第28話

 康令府の城市から出発して以降の旅も順調だった。相変わらず、盗賊がいたるところから出没したが、璃鈴たちと浙冶で撃退していくので問題はない。野宿することもなく、ここ五日間は往路とは違って楽な旅だった。


 しかし、延令府の境にある関所で浙冶たちは急に足止めを食らった。なぜか関所の手続きに時間がかかっている。長蛇の列だ。そしてなかなか通してもらえない。


「なんでこんなに時間がかかってるんだ?」

 浙冶はイラついていた。それを宥めるように璃鈴が説明する。

「向こう側の門を出てすぐのところで、馬車が盛大に滑って豆をバラまいたらしくって。それを避けようとして果物を載せた別の馬車がこれまた派手にぶちまけたって聞いたわ」

「じゃあ、今お片付けの真っ最中かよ。当分通れないじゃないか」

 浙冶が不満を漏らすと、璃鈴もため息をついた。

「夕方までに通れるといいわね。でないと野宿確定よ」

「ところで、樊季は? さっきからあいつの姿が見えないんだが」

 諦めて周りを見渡す心の余裕ができると、樊季がいないことに気がついた。


「馬車の中が退屈だって、辺りを散歩するって言ってたわ。大丈夫よ。そんなに遠くに行かないでって言ってあるから」

「あんたの信頼感すごいな。俺、まだあんたほど、あいつの行動を信用できないんだけど」

「女同士の友情ってやつかしらね」

 璃鈴は肩をすくめた。浙冶はふーんと関心がなさそうな声を出すと、「ちょっと前方の様子を見てくる」と行ってしまった。


***


 一方、樊季のほうは、関所の端から端までを歩くという無意味な退屈しのぎをしていた。一応、璃鈴の言いつけを守った体である。


「はぁ、早く通れるようにならないかしら」

 浙冶と璃鈴は関所の手続きに行ってしまった。高殊たち三人の鏢師はこのごった返した状況で荷物から目が離せないので、樊季の雑談に付き合わせるのは悪い気がする。仕方がないので、浙冶の持っていた書でも読もうと紙を二、三枚繰ってみたが、難しくて読む気になれなかった。


「はぁ、もう、戻ろうかしら……」

 樊季がため息をついて踵を返そうとすると、聞いたことのある声に呼び止められた。

「おや? お嬢さん? やっぱり、あのときのお嬢さんだねぇ」

 声をかけられて樊季は振り返った。すると、延の城市で占いをしてくれたあの老婆だった。


「あら! お婆さん! こんなとこで会うなんて。お婆さんは延へお帰りですか?」

 この関所を通ってずっと行けば延の城市に着くので、樊季は老婆がどこかへ出かけた帰りだと思った。

「いえね、帰るは帰るんだけどね。その前に、息子のところに寄ろうと思ってねぇ。この荷物を息子に届けたくて。康令産の牛蒡子なのよ」


 老婆は両手ですっぽり収まるくらいの小さな壺を大事そうに持っていた。零れないように封がしてある。

 牛蒡子は皮膚病や風邪薬として使われる、と聞いた。樊季はありがたいことに健康そのもので、あまり薬のお世話になったことはない。食材なら手に取ることもあるが、牛蒡子はまだ見たことがなかった。これは老婆のものであるし封がしてあったので、今度機会があったら見せてもらおうとそのときは思った。


「でも、やっぱり年のせいかね。長旅をすると足が痛くてね。早く息子に届けたいのだけれど」

「それじゃあ、私たちの馬車に乗っていきませんか? お婆さんの息子さんはどこにいらっっしゃるの?」

「息子はこの先の城市に住んでいるんだよ。城門の近くに家があってねぇ。お嬢さんのお申し出は有難いが、わたしゃ馬車が苦手でね。ガタガタ揺れるのが骨に響いて苦痛なのよ」

 確かにこの辺りは悪路が続いていた。年寄にはこたえるかもしれない。


「境の城市ね。それなら私たちも寄るわ。もしよければ私が届けましょうか? お婆さんが構わなければ、ですけど」

 樊季の提案に老婆は喜んだ。

「おお、それは有難いねぇ。年寄の我儘ですまないね。じゃあ、お願いできるかね。息子の名は……」

 樊季は老婆の息子の特徴と家の位置をこと細かにきいた。情報を逃さないように頭の中にきちんと入れると、壺をしっかりと両手で抱え、大切に預かる。

「分かったわ。任せてください」


 樊季が笑顔で別れを告げると、老婆は何度も何度もお礼を言い見送ってくれた。そして樊季がまだごった返す関所の入り口に消えると、老婆は関所とは逆に去って行った。

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