意識』と『潜在意識』を科学的に入れ替えたところ、『潜在意識』の中にあった殺害願望を利用することにより殺害がスムーズになったところはあったが、表層化した『潜在意識』を、元『顕在意識』が認識してしまうと、瑠香は発狂してしまうのだった。


 なので、二つ目の義務を遂行してもらう前に、『Right Cosmos』は、瑠香の一部の記憶を消すことを決定した。

 それにはまず、記憶の精査が不可欠だ。

 人生の全て出来事におけるマイナス要因を昇華しょうかさせ、瑠香に、全ての出来事をポジティブにとらえさせるために、事前に調査した内容に、創作した記憶をプラスする必要があれば、随時プラスしてゆき、瑠香の人生の全てのマイナス要因を昇華させていくのだ。


 まずは、十億人殺した記憶を消すことから始める。


 瑠香を、霊体を透過しない微粒子の睡眠薬で眠らせ、医務室のベッドに横たえる。

 全ての幽霊の大脳に対して、霊体に施術できる医療器具を使って、瑠香の海馬かいばに収められた長期記憶の情報をディスプレイ上に表示する。


 次に、海馬のどのエリアに十億人を殺した記憶があるのかを探す。

 探し当てるためには『画像精査』が必要である。

 人生の出来事は、瑠香が見た通りに動画として収まっており、通常の動画と同じで、切り取って削除することにより、その記憶を消失させることが出来る。

 記憶の消去は簡単な作業なのだが、莫大な動画の中から該当箇所を見つけるまでが、大変な作業なのである。


 幽霊の戦闘部隊の内、医療や電気通信に詳しく、視力が良い幽霊を百体選出し、百のモニターで精査してもらい、十億人殺した記憶の動画を探す作業に就いてもらうことになった。

 数年かかっても、完全に記憶を消去するまで、瑠香にも協力してもらうことになった。

 もちろん、瑠香も二つ返事で承諾した。

 二重人格になっているわけではないので、自分がしたことはよく覚えている。

 十憶人殺した記憶が、心地よいはずがない。

 早く、消してもらいたい、と記憶の消去を早急に行うための協力は惜しまない、と同意している。


◇◇◇


 瑠香の生前の記憶を精査してゆくと、周囲の人間たちが、かなり瑠香に対して意図的に意地悪く接していたことが明らかになった。


 記憶の動画で登場してきた瑠香の知り合いの脳にもフォーカスすることが出来る。つまり、要注意人物の動画の脳を拡大し、海馬にまで調査の手を進めることが出来るのである。


 大抵、瑠香に対して、意図的に意地の悪い対応をしている人物の海馬をのぞくと、家庭内で問題を抱えていたり、試験で良い点数を取れなかったり、営業成績が上がらなかったり、瑠香よりも、外見に劣等感を感じていたり、瑠香の優しさを利用しようと画策かくさくして実行したりしていた。


 そのような生前の瑠香の周辺の人物が、瑠香に対して、どのような思惑で何をしてきたのか、全て『Right Cosmos』のディスプレイ上で明らかになった。


 そして、瞬時に瑠香にとってのマイナスの状況が数値化され、絶対値の大きい事実について、ピックアップされていく。

 現時点で数項目見つかった。


◇◇◇


 瑠香が二百年かけて、十億人殺してきた記憶は、もちろん海馬の一か所に記録されているわけではない。

 膨大な記憶動画の中から全て見つけ出し、見つけた都度消去していく作業だが、一週間過ぎた現在でも、五百人ほど殺害した記憶動画を消去するに止まった。


 「あと何年、かかるやら・・・。」

 「私たちには寿命はないわ。もう死んでいるんだから。何年かかったって、時間なんて関係ないじゃないの。私たち幽霊に与えられているのは、善人の幽霊しかいないこの霊界の中における、永遠の命よ!」

 作業員として選出された幽霊たちが会話する。


 「何年かかったって、俺たち、再び死ぬわけじゃないしな。」

 「どうせ、ヒマなんだし。」

 「生きてる間は、ホント忙しかったんだけどな。」

 「やりたいことの半分もできないまま、肉体は朽ちて焼かれたけど、幽霊になってからは、お金もかからないし、お金の心配なしにやりたいことは何でもやり放題!」

 「こういう作業やってるとさ、生前のノルマに追われる日々とかが、懐かしくなってくるんですけど~。」

 「ノルマはなくね?できる限り早く、とは言われているけど。」


 「それにしても、海馬の解析をしている間は、瑠香様はずっと寝ていらっしゃることになるよね。」

 「うわあ、何年寝ていることになるんだろ?」

 「そもそも、何で、殺害の記憶を無くさせるの?」

 「発狂されるらしいんだ。思い出すと。」

 「あ、それでか・・・。」

 「生前は、お優しい、看護師さんだったらしいわよ。」

 「ああ、人の命を救う仕事だもんな。」

 「それは、お辛くて、発狂してしまうのも無理はないわ。」

 「で、発狂することのないよう、俺たちが記憶を消去しているんだ。」


 「しかし、何で『顕在意識』と『潜在意識』がこんなに乖離かいりしてしまったんだろう。」

 「それは、憶測でしかないけど・・・頑張り過ぎたんじゃないかな。」

 「ご無理もたくさん、なさったんでしょうね。」

 「どんなことがあっても、懸命に人命救助に尽くされてきた。」

 「それでも瑠香様のお気持ちが、患者さんなどに通じないこともあった。」

 「身を粉にして尽くしてきた相手に裏切られたりしたこともあった。」


 「その結果、『潜在意識』の方に、望ましくない感情を押しこめてしまったのよ。」

 「『潜在意識』が『パンドラの箱』のようになってしまったのね。」

 「その『パンドラの箱』が、殺害願望というものを含んでいたわけ。」


 「それは、決して、瑠香様のご意思ではなかったのよ。」

 「『潜在意識』に押し込めた感情が濃縮されて化学変化を起こした結果なのよ。」


 「人を殺すどころか、虫も殺せないお方だった、と聞いたわ。」

 「ああ、それなら、俺も海馬解析で見たよ。」

 「私が見たのは、ゴキブリを殺虫剤で殺した後、手を合わせていた映像だったわ。」

 「ゴキブリの命にまで気を遣っていたなんて・・・。」

 「そういう、美しすぎる『顕在意識』が『抑圧』を強めて、人を十憶人も殺したいと思うほどの『潜在意識』を生み出すまでになってしまったのね。」

 「『潜在意識』を守るために、我慢はなるべくしない方がいいのかもしれないね。」

 「俺たち幽霊は、もうすでに肉体が死んだ意識体だから、『顕在意識』で動いていることは事実だけど、『潜在意識』がミックスされて、両方で行動を決めている感じでもあるよな。」


 「それにしても、幽霊になっちまうと、余りにもヒマなんだよな。やりたい放題できることにも飽きてきた。生前の生活のほとんどが、自分の思い通りにならないのは、生きることに飽きないためなのかもしれないよな。」

 「僕も同じ意見だ。だから『Right Cosmos』で、こうして仲間たちと何か作業のようなことをすること・・・役割を与えられてさ、組織の中で働いている方が、僕は性に合うな。」


 「組織が苦手な幽霊は、まずここには来ないし、幽霊の戦闘部隊には志願しないね。」

 「あいつらは幽霊になって、好き勝手できるから、好き勝手出来ることが最高、っていうポリシーを持っているもんな。」

 「いろんなポリシーの幽霊が居るからね。」

 「幽霊のポリシー。」


 「でも、地上で生きていた頃の苦しさって、いろいろあったよな。」

 「精神的苦しみ、肉体的苦しみ、金銭的苦しみ、人間関係の苦しみ、社会的苦しみ、などなど。」


 「しかし、幽霊っていうのは、自分が恨んでいる奴に好き勝手に復讐できるよな。」

 「俺も幽霊になりたての頃、女帝じゃねーから殺す人数のノルマなんかはなかったけど、恨みをはらす行為は、義務と同じで、やらなければならないっていうのは聞いた。」

 「恨みハラスメント。」

 「ハラスメントって意味じゃないけどな。」

 「ハラスメントしてきた奴に対して、死んで幽霊になったら、恨みハラスメントで仕返しを!」

 「もちろん、その恨みってやつに正当性を認められた場合に限るけどな。」

 「瑠香様は、『顕在意識』では人を恨んだりしたのかどうかはわからないけれど、例えば恨んでいる人が居たとして、その恨みの感情に正当性が認められるかどうかのチェックなんかは受けないんだろうな。」

 「女帝だもん。女帝が法律なんだから、それはそうでしょ。」


 「だけど、十憶人殺害して、恨みを晴らしてスッキリしたかというとそうではなくて、逆にご自身の『潜在意識』の残虐性に苦しまれている。」

 「発狂って、相当苦しまないとしないものだろう?」

 「発狂するほどの苦しみは、大勢の人を殺した後にやってきた。」

 「そういうこと、そういうこと。」


 「生前、恨んでいた奴に、どんな仕返しした?」

 「俺は、経済的に苦しませた挙句あげく、自殺に追い込んだよ。」

 「私は、原因不明の病を長引かせて、殺さずに、病気になった後の寿命を、逆に延ばしてやったわ。」

 「俺も、正当性を認めてもらって・・・そいつを事故死させたよ。」


 「恨みをはらす許可をくれる幽霊、すごいわかってくれるのな。」

 「しかも本当の事を。生前はもみ消されたり隠蔽いんぺいされたりするようなことまで、

細かく精査してくれて、嘘がない、と分かった時点で大体認めてもらえるよな。」

 「死んでからの方が、正義がちゃんとしてるのな。」

 「ちゃんとした正義に守られるのは、幽霊になってから!」

 「お酒は二十歳になってから!みたいなものよね。」


 「生きている間は・・・どこの国にもいる『権力組織』ってやつが・・・奴らが悪ってわけじゃないけど、組織を守るためなら、どんなに悪質なこともいとわない、というところもあるぜ。」

 「嘘を拡散させて仕立て上げたり、『かぶせ』をしつこく数十年もやらせたり。」

 「超悪質な奴とかと、かぶらせるんだろ?」

 「ああ、それなら、私もやられたわよ。」


 「成りすましに最悪の事をさせて濡れ衣を着せたり、逮捕されても罰則が軽い子供に報酬を与えて嫌がらせのバイトをさせたり、インターネットで身体に空気入れさせたり。」

 「ああ、それ、俺やられたよ。彼女とのデート中に、屁をこかされた。わざとな。」

 「殺人幇助さつじんほうじょ自殺幇助じさつほうじょもさせてるよな。」

 「結局、そういうところなんだよな。」

 「事実なんか、簡単に『権力組織』がじ曲げるしな。」

 「自分たちの都合がいいようにな。」


 「それで、死んだ後の俺たちの役割が必要ってなってくるわけだよな。」

 「つまり、俺たち、幽霊にしか、地球上の人間に対して本当の成敗せいばいをすることはできないんだ。」


 「俺たち幽霊には、『金』も『権力』も『組織力』も『武力』も、一切の精神系経済系物理化学系、通用しないもんな。」

 「だって、肉体が無いんだから。」

 「大切なのは、『真実』と『気持ち』だけだもんな。」

 「『事実』の裏に隠された、本当の『真実』しか判断基準にはならないもんな。」

 「あとは、その幽霊が生前、どう感じ取ったか、だよな。」

 「どんな感じを受けたのか、ここをしっかりと聞いてくれるのよね。許可をくれる幽霊は。」

 「あのおっちゃん、俺もめっちゃ信頼してる。」

 「私も。幽霊界の神って感じよね。」

 「俺も、救われたわ。」

 「僕も。」

 「あたちも。」


 「結局、人間は『生まれたもん勝ち』なわけよ。」

 「一度生まれてしまえば、肉体がちた時には死んだと思われているけど、実際は死なない。いつまでも永遠に、霊界で生き続けることができる。霊界に存在し続けてもいい、と認められるような善人ならばね。」


 「だけど生前、悪行ばかりやって来た人間というのは、霊界から締め出しを喰らう。彼らは、宇宙の法律を無視して、傍若無人に滅茶苦茶を地上でやって来た存在だからさ、宇宙の法律を信じていない。ということはさ、宇宙空間とも相性が悪いから、宇宙から締め出される、つまり、肉体が朽ちたらそこで終わり。幽霊になって永遠に生きる、なんていうことはできないのよ。」

 「悪人の命短し、だね。」


 「善人は、死んだら幽霊になるだけだからさ。永遠の命よ。私のお父さんなんて、死んだ直後に、ずーっと行きたかった『サグラダファミリア』を見に行ったんだって!意気揚々いきようようとしていたわよ~。肉体の痛みから解放されて、好きなところ、好きな時代に、お金を掛けずに自由に行かれるのだから。こんなことだったら、もっと早く死んでおけば良かった、なんて言ってさ、いわゆる、肉体がある『生』に固執していたことを後悔していたわ。生前行きたかったけど、お金が無くて行かれなかった海外旅行も、幽霊だから、海外旅行費用がかからないし、見放題だったってさ。」


 「悪人は、幽霊になれないから、生きている間のたった百年ぐらいしか命がなくて、しかも、だまし取ったりしたような、ちまちましたお金を使って、短い命の間だけ、ブイブイ言わせてるだけなのよ。」


 「やっぱり、善なる行いを続けるべきだねえ。」

 「生きている間に、どんなにひどい目にっても、どんなに損をしてもね。」

 「絶対に、悪人に転落してはならない。」

 「死んだ後のこの天国のような世界を、悪人は絶対に味わえないからねえ。」


 幽霊の戦闘部隊の会話は尽きなかった。

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