第6話 女帝誕生

 瑠香るかは『顕在けんざい意識』と『潜在せんざい意識』を入れ替えられ、人格がすっかり変わってしまった。人間、あるいは、人類に対する恨み、怒り、挙句の果てには殺害願望までもが、沸々ふつふつと『顕在意識』に上り、人間を、掃除すべき廃棄物としてしか認識できなくなっていた。

 看護師をしていた頃の、人々に限りなく優しい瑠香は、もうどこにも居なくなった。


◇◇◇


 シュッ!

 ザクッ!

 瑠香は広すぎる、美しく整えられた自室でダーツを楽しんでいた。


 「次、ここ。」

 「かしこまりました。」 

 滅茶苦茶な命令をも従順に傾聴けいちょうするみーこが、瑠香の残虐性ざんぎゃくせい増幅ぞうふくさせていた。


 ダーツと言っても、円盤に点数が描いてある通常のダーツではない。メルカトル図法で示された世界地図である。


 瑠香がダーツを投げて、刺さった場所の人間たちを精査せいさし、労働として使える者は労働をさせ、女帝と方針が合わない者は、片っ端から、痛みや苦しみのない、特殊な薬品などを使用して、原因不明とされる死に方になるように殺害し、死亡した人間の数を数える。

 これを合計十憶になるまで続ける、ということを瑠香は提案した。


 メルカトル図法をダーツの的にした場合、国土の面積比率は赤道に近いほど小さいことになる。赤道から離れた国の方が面積比率が大きいので、ダーツが刺さる確率が上がり、不利であった。


 「そうですね。痛みや苦しみはない方が良いですよね。さすが!女帝はお優しい。」

 「ふんっ!」


 女帝は幽霊なので、人前に出ることはもちろんできないが、女帝になったからには、地上の全てのまつりごとつかさどらざるを得ない。


 「今のは『経済奴隷とゴミのダーツ』。次は『洪水ダーツ』。」

 「かしこまりました。」


 『洪水ダーツ』とは、ダーツが刺した場所に、実際に洪水を起こすというものだ。女帝の放ったダーツに神が宿る、といった考え方から考案された。


 女帝の命令を聞いて、その通りに動くのは、幽霊の戦闘部隊である。

 女帝の命令は絶対であり、助言はみーこのみが可能である。


 ところで、『世界の支配者A』は何をしているのかというと、地球全体の管理である。

 大気の状態、水質汚染の度合い、人口密度、治安、不穏なグループの摘発、地上と海洋生物の状況、大量発生など、地球上の全生物の状況を、空気さえあれば、どんな場所の映像も即座に見ることが出来る『グローバルスコープ』によって、直接観察したり、チェックすべき箇所については、幽霊の戦闘部隊に依頼して、試験や検査などをさせ、徹底的に地球環境を守っている。

 観察した現状によって、女帝に助言すべきことがあればみーこに伝え、それを聞いて女帝が判断する。

 つまり、決定権は女帝にあり、『世界の支配者A』は、女帝への助言の前段階の発言までしかできない立場なのである。


 幽霊の戦闘部隊は、地上に存在するあらゆる事物を物理的に操作することが可能であり、女帝と同じく、テレポート能力や憑依ひょうい能力、空中浮遊能力などを全員が持っている。

 死者数を数えるのも、幽霊の戦闘部隊の役割である。

 もちろん、全員志願兵である。

 死後、退屈で仕方ない、という幽霊が、男女問わず志願し、入隊試験に合格した者だけが戦闘部隊としての役割を与えられて、地球環境を守るため、環境保全事業や人口削減事業などに取り組んでいるのだ。

 彼らは総勢、五億体ほどいる。

 幽霊なので質量がなく、空間的に重なることも可能なので、彼らがいくら居ても、部屋が狭くなることなどはない。

 幽霊の戦闘部隊は、常に募集中である。


 『洪水ダーツ』が示した場所に洪水を起こすには、大量の水をまとめて空中に現出すればよい。

大量の水素をかき集めて、大気中に21%存在するとされる酸素と融合させることによって、不自然な大量のまとまった水を生成することが出来る。

 百憶トンほどの水を、一瞬にして山の上から流し込むことにより、簡単に洪水を起こすことが出来るのである。


 水素などの気体も、幽霊ならば運ぶことが出来る。

 水素を持ったまま、テレポートすることも可能なので、五億体もの空を飛べる幽霊の戦闘部隊が居れば、何処にでも洪水を起こすことは出来る。


◇◇◇


 「次、『地震ダーツ』。」

 「かしこまりました。」


 シュッ!

 ザクッ!


 「ここ。」

 「ここに、マグニチュードいくつの地震を起こしますか?」

 「そうね、場所や建物の強度にもよるけど、ここは先進国だから、建物の強度が高いわね。7ぐらいじゃ、ほとんど死なないわね。思い切ってマグニチュード13ぐらい、いっちゃう?」

 「いっちゃいましょうか。」

 こんな調子で、かつての『潜在意識』が炸裂している瑠香は、一つ目の義務をこなしていった。

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