第4話 天帝=『世界の支配者A』

 女帝としての引継ぎを終えた平吹瑠香ひらぶきるかは、案内人みーこに導かれ、再び霊界の

『Right Cosmos』に到着、かつては天帝と呼ばれていた『世界の支配者A』との面会となった。


 「こちらの画面を見てください。」

 みーこが大型スクリーンのスイッチを入れると、長髪白髪の老人が写っている。

 人間の老人のようだが、全く微動びどうだにしないのであった。


 「あなたが平吹瑠香さんですね。先程は姿を見せず、失礼致しました。」


 天帝である『世界の支配者A』の姿と言っても、スクリーンに映し出された映像であった。しかも単なる画像で動画ではない。動く人間の映像ではない。


 「天帝である『世界の支配者A』はAIなんですよ。しかしおっしゃっている内容は、天帝である『世界の支配者A』のお言葉ですから。『世界の支配者A』が人間ではなくても、しっかりと通達を聞いていてくださいね。」

 みーこが補足説明をした。


 「あなたは本日付で、世界の女帝になった。サマンサとの引き継ぎも無事終えて、『憑依ひょうい』の研修も受けたということで、まずまずのスタートではないか、と私はとらえている。」

 『世界の支配者A』が瑠香に説明を始めた。

 

 「少し長い話になるかもしれないが、聞いて欲しい。」


 (長い話になるって・・・。どんなことを言われるのかしら)

 瑠香は不安になった。


 「現世の女帝としての義務には、大きく二つある。」

 女帝の義務についての説明が始まった。


 「瑠香、あなたのような心の優しい女性には、かなり抵抗があることかもしれない。しかし、あなたの働きが無ければ、地球の存続は危ういことになる。」

 瑠香の心情を思いやりながらも、地球存続のためにはやらねばならないことであると伝えてきた。


 「サマンサには生きた状態で同じポジションについてもらったので、とても苦労をさせてしまった。ところが、あなたはすでに亡くなっているので、誰かの恨みを買うことはない。恨みを買うことによる苦労を経験することはない。」

 存命中に女帝の役割を任されることの苦労は、とてつもない規模のものであったらしい。『世界の支配者A』はサマンサをねぎらっているのだ、とわかった。


 「それでは女帝の義務について、説明させていただく。先程申した通り、大きく二つある。」

 「二つあるのでございます。」

 みーこが付け足した。


 「一つ目。これは、ノルマだ。人間を十億人、殺害すること。」

 瑠香は、耳を疑った。

 「・・・殺害?十億もの人間を、殺す、ということなのですか?」

 「そうだ。これは瑠香には、辛いだろう。」


 瑠香は生前、献身的に患者に医療従事してきた看護師だ。

 人が病で亡くなる場面を、たくさん見てきた。

 愛する人が息を引き取り、命を失った瞬間の遺族の悲しみを、胸を引き裂かれる思いで見てきた。患者さんのご家族やご友人の事を我が事のように思って、思いやりの心で接してきた。

 人の命を救うことだけを懸命に行ってきた元看護師が、義務として、十憶人、殺さねばならなくなったのだ。


 「しかし、慣れればなんてことはない。」

 「私には、できません!」

  瑠香は目に涙をめて、自分の考えを伝えた。


 「やらねばならぬのだ!瑠香。」

 「何故ですか?」

 「人口が増加し過ぎたからだ。」


 十億人の殺害理由を、『世界の支配者A』は説明し始めた。


 「地球の存続が危ういからだ。万が一、地球が滅びたら、地上の全ての生物に死が訪れるだろう。そうなる前に、現在の人口の七分の一である、十憶の人間を消した方が良いではないか。」

 「無差別に殺すんですか?殺される人たちの未来を、こちらの都合で奪うんですか?」

 「地球を守るためだ。」


 「・・・私は今まで、何のために人を看護して、病から救う手助けをしてきたのでしょう。」

 「今にわかる。」


 「病に苦しむ人たちを看護することは、無駄だった・・・ということなのですか?病んだ人や傷んだ人は、死を早めるべく処置をしたり、放っておいたりした方が良かったんですか?」

 「あなたは、今現在の地上で、素晴らしい働きをしてきた。しかしそれは、地上の論理に基づいての事だ。多くの人間は、自分たちが永く快適に暮らすことしか考えていない。地上の論理は、そうした、人間中心の勝手な考えからみ出されたものだろ?」


 瑠香は人を救うことを、人間中心の勝手な考えだ、なんて思ったことは一度もない。

 しかし言われてみれば、人間は動物を殺して食べるのに、人間だけは殺さない、殺させないって・・・人間以外の視点からこの事実をとらえて、深く考えてみたとすれば、確かに、かたよって見えるのだろうか。

 地球上にはあらゆる生命が存在するが、たった一種類の生物である人間の命だけを守ろうとする考え方は、偏っているのか?

 人間が、牛や馬や豚を殺して食べるなら、例えばその逆が起きたとしても、そこでようやく『お互い様』にしかならないはずではないか。


 何故『人命』だけを、大切な命と考え、殺さずに守ろうとしてきたのか。


 何の疑問も持たずに。


 先人の言い伝えを鵜呑うのみにして。


 人口が少なかった頃の人間中心の時代の考えを、人口が増えすぎた後であっても無意識的に引き継いできてしまっている。

 言うなれば、人間の命に対して過保護になり過ぎることは時代錯誤であり、使うべき方程式が違うのであろうか。


 「・・・今まで、そんな風に考えたことはありませんでした。しかし、人を、殺すということには、抵抗があります。」

 

 「血が飛び散るから?医療現場で仕事をしてきたのなら、さんざん見てきただろ?しかし、牛も殺すと血が飛び散るぞ。豚だって、鶏だって。そうやって殺して、平気で『美味しいね』なんて言って、食べてるじゃないか。」

 瑠香は、『憑依』の練習でステーキ店に入り、ステーキを食べたことを思い出して、ハッとした。

 「地球上の他種の生き物に対しては随分と平気で、金儲けに使おうと殺したりして残酷なくせに、人間の命だけは守ろうとするんだな。瑠香が主張するような考えを美徳とするような風潮のせいで、地球の人口は膨れ上がったんじゃないのか?」


 「・・・『世界の支配者A』様、少し言い過ぎでは・・・。」


 みーこが横から口をはさんで、『世界の支配者A』の独演を一時停止させた。


 瑠香の目に、涙がまっている。


 「その涙の訳を、教えてあげようか?」


 瑠香が涙を流したまま、顔を上げた。


 「いいか、瑠香。あなたの働きは本当に素晴らしかった。何が素晴らしいかと言えば、人を助けてきたことではない。自分の時間をほとんど犠牲ぎせいにして、自分自身が楽しむ時間をないがしろにして、他者、つまり、自分以外の生き物に尽くしてきたことだ。そして、あなたの涙は、潜在意識の中に閉じ込めてきたあなたの気持ちと感応かんのうしているから流れているんだよ。」


 「・・・どういうことなんですか?あまりよく、わかりません。」


 「ふふふ、これから、面白いことをする。あなたが今まで、どれだけ辛く、苦しく、悲しく、孤独で、大変な人生だったか、私は知っている。女帝となったあなたは、『潜在意識』の中に、いかなるマイナスの感情も、持ち合わせてはならないのだよ。・・・あなたの『潜在意識』が完全に浄化して、綺麗ピカピカになるまで掃除をするのに必要なこと、それが、私が説明する二つの大きな義務なのだ。」

 瑠香は、ますます意味が解らなくなってきた。


「あなたの、今までの苦労を帳消しにするには、人間を十憶人、殺さなくてはならないと試算されたのだよ。」

 「でたらめ言わないでください!意味わかりません!・・・看護師の仕事は、確かに大変な仕事ではありました。しかし、仲間の看護師や医師、他の医療従事者たちと連携して、患者さんのケアを行うことは、・・・悲しい場面はたくさんありましたけど、・・・私は決して孤独ではありませんでした!」


 「はっはっは、言ってくれるねえ、女帝様。・・・あなたが、何故そんな風に『いい子ちゃん』のままなのか、まだわからないのですか?」

 『世界の支配者A』はニヤつきながら、瑠香に語り掛けている。


 「瑠香様、これから一つ、作業をする必要がございます。御人格が一変されることを、ご了解ください。」

 みーこが瑠香に言った。


 「え?どういうこと?」

 瑠香はただ、わけがわからなかった。

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