第3話 引継ぎ

 瑠香るかとみーこは、南アメリカの上空にやってきた。

 そして、みーこが先導し、徐々に町中に下降していく。


 スレンダーで髪の長い、ジーンズ姿の女性の上に漂着ひょうちゃくした。


 「あんた、ステーキなんか食べたの?」

 彼女は瑠香に挨拶もせずに、瑠香の思考と直前の過去の出来事を読み取って、独り言のように、しかし瑠香に対して言った。

 「あたしなんか、もう百憶枚は食べて、食べ飽きたわ。」

 「ご無沙汰しております。サマンサ・ペドロ様。」


 ジーンズ姿の女性はサマンサ・ペドロと呼ばれた。

 瑠香とみーこは、サマンサ・ペドロの顔が見える位置まで下降して対面した。

 美しいが、少し意地の悪そうな顔をした女性であった。


 彼女はまだ、生きている人間であった。

 しかし、霊界に居る瑠香やみーことも対話できて、瑠香の思考を瞬時に読み取ることができるのだった。


 「こちらはサマンサ・ペドロ様。旧女帝です。」

 「あんたのお陰で、私の役目は終わったわ。女帝って聞くと、うらやましがるかもしれないけど、女帝という仕事は結構大変だったのよ。」

 旧女帝のサマンサ・ペドロは、ラッキーストライクに火をつけて、煙草たばこを吹かしながら語り出した。

 「天帝てんてい、ああ、今の段階では『世界の支配者A』って伝わっているかもね。天帝の命令は絶対なのよ。それでね、その『世界の支配者A』に『反面教師的に演じろ』って言われたの!人々からは、悪人のように思われ、辛かったわ。あなたは死んでいるようだから、人々には見えないけれど、私は生きている状態で、これからあなたがやることをやったのよ!だから今は、シェルターに住んでるの。お金だけはふんだんに頂いたんだけどね。当然よね。どうやって身を守れって言うの!」

 サマンサ・ペドロは、女帝の仕事がいかに大変なものであったのかと想像させるような、不平不満を吐き捨てた。


 「あ、こちらは平吹瑠香ひらぶきるかさんです。本日付で女帝になられて、未だ研修中でございます。」

 女帝にも研修ってあるんだな、と瑠香は思った。


 「ああ、じゃあ瑠香るかさん、これから女帝の義務について説明を受けると思うけれど、見たところ、瑠香さんは、とても大人しそうだし、私以上に辛い体験になるかもしれないわね・・・ああ、もう体はなかったんだっけ。失礼、失礼。」

 サマンサ・ペドロは、ややおっちょこちょいな性格をしているようだ。洞察力が優れているような人格だと思われたのだが、注意力は劣っているのかもしれない。瑠香に対して不注意な言動をしてしまった。


 「女帝の義務に関しては後程、天帝、あ、失礼、『世界の支配者A』様から直々にお言葉を頂戴ちょうだいする形になります。サマンサ・ペドロ様とは、これをもって、引継ぎとさせて頂きます。」

 サマンサ・ペドロは、何を言い出すかわからない。

 みーこは早々に、引継ぎを切り上げたかった。


 「あんたはいいなあ。もうすでに死んでるから、バックラッシュ浴びずに済むし。真面目キャラとしての女帝として設定されたみたいだし。汚されることはないわよ、きっと。いいなあ。」

 サマンサ・ペドロは、軽くうらやましがると、テレポート能力を使って自室であるシェルターに戻っていった。


 「ふう、やれやれ。サマンサ・ペドロ様は、もともとはお優しい方だったのですが、女帝の義務を遂行すいこうしてゆくにつれ、民衆による批判を受けすぎてしまったために人格が少し独特になられてしまったのですよ。なので我々は、亡くなられた方のうち、一番美しい女性の霊を次の女帝にすることを取り決めたのです。それが、亡くなられた平吹瑠香さん、あなただったのです。」


 「そうだったんですか・・・私としては、いきなりこのようなことになって、納得がいかないというか、何が何だかさっぱりわからないんですけれど。・・・いずれにせよ、もう死んでしまったのだから、予想外の死後の世界を、なるべく楽しく過ごしていきたいと思っています。」


 「生前の平吹瑠香様のご活躍については、我々がこれから一部始終精査させて頂きますが、概要は『世界の支配者A』様からおうかがいしております。我々の見立てですと、これから何百年もの年月、瑠香様は相当楽しい時をお過ごしになられるかと予測できます。これからの長い年月、何卒なにとぞ宜しくお願い申し上げます。」


 旧女帝から正式に引継ぎを受けた平吹瑠香の幽霊は、これから女帝になるための本格的な試練を経験することになる。

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