第2話 憑依

 「意味がわからなすぎる・・・。」


 幽霊になった瑠香るかは、案内人『みーこ』に謎の列車に乗せられ、肉体はないものの『霊界』に辿り着いた。姿形はないけれど、思念は音声を伴うことを許された。


 幽霊になった瑠香は、空も自由に飛ぶことができるし、思念すれば、瞬時に好きなところにテレポートできるのだそうだ。


 先程の案内人『みーこ』から言われたことは気にしないようにして、死後、ようやく、肉体の苦痛から解き放たれた瑠香は、自由を謳歌おうかしだした。


 「ステーキ、食べたいな。」

 瑠香は思った。

 生前は勤務で忙しく、行きたかったのに一度も行かれなかったステーキ店に入ってみようと思った。

 早速、テレポートして目当てのステーキ店の店内に入った。

 むろん、客や従業員から浮遊ふゆうする瑠香の姿は見えない。

 「肉体が無くなったから、食べることはできないのかな。」

 この瑠香の声も霊界でしか聞き取れないので、現世で生きている生き物には聞こえない。


 「『憑依ひょうい』することによって、同じ感覚が得られますよ。」

 横を見ると『みーこ』が浮遊していた。

 「『憑依』の練習もあなたには必要だと思っていたんです。ちょうどいい機会です。あの家族連れの、太った男の子に『憑依』してみましょうか?」

 『憑依』の仕方について、カテーテルの入れ方を習うように『みーこ』から習うのだった。


 まず、『憑依』したい人間の『第三の目』の位置を集中して見つめる。

 思惑や意識、理性などが読み取れたら、その人間の意識に入り込むことができ、

脳で感じる感覚を、肉体が無くても全て感じることができる。つまり、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などを、感じることができるのだ。

 食べ物を美味しく食べることを実感できる感覚は、嗅覚と味覚と口の中の触覚だろうか。


 「前頭葉の中央、眉間のやや上に集中・・・。」

 幽霊になった瑠香は、十歳ぐらいの太った男の子が、ステーキが美味しくて美味しくて、食べるのが止まらない、なんて幸せなんだろう、と感じていることを読み取ると、男の子の前頭葉から中枢神経に入り込むことに成功した。


 瑠香の目の前に、食べかけのステーキが見えた。

 ステーキソースの良い香りとステーキの味覚、モグモグと口を動かす筋肉の動きや、口腔内の触感や香りなどが伝わってきた。


 「うわー、食べてるのと一緒だ!」


 瑠香は感激しながら、太った男の子の身体を借りて美味しくステーキを食べた。


 「幽霊、最高!」


 夜勤のときはもちろん、ステーキ店が開いている時間はほとんど勤務中であり、勤務が終わるころには閉店していたステーキ店だった。

 瑠香は、死んで幽霊になった後、はじめてこの店のステーキの味を知った。


◇◇◇


 「『憑依』の仕方はわかりましたね。それでは次に、『憑依』した人間の言動をコントロールする練習です。これも、あなたの意思さえあれば、あなたの身体の様に、自由に言動をコントロールすることが可能です。この世で、あなたの意思よりも強力な意思は存在しません。なので誰の身体に憑依しても思い通りに言動出来るのです。」

 「そ、そうなんですか・・・。」

 「試しに、今『憑依』している男の子、どうやら、野菜があまり好きではないようで、ステーキの横の人参に手をつけていないようです。彼に人参を食べさせてみましょう。」

 「はい。因みに、私は人参のグラッセ、大好きなんですよ。」


 すでに『憑依』している太った男の子の、フォークが握られている右手を、人参の上に持っていくことを、瑠香は思念した。

 すると、ステーキの切れ端を刺しそうだったフォークが、不自然に付け合わせの人参の方に向かっていき、人参を刺した。


 「あらっ、清人ちゃん、今日は人参食べれるの?」

 「うーん、よくわかんないけど、食べてみようかな、みたいになってる。」

 

 (美味しそう)

と瑠香が思念すると、

「美味しそう!」

と男の子が口に出して言った。


 そして、付け合わせの人参を、一口で食べた。


 「んまあ、偉いわねぇ、清人きよとちゃん!」

 「・・・ああ、結構、甘くて美味しいや。」

 清人ちゃん、と呼ばれた太った男の子が、母親と思しき女性に頭を撫でられていた。


 「一石二鳥でしたね。」

 「はは・・・いいことしたのかな。」

 「というわけで、『憑依』をすることによって、その人間の五感を感じることができるのです。そして、その人間の言動をコントロールすることもできるのです。あなたの思念が世界で最強なので、誰もあなたの思念を阻止したり邪魔したりすることはできないのです。」

 「は、はい、わかりました。」

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